大祭、本選 : Aブロック第一試合、開戦

 イーリアス大祭の剣闘部門は、二つの会場で行われる。


 一つは都市の南にある、ポセイドン城砦。

 都市の南の海洋を見張り、外敵からの侵入を阻む軍事施設だ。

 Aブロックの試合会場である。


 もう一つは大神殿の東にある、アテナ神殿。

 都市の名のもとになった、女神アテナを祀る神殿だ。

 こちらはBブロックの会場である。


 どちらも主な用途は違えど、施設内には、立派な剣闘場がある。

 すでに観客が押し寄せ、ひしめき合い、今か今かと出場者を待ちわびていた。



「お集まりの皆さま方、ついにこの日がやってきました! 古代ギルシアスの神々に愛されし祝祭イーリアスの目玉が、ここに開幕します!」



 実況を行うのは、アテナ・ポリスでも有名な講談師。

 その弁の切れ味、盛り上げる技術で、多くの人々を魅了してきた腕利きだ。


 

「では、第一試合の出場者の登場です!」



 実況者は、一方のゲートを手で示す。


 大斧をかつぎ、鎧を着こんだヘクトールが現れた。



「エーゲ半島の東、軍事小国家トロイを守る大将にして、数多の将兵を打ち砕きし豪傑! 戦場で負けなしの英雄は、個の武勇でも頂点に至るのか!? 泣く子も黙る総大将、『破砕』のヘクトールッ!!」



 やはり祭りということか、実況者も嬉々として盛り上げる言葉を並べ立てる。

 だが、このヘクトールの紹介はどれも真実であり、誇張は一切ない。


 集まっている観客も熱狂している。

 半島屈指の英雄ヘクトールが現れ、実際にその武を見せるのだ。

 本人を初めて見た者からすれば、これほど胸躍ることはない。

 


「予選であらゆるライバルを斬り捨て、傷一つ負うことなく勝ち抜いた剣の達人! その神がかった剣さばきは、英雄すらも打ち負かすのか!? 無名の老齢なれど、恐るべき強さを秘めし剣豪、ハヤシザキィーーッ!!」



 紹介の声に合わせて、ジンはゲートをくぐった。


 ここまで華々しい紹介をされたことがないため、少しだけ照れくささを感じた。


 

「Aブロック第一試合!! 『破砕のヘクトール』対『剣豪、ハヤシザキ』!!」



 観衆が湧く。

 地鳴りのような歓声を浴び、両者が中央へ進む。


 なお、どちらも愛用の武器を持っているが、殺さぬための対策はされている。


 ヘクトールの大斧の刃には、特殊な蝋が塗ってある。

 ゆえに刃を当てても、斬れることはない。

 よほど当たり所が悪ければ、衝撃で死ぬかもしれないが、主催者側がそこまで面倒を見るのかはわからない。


 対するジンは、鞘に刃を納めている。

 その上で、万が一にでも刃が出ないように、何重にも紐で縛りつけている。

 どれほど振り回しても、鞘が抜けることはない。



「貴公が、あの槍使いの師か」


「うむ? ああ、アレスと戦ったのだったな。話だけは聞いておるぞ」



 ヘクトールとジンが、言葉を交わす。



「そうか。あのアレスという若者、妙なことを言っていた。『あんたよりも強い剣士に稽古をつけてもらっている』とな」


「ほう」


「俺も戦士の端くれだ。俺より強いと聞けば、自らの手で試したい」



 ヘクトールの褐色の瞳が、ぎらついた戦意をたぎらせる。

 冷静に軍を動かす名将といえど、その本性は猛々しい戦士なのだ。



「お前さん程度で、俺を試せるかな?」


「ふっ、舐めていると痛い目に遭うぞ。ご老体」


「かかっ、ならば本気で来い。若造」



 ジンも挑発を返す。


 そこで両者は一度、距離を取った。

 実況者が号令を上げてから、勝負を始めるルールだ。



「では、第一試合ーーー始めぇえっ!!」



 実況者が高々に叫び、両者が武器を構えた。

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