大祭、本選 : 剣闘トーナメント発表

 

 予選終了後、ジン、ルシア、アレスの三人は、宿に戻った。

 

 三日間、仲間どうしで合流することはなかったが、無事に三人全員が予選突破できたことを喜んだ。


 宿の一階にある酒場で、卓を囲み、それぞれが酒を呑んでいた。



「つまり、二人とも強者と戦ったというわけか」



 ジンの言葉に、先にアレスが反応した。



「おうよ! あいつは俺より格上だったが、そこまで絶望的ではなかったぜ」



 アレスが語ったのは当然、破砕のヘクトールとの戦いだ。


 ヘクトールの強さも事細かに語りつつ、自分もかなり食い下がれたことをジンに報告した。



「そのヘクトールとやらにも、二種類の血槍を使ったのか?」


「ああ、蜻蛉切も御手杵も使ったが、勝ちきれなかった。だが、俺がさらなる力を得れば……きっと三本目の槍も……!」



 拳を握り、目をぎらつかせるアレスを見て、ジンも楽しげに笑う。



「それは今後の楽しみにしておけ。焦らず鍛えれば、おのずと三本目も扱える」


「……ああ!」



 アレスは力強くうなずいた。



「そして、ルシアよ」



 ジンは盃を傾けながら、ルシアに目を向けた。



「お前さんは何やら大勢を引き連れておったな」


「成り行きでそうなったのよ。それに、あの東部人の傭兵団とは、利害が一致したからね」


「どういうことだ?」



 ジンが問うと、ルシアは説明を始めた。


 はるか東にあるヴェーダ神国のこと、邪神の力を得た部族軍のこと、そして、東の魔王と呼ばれる戦士のことも語った。



「東の魔王、か。俺も興味あるな」



 ジンは復唱し、考え込む。



「そんな存在もいるとは、世界は広いな」


「ええ、ほとんどの魔族や魔物を知っている私も、初耳だったわ」


「その話と、その傭兵団の利害があったというのは?」


「簡単なことよ。私が剣闘部門で優勝して、東トラキアの領地を得たら、土地をそっくりそのまま傭兵団に譲る。流れ者の彼らは、安住できる土地が欲しいらしいし……その代わりに、やつらは私に船を譲ることを約束したわ」



 その話を聞いて、ジンとアレスも納得した。



「なるほど、東トラキアの領地を得たら、それを元手に船を買う予定だったが……その前に、取引先を確定させたわけか。かなり話が早くなるな」


「そうよ。魔大陸を目指す私たちにとって、土地なんて結局邪魔だから」



 そこにアレスが質問する。



「けど、もし優勝できなかったらどうすんだ? 俺が槍投げの部門で優勝して、軍船を得るしかねえってことか」


「たしかに、それも頼りにしてるけど、」



 ルシアは不敵な笑みを浮かべた。



「この私が優勝すると決めたの。それは絶対よ」



 その笑みの裏にある獰猛な気配に、アレスの背筋が冷えた。



 ***



 二日間の休養が終わり、夜が明けた。


 女神の都市、アテナ・ポリスは早朝からにぎわっていた。

 それもそのはず、ついにイーリアス大祭の目玉と言うべき、各競技の本選が行われるからである。


 あの英雄が、あの戦士が、己の力を出し切る。

 そしてそれを、この目に直接焼きつけることができる。


 湧かないはずがない。

 この都市に住まう民も、旅人も、商人も、政治家も、ありとあらゆる者が、この祝祭で繰り広げられる競技を観戦するのだ。

 日頃の仕事や家事も、この祭りの前では一切重要ではなくなる。


 史上最大の祝祭、イーリアスの本選がやっと始まる。

 


「いやあ、すごい活気だな」



 馬車の窓から街の様子をながめ、アレスはやれやれと首を振った。


 ジンたち三人は、馬車に揺られながら、大神殿に向かっていた。

 自分たちの足で行ける距離なのだが、すでにハヤシザキ、ルーシィ、アレスの顔と名前は、街中の人間が知っている。


 歩いていけば民衆に囲まれてしまうのは必至であるため、こうして人目を忍んで、大神殿に向かうことにした。



「見てくれよ、この分厚い記事。本選で有力な出場者の似顔絵と名前が、こんなにズラリと載っているぜ」



 アレスは分厚い紙束を持っており、それをジンとルシアに見せた。


 現代で言う雑誌や新聞のたぐいだ。

 その記事の大部分は、本選進出を果たした出場者の情報について掲載されている。


 観衆にとって、こういった情報誌はありがたい。


 どの出場者が、どの競技に出ているのか。

 そしてどのような経歴で、どのような能力を秘めているのか。


 このような主催者側で知り得ている情報を、余すことなく発信することで、観衆はさらにイーリアス大祭に興味を抱く。


 中には特定の出場者を熱狂的に応援する集団もあるようだ。

 ちまたではルシアも、眉目秀麗な女戦士としてファンができているらしい。

 


「ほう、ずいぶんと美人に描かれておるな。くくっ、これには世の男もくらくらするだろうて」


「馬鹿にしているでしょ、それ」


「いいや、褒めておるぞ」



 ルシアの似顔絵を見て、ジンがからかう。



「しっかし見ろよ、やっぱり本選に出るやつらは、そうそうたる顔ぶれだぜ」



 アレスは記事の一部にある、名簿を指差した。



「レオニダスをはじめとしたエーゲ半島の英雄たち、ウェルキンのじいさん、後は俺が傭兵時代に耳にした有名どころも揃ってやがる……どいつもこいつも、一癖ある者たちばかりだ」


「案ずることはない。俺たちも、癖のある異常者ばかりだ」


「異常者って言い方は気になるけど、たしかにそうね」



 そして馬車に揺られ、三人は大神殿がそびえる山頂を目指す。



 ***



 大神殿に着くと、すでに馬車が広場に何台も停まっていた。


 ほとんどの出場者が、ジンたちのように馬車を使ったのだ。

 なお、民衆に囲まれるとわかっていながら、それでも馬車を使わず徒歩で向かう者は、よほどのケチか、目立ちたがり屋のどちらかだろう。


 大神殿の敷地内に、民衆はいない。

 敷地に入る境界に、アテナ・ポリスの衛兵が立ち、関係者以外の立ち入りを禁止しているのだ。


 さて、三人は神殿の奥に進み、広大な広間に足を踏み入れた。


 広間に天井はなく、燦々と日光が降り注ぐ光景は、どこか神々しい。



「剣闘部門の方はこちらです! こちらにお集まりください!」


「槍投げに出られる方はこっちです!」


「戦車競走はこっちで説明会を行います!」



 広間の各所で、大祭の係員が声を張り上げ、そこに出場者たちが集まっている。

 


「へえ、各競技で分かれて説明しているるらしいぜ」



 アレスがそう言って、ジンとルシアの方に振り返る。



「じゃあな、お二人さん。俺は槍投げでサクッと優勝してくるから、あんたらも気楽に頑張ってくれよな」


「ふふっ、大きく出たわね。でも、期待しているわ」


「おう、任せとけ!」



 拳をかかげて、アレスは歯を見せた。

 それから彼は槍投げの説明会へ向かった。

 


「さて、私たちは剣闘ね」


「うむ、行くか」



 ジンがうなずき、ルシアとともに剣闘部門の方へ向かう。


 そこには、多くの出場者が集まっていた。

 ざっと見ただけで、五十人は超えている。


 剣闘部門は大祭の花形であり、賞品も他部門と比べて一段と豪華だ。

 ゆえに人数が多く、激戦区となるのは当然だ。

 集まっている者たちも、想像を絶する強者たちばかりだ。



「おお、待ってたでえ!」



 大陸最大の国にも喧嘩を売り、自由気ままに各地で暴れ回る奴隷王、ウェルキンゲトリクスがいる。



「来たか」



 エーゲ半島最強の軍隊を率いる怪物、戦王レオニダスがいる。



「よお、ルーシィちゃん」


「ルーシィ殿、息災でなにより」



 東の国の豪傑、猿人ハヌマーンと蛇人ナーガもいる。



「ふむ、貴公らが、あの血槍の若者の仲間か」



 アレスと戦った大斧の名将、破砕のヘクトールもいる。


 その他にも、多くの英傑が揃っている。

 どのような組み合わせであっても、優勝を狙うには一筋縄ではいかないだろう。



「面白い」



 ジンは笑っていた。

 小柄な、老いた剣士の顔が、はつらつとした若い殺気を帯びていた。


 それも当然だ。

 

 彼は若い時分に、剣の修行に明け暮れ、数多の手練れと戦った。

 木刀の時もあれば、真剣の時もあった。

 

 十九歳で父の仇討ちを果たしてから、彼を縛りつけるものは無くなり、純粋に剣士としての強さを求めた。


 その時、最も彼の心を躍らせたのが、刀比べの大会であった。

 ちょうど、このイーリアス大祭のような、強者が集まる場が好きだった。



「お集まりの皆さま、おはようございます」



 そこに現れたのは、首長のホメロスだった。


 この都市の最高権力者がふらりと現れたことで、各出場者に緊張が走る。



「ああ、そんなに気にしないでくださいよ。これでも一役人に過ぎないので」



 ホメロスはいつものごとく、気だるげな様子で笑う。



「それにしても、剣闘部門の顔ぶれはすごいですね。誰もが憧れる英雄が揃い踏みという感じです」



 ホメロスは出場者たちを見渡しながら、係員に用意された石板の前まで進む。



「よし、これを貼って……と」



 彼は右手に持っていた丸めた紙を広げ、石板に貼りつけた。

 

 その紙は、一から六十四までの数字が記された、二つのブロックに分かれたトーナメント表だった。

 一から三十二はAブロック、そして反対側のBブロックには三十三から六十四までの数字が記されている。



「早速ですが、剣闘部門のトーナメントについて、くじ引きを行います」



 ホメロスがそう言うと、そばにいた係員が彼に木の箱を渡した。



「この箱に数字が書かれた木版があります。一人ずつ引いて、番号をしっかりと見せてください」



 各出場者たちは、うなずく。



「では、行きますよ」



 ホメロスが自ら木の箱を持って回り、各出場者がくじを引いていく。


 一人、また一人と、番号の部分に名前が記されていく。

 


「二、だ」



 ジンが引き、木版をかかげた。

 Aブロックの第一試合だ。



「五十六、よ」



 ルシアはBブロックの、第十二試合だ。


 それから出場者すべてが引き終わり、トーナメント表が完成した。



「おお、ルーシィの嬢ちゃんと同じ、Bブロックやなあ! よろしゅうなあ!」



 ウェルキンゲトリクスが話しかけてくる。

 


「ハヤシザキともやりたかったが、決勝までお預けやのう!」 


「ルーシィは強いぞ。ウェルキン殿も、心してかかるが良い」


「うははっ、それは楽しみや!」



 上機嫌で笑うウェルキンゲトリクスに応じつつも、ジンはトーナメント表をじっくりと見た。


 知ってる名前も、知らない名前も入り混じっているが、注目すべき者は限られる。


 同じブロックには、ナーガとハヌマーンもいる。

 彼らはルシアに負けた者たちだが、侮れる相手ではない。


 そして最も注目すべきはレオニダス。

 彼はジンと同じAブロックにおり、お互い勝ち進めば、準決勝で当たる。

 

 すでにレオニダスの強さは肌で感じている。

 

 この世界でジンが出会った人間の中で、彼は最も強い存在だ。

 単純な戦闘力で言えば、高位魔族ダンタリオンよりもはるかに脅威だ。



「そして、Bブロックの勝者と決勝……か」



 ジンはそうつぶやき、ルシアの方を見た。



「ふふ、楽しみね」



 ルシアもジンの方を見て、挑戦的な笑みを見せた。

 彼女も、ジンの考えていることをわかっているのだ。

 

 決勝で決着をつけよう。

 

 言葉にせずとも、二人は同じ想いを抱いていた。



「それはそうと、第一回戦はあやつか」



 ジンは少し離れた位置にいる、壮年の男の顔を見た。

 大斧を背負うその男を、エーゲ半島で知らぬ者はいない。

 

 破砕のヘクトール。

 

 彼が引いた番号は、一番だ。



「半島屈指の名将……面白い」



 にやり、とジンは唇をゆがめた。


 ヘクトールも、ジンの視線に気づき、挑戦的な視線をぶつけてきた。

 彼もまた、少しだけ楽しげに笑う。



 イーリアス大祭、剣闘部門、記念すべき第一試合。


 ハヤシザキ vs ヘクトール。

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