イーリアス大祭 : 血に塗れし蜻蛉切、そして……


 ジンの稽古を受けていたのは、ルシアだけではない。

 当然、アレスも厳しい稽古を受けた。


 

「お前さんが最初に考えついた血槍の戦法は、なかなか面白い。良い不意討ちになる」


 

 ジンは、アレスが初めに考案した戦い方を褒めた。



「だが、それでは足りん。もう一つ、接近戦で縦横無尽に暴れるための、強力な血槍を編み出すべきだ」


「槍で、縦横無尽だって?」



 アレスはいまいち、ピンとこなかった。


 槍という武器は、突く、という動きに特化している。

 投げる、振り下ろす、という攻撃もできなくもないが、本来の威力は発揮しない。


 縦横無尽に暴れるには、不向きだ。



「俺の故郷には、面白い槍がある」



 ジンが教え伝えたのは、戦国最強とも呼び声高い猛将が持つ、あの槍だった。



「笹のごとき幅広の刃、突くも斬るも思いのままの、無双の槍だ」



 ーーーそして今に至る。



 徳川随一の猛将、本多平八郎忠勝が愛用していた名槍、『蜻蛉切とんぼきり』。


 アレスは己の血で、ジンが語った最強の武士の槍を模したのだ。



「行くぜ、ヘクトール!」



 蜻蛉切をひっさげ、アレスが突っこむ。


 

「面白い……来い!」



 ヘクトールも剣を構え直す。



「しゃぁああっ!!」



 アレスは身を沈め、駒のように回転し、いきなり薙ぎ払ってきた。


 すぐさまヘクトールは後ろに跳んだ。

 彼が立っていた足元の草が、一斉に切断される。


 もし跳んでいなければ、足首が切断されていただろう。



「まだまだぁあああっ!!」



 渾身の薙ぎ払いを終えた直後、そのままアレスは足で踏ん張り、体をぐるりと回転させた。


 今度は、ヘクトールの脳天に刃が迫る。

 薙ぎ払いからの、全力の振り下ろしだ。



「ちっ」



 ヘクトールはこれも避けるしかない。


 先ほどまでのアレスの槍なら、受け流すことができた。

 しかし今のアレスの蜻蛉切は、ただならぬ威力を秘めている。


 下手に受けようとすれば、剣ごと叩き斬られる危険がある。


 ならば、そのような危険をおかさず、反撃するだけだ。



「甘いっ!」



 振り下ろしをかわし、蜻蛉切の穂先は地中に埋まった。

 ヘクトールからすれば、ついに来た反撃の機会だ。


 しかしそこで、アレスは思いもよらぬ動きを見せた。



「もう、いっちょぉおうっ!!」



 なんとそのまま力づくで地中をえぐり、さらにもう一回転、同じ振り下ろしを行ったのだ。

 アレスの腕力もさることながら、蜻蛉切の切れ味も凄まじい。



「ちっ……!」



 踏みこんで斬りつけようとしたヘクトールは、予期せぬ追撃に固まった。

 そして、今さらかわせるタイミングではない。

 


 ガギィイインッ!!



 強い金属音が、森に響く。

 

 ヘクトールの手には、巨大な斧があった。

 分厚い斧の刃が、アレスの蜻蛉切を受け止めている。 



「俺に斧を使わせるとは、見事だ」



 ヘクトールの腕の血管が、浮き出る。

 巨大な斧を片腕で持つとは、恐るべき腕力だ。


 この男も、まだまだ底知れぬ強さを秘めている。

 


「アレス、お前は他の戦士とは違い、たぐいまれな強さを持っている。この血の槍も、相当鍛え上げられている……ゆえに今から、全力で相手をしよう」


 

 そう述べるヘクトールに、アレスは苦笑いする。


 蜻蛉切の振り下ろしをまともに受け止められた時は、仰天しそうになった。

 しかもヘクトールは片腕しか使っていない。

 

 今のアレスが挑むには、早すぎた相手なのかもしれない。



「そりゃどうも……だが俺の武器は、この蜻蛉切だけじゃねえ」



 アレスが含み笑う。


 ヘクトールがいぶかしんだ直後、彼の背後から槍が飛んできた。



「なっ」


 

 今度こそ、ヘクトールはかわし切れなかった。


 直撃は避けたが、その細長い槍は、ヘクトールの脇腹をえぐって抜けた。


 すかさずアレスは距離を取りつつ、ヘクトールを背後から襲った槍をつかみ取った。



「ちっ、さすがに忘れてるかと思ったが、気づいたか」



 アレスは残念そうに顔をしかめた。


 ヘクトールの背後から飛んできたのは、最初にアレスが放った血槍だった。

 


「なるほど……単純そうに見えて、したたかなやつだ」


「けっ、かわしておいてよく言うぜ」



 アレスとヘクトールは笑いながら、睨み合った。



「蜻蛉切と肩を並べし名槍、御手杵おねぎね……魔力で引き戻してみたが、まだまだ精度が足りなかったか」



 アレスが模倣できる名槍は、蜻蛉切だけではない。


 最初に持っていた細身の槍は、突くことに非常に特化した、御手杵おてぎねという名槍だ。

 それはアレスの血を帯びることで、敵を追尾する投げ槍となる。


 これこそが、アレスが当初から考えついていた不意討ち戦法だった。

 ヘクトールほどの英雄だからこそ、間一髪で避けたが、大抵の敵なら即死していただろう。


 アレスはそもそも傭兵である。

 勝つためには手段を選ばず、騙し討ちでも、なんでも使う男なのだ。



「……うむ、ここらで充分だろう」



 そこでヘクトールは、斧を下ろした。



「アレスよ、今日はここで終わりだ」


「なに? 降参……ってワケじゃねえよな」


「ふっ」



 ヘクトールは小さく笑い、十枚分の布を丸めて投げてきた。


 アレスはそれをつかんだ。

 偽物などではなく、たしかに本物の布だ。



「おいおい、マジかよ。あんた、どうしてライバルに塩を送るようなことをする?」


「気にするな。ここに倒れている奴らもそうだが、俺はここに現れた者の力を見定めるためにいるのだ」


「見定める? あんたも出場者なのにか?」


「こちらにも事情があってな。ともかく、お前は合格というわけだ」



 そこてヘクトールの目が鋭くなる。



「ただ、それでも俺と決着をつけたいのなら、構わんぞ。心ゆくまで相手してやろう」



 アレスは苦笑いしてから、首を振った。


 いくら脇腹に一撃を与えたとはいえ、今の自分の実力で、ヘクトールを倒せるとは思えない。



「へっ、そうとなれば俺はオサラバするぜ。こちとら卑しい傭兵あがりなもんで、ご立派に競うつもりもないんでな」



 そしてアレスは背を向け、顔だけを後ろに向けた。



「じゃあな、ヘクトールさんよ。次会った時、俺はもっと強くなってるぜ」


「大きく出たな。良いだろう、期待しているぞアレスよ」


 

 アレスはうなずき、走り出した。


 ヘクトールも満足げに微笑み、再び斧を地面に突き刺し、別の出場者を待ち始めた。


 

 これにてアレスも、十枚目の布を獲得。


 ジン、ルシアと同じく、早々に予選通過の条件を満たした。

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