イーリアス大祭 : 血槍のアレス vs 破砕のヘクトール
ルシアが十枚の布を獲得し、ナーガとハヌマーンの二人と和解した頃。
アレスは山の中を歩き回り、布を探して集めていた。
彼も他の出場者がいれば倒したが、出会った人数はいまだ四人だけだった。
当然、魔族となったアレスは苦も無く倒したが、幸か不幸か、なかなか他の出場者と出くわさない。
「あんまり人の気配がないな……ったく、俺が下ろされた場所はハズレだったか?」
茂みをかき分けながら、アレスはぶつぶつと愚痴をこぼした。
大人数に囲まれたりするのは困るが、他の出場者と遭遇できないのも厄介だ。
まだ三日あるため焦る必要はないものの、日が暮れかけているのに人と出会わないことに、アレスはうんざりし始めていた。
「……お?」
そこで、アレスは何かに気づいた。
森の奥に開けた場所があり、そこに人影らしきものが倒れている。
しかも、一人や二人ではない。
「なんだ、ありゃ」
アレスは慎重に近づき、木陰に隠れつつ、森の中にあった広場を見た。
その広場には数十人の戦士が倒れていた。
どの戦士も死んではいないが、傷を負い、気を失っている。
戦士たちの服装に、統一性はない。
トラキア、ケルト、ヌミディア、パルミラなど、各地で武名を轟かせている戦士たちが、無様に倒れている。
「……あいつがやったのか?」
アレスは広場の奥に、目を凝らした。
そこに、一人の中年男が立っている。
背は高く、細身の筋肉質。
あごひげは生えているが、顔立ちはそれなりに整っており、むさくるしい見た目ではない。
その男は目を閉じ、静かに立っている。
彼は黒鉄の鎧を着こみ、獅子のたてがみを模した兜を小脇に抱えている。
だが、最も目を惹くのは、彼の後ろにある巨大な斧だ。
その斧は、地面に突き刺して立てられており、彼はその斧に背を預けている。
「一人だな。出てこい」
目を閉じたまま、男が口を開いた。
アレスは驚き、すぐに顔を引っ込めたが、男は小さく笑った。
「無駄なことはよせ。若い男が一人、槍を持ち、鎧を着ているな?」
そこまで言い当てられ、アレスは観念した。
木陰から体を出し、広場に足を踏み入れた。
「おっさん、見えてたのかよ」
アレスが尋ねると、そこでやっと男は目を開けた。
「いいや、わざわざ見なくても、音などで多少はわかる。こう見えて、戦場は長いのでな」
男は口角を上げ、背もたれていた斧から、体を離した。
「お前も出場者だな」
男の問いに、アレスはうなずいた。
「アレスってんだ。あんたの名は?」
「ヘクトールだ」
その名を耳にした途端、アレスの顔に緊張が走る。
破砕のヘクトール。
エーゲ半島どころか周辺諸国に名を轟かせる英雄だ。
策謀に長けた名将でありながら、前線にて敵兵をなぎ倒す豪傑だ。
そして、その「破砕」という異名は、愛用の斧にて敵軍の城壁を粉々に砕いたことから呼ばれるようになった。
力のレオニダス、知のオデュッセウスと、エーゲ半島に詳しくない人間は、そう噂するかもしれない。
だがエーゲ半島に住まう者ならば、このヘクトールの名を挙げ忘れることはない。
たぐいまれな知と暴を合わせ持つ男は、彼以外にありえないのだ。
「さて、早速だが、どうする?」
ヘクトールの問いに、アレスはうなずいた。
出場者どうしなら、やることは決まっている。
それに、アレスに逃げるという選択肢はない。
ここで逃げては、ジンにもルシアにも顔向けできない。
「やるさ。あんたを倒して、布を奪う」
アレスは槍を構えた。
己の血を柄に染み込ませた、鋼鉄の槍だ。
「良いだろう」
ヘクトールは腰の剣を抜いた。
それを見て、アレスは眉をひそめる。
「斧じゃないのか?」
「ふっ、お前にはもったいない」
その言葉にアレスは顔をしかめ、強く槍を握った。
英雄といえど、侮られるのは
「後悔するぜ、あんた」
アレスは槍を構え、いきなり投げ放った。
強烈な速度で、ヘクトールの顔面に槍が迫る。
不意を衝く、
「むっ!」
ヘクトールは体を倒して、槍をかわした。
そこに、距離を詰めたアレスが跳びかかる。
すでに彼の手には、血で創られた短槍が握られていた。
「おらぁっ!!」
突き出された血槍を、ヘクトールの剣が受け止める。
「しゅうっ!」
ヘクトールは体を回転させ、アレスの槍の力を受け流しながら、回転斬りを浴びせてくる。
「おっと! お返しだ、おらおらぁあああっ!!」
アレスは距離を取って剣をかわし、今度は連続突きを仕掛ける。
魔族となって身体能力が上がり、ただの突きを繰り返すだけで、豪雨のような槍になる。
どれも鎧兜を貫き、岩すら砕く刺突だ。
しかしヘクトールは冷静に見極め、すべてかわし切った。
「速く、力もあり、妙な魔術を使う……だが、まだ粗削りだ」
ヘクトールの反撃の剣が、アレスを襲う。
猛烈な槍の攻撃の合間を狙い、剣の刃はアレスの頬をかすめた。
「やべっ……!」
さすがのアレスも驚き、二段跳びで後退した。
ヘクトールの剣には無駄がない。
力で受け止めて防御し続けるわけでもなく、なめらかな動きで剣を振るい、的確な反撃を繰り出してくる。
その老練な剣さばきは、どことなくジンに似ている。
ジンが一介の剣士ではなく、軍を預かる大将として人生を歩んでいれば、このヘクトールのような、知勇に秀でた名将になっていたかもしれない。
「なるほどな、こりゃまともには勝てねえ……けどよ、あの人に稽古をつけられたからには、あんた程度の剣士に負けるわけにはいかねえんだ」
ヘクトールは目を丸くした。
そしてニヤリと笑った。
「ほう、あんた程度、ときたか」
「ああ、あんたよりはるかに強い剣士を、俺は知っているんでな」
アレスは挑むような笑みを浮かべ、ゆっくり息を吐く。
そして頭の内にジンを思い浮かべ、血の短槍を構え直した。
たしかにヘクトールは手ごわい。
斧を使ってすらいないのに、アレスは苦戦を強いられているのだ。
それでも、太刀打ちできない相手ではない。
自分の力を出し切れば、届く。
「こちとら、本当にどうしようもない達人と、毎晩稽古してんだよ……!」
構え直した槍が、徐々に大きくなる。
さらにアレスの血を帯びて、長く、鋭くなっていく。
そして、長大な刃を持った槍が造られた。
突くのはもちろん、斬ることも可能な、万能な刃だ。
それは日本にある、とある槍に似ていた。
戦国最強の武人、
「俺が編み出した血槍の
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