イーリアス大祭 : 獣人たちとの決着、そして和解

 ルシアは、ナーガとハヌマーンに勝った後、気絶した彼らの部下から布を奪った。

 部下たちは三十人を超えているため、全員から奪わずとも、ルシアはこれで十枚の布が揃った。


 

「姉ちゃんよお、俺たちから布は奪わないのか」



 腕に十枚の布を巻いたルシアを見て、ハヌマーンが尋ねる。



「ええ。それがどうかした?」


「どうかしたって……普通、俺とかナーガみたいな、厄介な出場者を蹴落とす方を優先するだろ。ずいぶん甘くねえか?」



 このハヌマーンの考えに、ナーガもうなずいた。



「それに、もしも俺がお前の立場ならば全員から布を奪い、自分の分の十枚を確保し、残る布はどこかに隠すだろう」


「別にそこまでする意味がないからよ。どんなやつが本選に出てきても、私が勝つって決めている」



 そう言い切ったルシアを見て、ナーガもハヌマーンも絶句した。


 しかし誇大な自信ではない。

 闇の大魔力と双薙刀を得た、今のルシアならば、あらゆる強豪と互角以上に渡り合えるだろう。



「そういえば、私からも聞きたいんだけど」


「なんだ?」


「魔の眷属って、何?」



 この問いを受け、ナーガとハヌマーンの表情に緊張が増す。



「あなたたちは私が闇魔力を使った時、何かと勘違いしていた。破滅させるとか、魔の眷属とか……ただならぬ事情がありそうね」



 ハヌマーンがため息を吐いた。



「ああ、くそっ……ナーガよ、どうやら正直に話すしかなさそうだぜ」


「しかし、良いのか?」


「敗者に権利はねえよ。俺たちの故郷もそうだっただろ?」



 そしてハヌマーンは横目でルシアを見た。



「それに、この姉ちゃんはあいつらの仲間ではなさそうだ。闇の力は使うが、悪人じゃねえってことはお前も気づいているんじゃねえか」


「うむ、それもそうだな……」



 ナーガも渋々とうなずいた。


 

「姉ちゃん、名は?」


「ルーシィよ」


「ルーシィちゃんか。俺はハヌマーンで、この蛇男がナーガって名だ。ここで立ち話もなんだから、ゆっくり腰かけて話せる場所に行こうぜ。向こうに薪小屋らしい建物があったから、そこまで歩いていこう」


「良いわ」



 ルシアはうなずいた。



「あと、お願いがあるんだがよ……」



 ハヌマーンはばつが悪そうに、頭をかいた。



「お願い?」


「俺たちの手下なんだが、ルーシィちゃんの闇魔力で運び上げてくれねえか? さすがに俺たちでも、こいつら全員を運ぶのはできねえんだ」


「仕方ないわね」



 ルシアは承諾した。

 闇の魔力は荷車ではないが、かなり自由に形作れるため、気絶した人間の搬送も簡単にできてしまうのだ。


 それから三人は、気絶した戦士たちを運びつつ、近くの薪小屋まで向かった。



 ***



 ルシアたちは薪小屋に着いた。


 気絶した戦士たちの一部は道中で目覚め、ルシアの闇魔力に捕まっていることに驚いたが、ナーガとハヌマーンが説明すると、おとなしく従った。


 薪小屋に着くと、ルシア、ナーガ、ハヌマーンの三人が、中に入った。


 

「けっこう埃っぽいな……お、イスがあったぜ。ほらよ」



 ハヌマーンは小屋の中を物色し、一脚だけあったイスを、ルシアに差し出した。



「あなたたちは?」


「俺たちゃ地べたで充分だよ。勝者は堂々と座ってくれや」



 そう言ってハヌマーンは床に座った。

 同じくナーガも床に座り、あぐらをかいた。



「そう、じゃあ遠慮なく」



 ルシアはイスの埃を払ってから、座った。



「さてと……何から話そうかな」



 ハヌマーンは腕を組んで考え込み、それから顔を上げた。



「ええと、姉ちゃんも薄々気づいていると思うが、俺たちは獣人だが、部下も含めて東部の出身だ。しかも砂漠を越えた先の、さらに東の地から来た傭兵団だ」


「そんなに遠くから?」


「まあな。そりゃ傭兵だから色んな国を回るが、こんな西の国に来ることは俺たちも初めてだ」



 そこでナーガが、「追い出されたといった方が正しいだろう」と付け加えた。



「追い出された? 穏やかじゃないわね」



 ハヌマーンはうなずいた。



「おう……時にルーシィちゃんよ、東の国の文化や信仰について詳しいか?」


「いえ、全然」


「そうか。じゃあ、まずはそこからだな」



 ハヌマーンはあぐらをかいた足を組みなおし、話し始めた。



「エーゲ半島の東には砂漠の国々が広がっている。しかし俺たちはそれよりもさらに東の、ヴェーダ神国から来た」


「ヴェーダ神国……初めて聞く名だわ」


「だろうな。だが、自分らで言うのもなんだが、そこまで未開の土地でもない。聖なるインダスの大河を中心に栄え、五十の部族と百の小国家が集まり、それを束ねる大王がいた国だったんだ」


「国だった、ね。今はもう無いの?」


「そうだ。すでに大王は滅ぼされ、ヴェーダの国土は荒れ果てた。あそこには、もう何もない」



 ハヌマーンとナーガの顔は暗い。

 そこには強い怒りと、深い悲しみがある。



「ある日突然、破壊神の力を得た邪悪な戦士が、北の果てから現れた。やつは恐ろしい邪神どもを崇拝する部族たちを束ねて、聖なるヴェーダの国々に攻めこんだ」



 語るハヌマーンは、静かに拳を握る。



「もちろん俺たちも戦った。卑しい雇われの兵士でも、ヴェーダの国は俺たちの大事な故郷だ。未開の部族が集まっただけの軍団に、美しいヴェーダの地を荒らされてたまるかと思い、志願した」


「けど、負けてしまった……ということ?」


「ああ……破壊の神をその身に宿した戦士は、とにかく強力で、次々とヴェーダの小国家を飲みこんでいった」



 ハヌマーンの言葉に、徐々に力がこもっていく。



「やつらは暴虐の限りを尽くしたよ。人も、土地も、宝も、あらゆる物を踏みつぶして進軍してきた……俺たちも歯が立たなかった。未開の北の果てにひそんでいた部族は、魔に魅入られた怪物ばかりだった」



 ハヌマーンは自分の膝に、拳を落とした。



「破壊神の戦士は、もはや人間じゃない。闇に染まりきった、狂った魔王だ!」



 魔王と、ハヌマーンはそう表現した。


 その言葉を聞いて、ルシアの顔つきがわずかに変わる。



「……魔王、ね」



 ルシアの変化に気づかず、ナーガが説明を始めた。



「ルーシィ、お前が闇の魔力を見せた時、俺とハヌマーンは勘違いをしていた。もしかしたらお前も邪神の部族なのかと疑ったのだ……俺たちのことを敵視して追いかける部族の戦士もいるからな」


「そうだったのね」


「だが、お前が邪悪な者ではないことは、戦ってみてわかった……俺もハヌマーンも、神経質になりすぎていたようだ。すまなかった」


「気にしなくて良いわ」



 ナーガは頭を下げ、ルシアは首を振った。



「ちなみに、その魔王のことを教えてほしいわ」



 ルシアの問いに、二人の顔がこわばった。



「そ、それは……」


「どうしたの?」


「いや、教えても構わんが、どうするつもりだ?」


「興味があるのよ。あなたたちの知っている、魔王とやらにね」



 ルシアは艶美な微笑みを浮かべる。



「いつか会ってみたいわ……ただし、魔を統べる王は一人で充分よ」



 しかし彼女の瞳の奥には、暗い炎がくゆっていた。


 その時、初めてナーガとハヌマーンは、ルシアの本質を知った。

 

 彼女は決して邪悪な存在ではない。

 非道な行いはせず、暴虐な思想も持っていない。


 だが、彼女もまた、魔を統べる王の素質を持っていた。

 その素質がゆえに、肩を並べようとする存在を捨て置けぬのだ、と。

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