イーリアス大祭 : 新たなルシアの型

 

 ここで少し、場面が十日ほど戻る。



 ***



 ルシアとアレスは、毎晩、ジンに稽古をつけてもらっている。


 マテーラの町から出発してから、夜は決まって、ジンとともに武器を交えて戦闘力を磨いた。


 魔族として生まれたばかりのアレスはもちろん、大魔王の翼を覚醒させたルシアでさえも、武器対武器で戦えばジンに歯が立たない。



「はぁあああっ!」



 ルシアは双剣に闇の魔力をまとわせ、容赦なくジンを攻め立てる。

 

 稽古といえど、二人はどちらも真剣で斬り合っている。

 ジンも本身の刃を振るい、ルシアも鋭い闇の刃を浴びせようとしている。


 しかし両者の剣術には、明確な違いがあった。



「やぁっ! りゃぁあっ!」


「それ、ほい」



 ルシアは激しく動き、流れるような連続攻撃で畳みかける。


 対するジンは、最小限の動きでかわし、必要な時だけ刀でいなす。


 動のルシアと、静のジン。


 二人の動きはとても対照的だ。

 それだけならまだ問題ではないが、重要なのは、実力にも差があることだ。



「そらっ……勝負ありだ」


「くっ……」

 


 ルシアの攻勢をかわし、ジンの刃が彼女の首筋に触れる。


 目にも止まらぬ猛攻の中にある、一瞬の隙を突いた。

 当のルシアでさえも、これほどまで簡単に負けてしまうのかわからない。


 

「また、負けた」



 ルシアは息を切らし、片膝をついてうつむいた。


 自分が弱くなったつもりはない。

 堕天の翼を得て、闇の大魔術を放てるようになった。

 武器にも闇の力をまとわせ、鋭さ、威力、攻撃範囲ともに向上した。


 しかし、ジンと何度も稽古をしても、傷一つ負わせることができない。


 あらゆる魔力が強化されたが故に、余計に自分自身の未熟さを痛感させられる。



「そう気負うな。お前さんは強くなっている。このまま励むことだ」


「でも、いつ勇者と出会うかわからない。今の私では……」


「一瞬で殺されるだろうな」



 そう言い切ったジンに、そばで見ていたアレスはつばを飲みこんだ。



「ルシファーのやつから映像を見せてもらったことがある」


「ええ、そのようね。あなたから見ても、勇者は怪物だった?」


「無論だ。見た目こそただの小僧だが、あれは剣術だけをとっても桁違いの天才だ。しかも城ごとズタズタに切り裂く魔力を得ているものだから、始末に負えん……歩く災害と言っても良いだろう」



 そこでジンは、「だがな」と言って続けた。



「お前さんには可能性がある。そしてお前さんも、俺も、勇者も、別の人間だ。才能もそれぞれだ」



 ジンは刀を納め、ルシアに手を差し伸べた。



「稽古は一朝一夕で身につかん。お前さんの『型』が完成し、力を得るために、恐れることなく色々と試せ。そこに失敗は付き物だ」


「失敗を恐れず、試す」


「そうだ。案外、すんなりと自分に合うものが見つかるかもしれんぞ」



 ジンはからからと笑い、ルシアも頬を緩ませた。



 ***



 そして、現在に至る。



「ジンがいた時代には、薙刀という武器があったという……それを二つ合わせて、互い違いの刃を伸ばせば……」



 つぶやくルシアの手には闇色のツインブレードがあった。


 だが、そこから、さらに形が変わる。

 まだ完成形ではなかったのだ。


 柄の両側にある刃が、どちらも日本刀のような片刃に変わる。

 その二本の刃は、前後で逆の方向に向いている。



「試させてもらうわ、ツインブレード……いいえ、双薙刀」



 ルシアは軽く身を沈め、左手を前に出し、右手に双薙刀を構えた。


 遠くでそれを見ていたハヌマーンは、この武器の変貌に警戒を高めた。

 だが、目の前で対峙しているナーガは、それ以上に戦慄していた。


 ナーガも剣士として名を挙げた男だ。

 東の地で傭兵として戦い、多くの戦場を生き抜いてきた。

 

 だからこそ、ルシアの変わり様にゾッとしていた。


 初めて産みだした武器とは思えないほど、堂に入っている。

 まるで運命の愛刀に出会ったかのような、そんな構えだ。



「はぁ……はぁ……ごくっ」



 ナーガの緊張が高まる。

 手に汗がにじみ、口の中が渇く。


 そんなナーガの様子を見て、ハヌマーンもその恐ろしさに気づいた。


 大槍を二本振り回していた時よりも、はるかに威圧感が増している、と。

 それゆえに、あのナーガが萎縮しているのだ。



「ちゃぁあっ!!」



 そこでハヌマーンが動いた。

 伸びる槍を伸ばし、背後からルシアを狙う。


 その時、ルシアは後ろに目を向けず、手の中で双薙刀を回転させた。

 回転する黒い刃が、背後から迫る槍をからめとった。



「うあっ……」



 目もくれずに槍をからめとられ、ハヌマーンの体勢が崩れた。


 そして次の瞬間、ルシアが跳びかかってきた。

 数十メートル離れたハヌマーンに、急接近してきた。



「あぶっ」



 樹上に隠れていたハヌマーンが、慌てて跳んで逃げる。


 双薙刀が高速で振るわれる。

 ルシアが着地すると、太い樹木がズタズタに斬られ、分解して崩れ落ちた。



「くそっ、剣術も本物の化け物になりやがったか……!」



 ハヌマーンは森の中を駆け、ルシアから距離を取った。


 闇の魔術もさることながら、双薙刀を得たルシアは、正面からまともに斬り合える敵ではない。

 彼女を倒すには、一計を講じるしかない。



「ナーガッ! あれをやるぞ!」



 ハヌマーンの叫びが森の中に響く。



「……っ、ああ!」



 それを聞いたナーガも、すぐさま森の奥に消えた。


 ただ一人、ルシアは森の中で待った。

 彼女は薄く笑っていた。


 二人の獣人戦士が、どんな攻撃に出るのか。


 それを待つだけで、胸の高鳴りが止まらない。

 今はただ、この双薙刀を試したい。



「楽しい……さあ、見せてちょうだい」



 ルシアは構えて、二人の攻撃を待つ。


 突然、遠くで木が倒れる音が聞こえた。

 何本も何本も、メキメキと音を立てて、樹木がへし折れているのだろう。


 そして、辺りが暗くなった。

 

 ルシアが見上げると、なんと大量の木の枝が、空を覆い尽くしていた。

 

 どれも、ただの木の枝ではない。

 一つ一つが鋭く尖り、さらには先端に毒液が付着している。



「大自然を利用する、ね。面白い」



 毒のついた木の矢が降り注ぐ直前、ルシアは歯を見せた。

  

 以前も似たようなことがあった。

 ダンタリオンが魔力で町中の武器を集め、ルシアに対して降り落としてきた。



「しゅぅぅっ……」



 そしてルシアは息を吐き、動いた。


 降り注ぐ毒矢の雨を、双薙刀で迎え撃つ。



「あっははははっ!」



 まるで舞うように、笑いながら双刃を振るい、矢の雨を斬り飛ばしていく。


 一本でも刺されば危険な毒矢を、華麗にさばいていく。

 激しくも、美しい、その剣舞の前に、数百の矢が次々と切断されていく。


 しなやかな剣さばきを得意としていた彼女は、疾風のルシアと呼ばれていた。


 だが、今や疾風どころではない。

 もはや何も寄せ付けぬ、嵐そのものであった。



「そこね! 今から行くわよ!」



 襲いかかる矢の雨をさばきながら、ルシアは矢が飛んできた方角に目を向けた。

 

 ぎらりとした彼女の視線が、森のはるか奥にいた二人の戦士を捉える。

 その直後、彼女が走りだす。


 人の形をした闇の嵐が、まっすぐ襲いかかってくる。

 


「見つかった……!」



 ナーガは顔をしかめた。



「退くな! 迎え撃つぞ!」


「お、おうっ!」



 それでもナーガとハヌマーンは逃げなかった。


 ナーガの刃が近くの樹木を切り倒し、ハヌマーンの槍で、力任せに弾き飛ばす。

 

 樹木そのものを、ルシアに向けて投げ飛ばしてきた。

 矢よりも巨大な、圧倒的な質量が迫る。



「しゃあ!」



 ルシアの双薙刀が、一閃。

 砲弾のように飛んできた樹木を、なめらかに両断した。

 


「馴染む。これが私の答え」



 立て続けに樹木が飛んでくる。

 どれも巨大で、重量のある凶器だ。

 当たればルシアの体を吹き飛ばし、全身の骨を砕いてしまうだろう。


 それでもルシアはすべてを斬り刻んで、舞い踊りながら突き進んだ。



「ほら、間合いよ。かかってきなさい」



 森の奥にナーガとハヌマーンを追い詰めて、ルシアは手招きした。

 刃を構え、不敵に相手をいざなう姿は、まさにジンの生き写しであった。



「うおおおおっ!!」


「この、化け物がああっ!」



 ナーガとハヌマーンが吼え、ルシアに攻めかかる。


 毒の刃を振るい、至近距離から毒の散弾を乱射する。

 その弾幕をかいくぐるように、ハヌマーンの槍が伸びて襲いかかる。


 そこで、ルシアの姿が消えた。


 二人の戦士は固まった。

 毒の散弾は空しく地面に着弾し、伸縮する槍は空を貫いただけだった。


 ふわり、と風が舞う。


 その直後、二人の後ろで、静かな息づかいが聞こえる。

 そして、背中に刃が当てられる。



「勝負あり、で良いわよね」



 柔らかい声で、ルシアは彼らに同意を求めた。


 ナーガとハヌマーンは、ぞくりと背筋が震えた。


 一瞬たりとて、目を離したつもりはなかった。

 目の前に来たルシアに全神経を集中させ、避けようのない一斉攻撃を仕掛けた。


 だが、こうも簡単に背後を取られるとは、思わなかった。



「姉ちゃん、跳んだ、のか……?」


「ええ。それがどうかした?」



 ルシアは首をかしげたが、二人にしてみれば『消えた』と勘違いするほどの、神速の跳躍だった。


 目にも止まらぬ速度で、音すら立てずに跳躍する。

 そんなこと、獣人の二人でも不可能な芸当だ。

 


「完敗、だな。こりゃ」



 ハヌマーンは手を挙げ、長槍を地面に投げ捨てた。


 ナーガもそれを見て、ため息を吐いて、うなだれた。

 両手にあった双剣を、そっと落とした。



「そうだな……我らの負けだ、闇の女傑よ」


 

 こうして、獣人戦士との戦いはルシアの勝利で終わった。


 この戦いには大きな収穫があった。


 自身の体力、腕力、敏捷性、それらに合ったものを見つけた。

 彼女に合った武器は、そもそも双剣ではなかったのだ。



 己の血と闇に染まりし、舞うように振るう双薙刀。



 ついに彼女は、己の『型』を探し当て、また一つ強くなった。

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