イーリアス大祭 : 予選ルールの発表
アテナ・ポリスの首長ホメロスは、気だるげな態度を隠そうともせず、舞台上で話し始めた。
「ええと、堅苦しいのは苦手なもんで……皆さんは酒でも呑みながら、気楽に聞いてくださいな。ちなみに私も呑ませてもらいますよっと」
ホメロスはそう言いつつ、部下から
荒っぽい人間も多い出場者たちを前にして、酒を呑んで話をするホメロスは、なかなかの胆力の持ち主だ。
「はい、まずは今回のイーリアス大祭なんですがね、やはり賞品を豪華にしたことで、例年の数十倍の出場希望者が集まりました。この大祭を主催する私どもとしましても、嬉しい悲鳴というか、誤算というか……とにかく、お集まりの皆様には感謝でいっぱいです」
ホメロスは頭を下げたが、酒を呑みながらなので、いまいち気持ちが伝わってこない。
中にはホメロスの態度に
「ただ、このまま各競技ごとにトーナメントを組んで、一つ一つ試合を消化していくのは、あまりに
ただしホメロスの落ち着いた話し方は、聞く人間によっては心地よいものだ。
さすが長く政治を行ってきた男の技術というものなのか。
気だるげに見えて、話している内容は理路整然としており、言葉をつむぐ速度も絶妙なものだった。
「そこで、あらかじめ決めていたのですが、このイーリアス大祭を、予選と本選に分けて行います。予選でふるいにかけて、本選で各競技の優勝者を決める、というわけですね」
そこでホメロスは、脇で控えていた部下たちに視線を送る。
その視線で部下たちは動きだし、十人がかりで、舞台そでから巨大な木の板を運んできた。
木の板には簡易的な地図と、いくつかの文章が書かれている。
「では、その予選についてですが……」
「おいおい、つまり予選は、出たい競技ごとじゃねえのか!?」
説明の途中で声を上げたのは、西トラキア出身の戦士だった。
トラキア地方は軽装歩兵が盛んで、彼らは短い槍を自在に使いこなし、なおかつ投げ槍の名手たちだ。
もちろん彼らとしては、槍投げの競技で優勝を狙うつもりだっただろう。
だからこそ、各出場者をひとまとめにした予選会を行うという
「はい、その通りです。剣闘に出たかった方も、槍投げで出たかった方も、戦車競走で出たかった方も、例外なく同じ予選を突破してもらいます。各競技に移るのは、本選になってからです」
「聞いてないぞ!」
「公式に発表したのは今が初めてなので、もちろんです。というか、予選の内容を事前に発表すると、この都市に先に到着して申し込みした方が、圧倒的に有利になってしまうので」
ホメロスはトラキア戦士の怒りの声を受け流し、説明を進める。
「こちらの地図をご覧ください……予選の場所は、アテナ・ポリスの北にある山地です。自然豊かな場所ですが、山の各所には人工洞窟や古代遺跡も残っています」
彼は木版に描かれた地図を指差してから、次に己の懐から白い布を取り出した。
「そして出場者の方には、こちらの
ホメロスは
「この布は出場者の方に配った以外にも、山地のいたるところに隠してあります。そしてルールは簡単……三日間、山の中で過ごし、四日目の朝にこの布を『十枚』持って下山した方が、本選進出となります」
その予選ルールを聞いて、出場者たちは静まった。
そこで、年若い戦士が手を挙げた。
「あの、つまり……山の中でその布を探して見つけるか、他の出場者から奪って……十枚集めろということですか?」
「ええ、噛み砕いて言えば、その通りです」
ホメロスはうなずいた。
「ただし、殺して奪うことは禁止とします。あくまでこれは競技なので、殺害が発覚した時点で、その方は失格となります……なお、殺害したことを判別する方法は、秘密とさせていただきます」
他人から布を奪っても良し。
ただし、なんらかの方法で殺したことが発覚してしまえば、失格。
殺害を調べる方法を不明とされれば、出場者も対策のしようがない。
下手に殺して奪おうとする者は、ほとんどいないだろう。
そして舞台は、広大な山の中。
雨風をしのぐのも、睡眠をとるのも、食料を探すのも、すべて己の力でなんとかしなければならない。
「ははあ、山の中で戦い、生き抜く予選か……こりゃあ、おもろいことになりそうやなあ。あのホメロスっちゅうやつも、なかなか粋な競技を考えつくのう」
ウェルキンゲトリクスはくすくすと笑った。
「うむ。それにここで発表したのも賢い手だ」
隣に座るジンは感心していた。
「早めに予選の内容を発表すれば、武器や食料の買い占めや、他の競技に出る者への妨害工作も横行していただろう。だが、こうして前日で言われたら、小細工をする時間はほとんどない」
「へへっ、逆に自分の出たい競技に一点集中していたやつらにとっちゃ、たまったもんやないだろうなあ」
そしてウェルキンゲトリクスは、ジンたち三人の方に顔を向けた。
「ちなみに、あんたらはどの競技に出るつもりやったんや?」
「剣闘だ」
「私もよ」
ジンとルシアは、なんでもありの一対一の勝負、『剣闘』に出る予定だった。
なお、剣闘は最も賞品が豪華で、優勝すれば東トラキア地方の王となる。
たとえ準優勝以下だったとしても、軍船や商船、城などが手に入る。
「俺は槍投げに出る予定だったぜ」
アレスが答えた。
槍の扱いが得意という理由もあるが、それよりも『槍投げ』の優勝賞品が、商船十隻であるということが一番の理由だ。
万が一、ジンとルシアが何も得られず敗退した場合に、アレスには保険として槍投げで船を手に入れてもらいたいのだ。
「なんや、アレスの兄ちゃんだけ仲間外れかい」
「あはは、こっちとしても色々と目的があるからな」
「ほお、そんなもんかい……まあええわ、わしも剣闘に出る予定やったから、お二人さんのどっちかと、本選でぶつかるかもしれんのう!」
ウェルキンゲトリクスは上機嫌だ。
アレスが出ていないことが寂しかったようだが、ジン、もしくはルシアと直接対決できる可能性があるとわかり、胸が躍っていた。
「それでは、予選の説明は以上です。何かご質問ある方は」
ホメロスが周りを見渡すと、何人かの手が挙がった。
そのうちの一人に、ホメロスは応じた。
「はい、ではそこの方、どうぞ」
「持ち物はどこまで自由ですか?」
「基本的には武器、食料、日用品、なんでも持ち込みアリです。他の出場者を殺めてしまえば失格ですが、それさえ守ってくだされば、どんな道具を使っても不問といたします」
どんな武器や道具を使っても良い。
それを聞いて、おおよその出場者はホッと胸を撫でおろしていた。
ホメロスは引き続き、他の出場者の質問にも答えていく。
「布を十枚以上集めた場合、余った分はどうすれば?」
「余分な布は山中のどこかに置いてください。余分な枚数を持ったまま下山しても失格ですし、破ったり燃やしたりするのも当然失格です……あくまでこれは予選なので、本選へ進む人数を減らすような行為は、すべて失格要件となります」
これも順当なルールだ。
手に入れた布をかたっぱしから燃やされたりすれば、本選に駒を進める人間が激減してしまう。
あくまで十枚だけ集めて、四日目に下山しなければならない。
大体のルールがわかったところで、出場者たちは細かい質問をしてくる。
「布を十枚集めても、四日目の朝に下山できなかった場合は?」
「その四日目の正午までに帰ってこなければ、失格です。その時点で担当の者が入山し、タイムアップしたことを報せに来ます」
「怪我や病気による途中棄権は可能なのか?」
「もちろんです。その時は四日目を待たずに下山してください。担当の者が保護させていただきます」
「予選が終わってから、本選はいつやるんだ?」
「予選終了後、二日間の休養日を設けます。本選はその後、各競技に分かれて、アテナ・ポリス市内の各会場で行います」
それからも質疑応答は続いた。
そして、おおむね質問がなくなったところで、ホメロスは終了を告げた。
「では、予選についての質疑応答は以上です。その他の細かいルールは、皆様一人一人に紙でお配りしますので、競技中にご不明な点があれば参照してください」
ホメロスの部下たちが、小さな紙を出場者たちに配っていく。
紙には予選についてのルールが書かれており、今のホメロスの説明内容を忘れたとしても、すぐに確認できる。
「それでは、翌朝の九時より北の山で予選を開始します。なお、この前夜祭の会場には馬車を用意しておりますので、翌朝はここから直接お送りすることもできます……皆様のご活躍を祈って、これで前夜祭の挨拶とさせていただきます」
ホメロスは一礼してから、舞台から降りていった。
出場者たちの反応は様々だ。
大半は焦りや不安を抱いていたが、ジンたちを始めとした、強豪と呼ばれる実力者たちは、まったく慌てることなく受け止めていた。
名のある出場者にとっては、三日間のサバイバルなど肩慣らしに過ぎない。
しかし番狂わせを狙いたい者たちにとっては、この予選でいかに強豪を蹴落とすかが重要になってくる。
あいつは落としたい。
こいつとは本選で当たりたくない。
ならばどうやって予選で立ち回ろうか。
そんな波乱の気配が、出場者たちの間で広がり始めていた。
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