イーリアス大祭 : 戦の王、そして奴隷の王

 この大陸で最強は誰か、と聞かれれば、誰もが少し悩む。


 人間の大陸には大小合わせて五十を超える国があり、各地に英雄、豪傑が存在しているのだ。

 一言で最強と言っても、なかなかに抽象的な、難しい質問だ。



 では、具体的に問えば、世の人々の答えは絞られてくる。



 例えば、最強の『名将』と問われたら、おそらく三人の名が挙がるだろう。


 聖王国の第一騎士団長、神剣のセラフ。

 双竜帝国の大将軍、隻腕せきわんの軍神テュールグラス。

 そしてエーゲ半島の鬼才、智将ちしょうオデュッセウス。

 軍を率いる者として、上記の三人は雲の上にいる存在であり、憧れだ。



 また、最強の『英雄』と言われたら、おそらく二人に絞られる。


 大魔王ルシウスを滅ぼした神の子、大天使に愛されし勇者アーク。

 奴隷を率いて双竜帝国から亡命し、軍神テュールグラスの軍勢すら撤退させた弱者の救世主、奴隷王ウェルキンゲトリクス。

 人間の大陸にいる弱き民たちは、彼らのような英雄をあがめるものだ。



 しかし、最強の『男』と言われたら、大多数が彼の名を答える。

 男、すなわち一個人の武。

 たったそれだけを突きつめた最強の称号は、彼にのみふさわしい。


 レオニダス……レオン・テルモピュライ・ヌーダース。

 この地上で最強の『力』を持つ人間は、彼なのだ。

 少なくとも彼を目にした者は、そう断言する。

 


「マジかよ……」



 アレスはその男を見上げ、呆然としていた。


 歌劇場の席に座った三人の前に現れたのは、筋肉の巨人と言っても過言ではない大男。



 アレスはその風貌、武器や防具、そして彼から発する威圧感で、正体に気づいた。

 王という身分であるため、このような祭りには姿を現さないと思っていた。


 しかし現にこの場にいるのだから、その事実は認めざるを得ない。



「あんた、まさか、レオニダス公?」



 レオニダス。

 その名前をアレスが口にしたところで、周囲の空気がさらに緊張を増した。

 

 思えば、ほとんど満員になっている歌劇場の席で、わざわざ三人分の席が空いているはずがなかった。

 すみっこの席ならともかく、三人が見つけて座ったのは、歌劇場の中でも見晴らしの良い上段の席だった。


 そして、それは元から三人分のスペースではなかったのだ。

 このレオニダスのような巨漢なら、彼一人分が、そのスペースなのだから。



「すまねえ、あんたの席だってことなら、とっとと……」



 さすがのアレスも、レオニダスという存在には強く出ようとしなかった。

 

 酒場で海兵に喧嘩を売られるのと、ワケが違う。

 目の前にいるのは、最強の二文字が形になったような生物なのだ。


 しかし、ジンとルシアは席に立とうとする気配がなかった。

 アレスは腰を浮かせようしたが、二人は堂々と座ったままだ。


 ジンは腕を組んで、背筋をスッと伸ばして座っている。

 ルシアにいたってはスラリとした足を組み、うんと伸びをする。



「なんだ、あいつら、死にたいのか……!?」


「レオニダス公のことを知らないのか? それとも単に馬鹿なのか?」



 周囲のザワつきが大きくなる。

 今度は普通の聴覚のアレスにも、聞こえるほどの声だ。



「お、おい、お二人さん。また別の席を探すから、ここは一旦……」



 アレスは二人に席を立つようにうながしたが、当のジンとルシアは、こともなげに座ったままだ。



「何を言っているの、アレス。座る場所は自由なのでしょう? それなら私たちが譲る理由はないわ。ねえ、ハヤシザキ」



 ルシアの返答に、アレスも、他の出場者もあぜんとした。



「……ルーシィの言う通りだ。まあ、そこの彼が元々座っていたというなら、こちらも気をつかわねばならんな」



 ジンは、レオニダスが立っている場所とは逆側に顔を向けた。

 そして横にずらりと並んで座っている出場者たちに、



「おーい、すまないが、一人ずつ詰めてもらえんか? 席を一人分空けたいのだが、皆の手を貸してもらえんだろうか」



 と、のんきな声で呼びかけた。


 ジンに協力を頼まれ、横にいた出場者たちは目に見えてうろたえる。


 

 ジンたち三人が席を譲って退散すれば済む話だと、周りは思っていた。

 なのにジンは席を立つことなく、彼らに対してお願いをしてきた。


 常識的には、ジンの言っていることが筋は通っているのだろう。

 わざわざ座った三人がどけるのではなく、一人一人が座り方を改めて、レオニダスが座れる場所を空けてあげるということだ。

 

 しかし、レオニダスを立たせたまま、その常識を呼びかけられる人間は、この場にほとんどいない。

 たいていは慌てて席を譲り、平謝りでその場から去るのだから。



「おう、すまんなすまんな……いやあ、待たせたな、大きい方よ」



 一人一人に少しずつ詰めてもらい、ようやくスペースが空いた。

 最初に空いていた三人分とまではいかないが、充分広いスペースだ。



「ほれ、空いたぞ」



 ジンはレオニダスの方を見上げ、そのスペースを手で示した。

 

 柔和な笑顔を浮かべるジンと、いかめしい顔つきのレオニダス。

 両者の視線がぶつかる。

 お互いの瞳に、目の前の相手が映っている。


 周囲の人間は、固唾かたずを飲んで見守っていた。


 世間知らずな、のんきな老人が殴り飛ばされるのか。

 それともレオニダスの一喝を受けて、三人が泡を食って逃げるのか。


 果たしてどうなるのかと思ったところで、レオニダスが静かに口を開いた。



「うぬが、噂の老剣士とやらか」



 なんとレオニダスが、歯を見せて微笑んだ。



「なるほど、肝がわっている。たしかにあの海兵どもでは歯が立たんだろう」


「ほほう、お前さんもあの喧嘩を知っているのか」


「うぬら三人に喧嘩をふっかけたのは、エーゲ半島の都市、コリントスの海兵どもだ。われもスパルタとはいえ半島の人間、あの者たちのことはよく知っておる」



 そしてレオニダスはため息をつき、首を振った。



「聞いた話によると、あの海兵どもは散々に叩きのめされ、ずいぶんな恥をかかされたらしいな。同じエーゲ半島の戦士として、情けないことだ」



 その口ぶりに、ジンは首をかしげた。



「ふむ、何か誤解しているようだが……俺はあの者たちのことを、はずかしめたくて叩きのめしたわけではないぞ」


「どういう意味だ」


「たしかに喧嘩になったが、倒れた仲間を連れて行ってやれとさとした。なんなら後日また、和解の酒席をもうけても良いと思っているくらいだ。それに、剣を壊してしまったびも入れたいしな」



 ジンの考えを聞き、レオニダスは豪快な笑い声を上げた。



「ふはははっ! なるほど、そういうことか! だが、その優しい言葉はなかなかに手厳しいものだ。喧嘩に負けた相手にとっては、そのような慈悲など、むしろ苦痛になってしまうものだぞ」



 レオニダスはひとしきり笑った後、右手を差し出してきた。


 握手という文化に慣れていないジンだったが、アレスが小声で「同じ右手で握り合う挨拶だ」と教えてくれた。



「老いた達人よ、そなたに敬意を表して名乗ろう。われはレオン・テルモピュライ・ヌーダース、人はレオニダスと呼ぶ」


「レオニダス殿か。俺は、ハヤシザキだ……よろしく」



 ジンはこの祭りでの偽名を名乗りながら、教わった通りに右手を差し出し、レオニダスと握手を交わした。


 その瞬間、二人の動きが止まった。

 握り合う互いの手が、腕が、みるみると筋張すじばっていく。


 さらには両者の笑顔も、だんだんと殺気を帯びていく。


 ただの握手でないことは、はたで見ているルシアやアレスにもわかった。

 お互いがほぼ同時に、相手の手を握りつぶそうとしたのだ。


 ジンと、レオニダス。

 両者の力比べは、圧倒的にレオニダスが有利かと思われた。

 だが、すぐに決着がつかない。

 注目している周りの出場者たちも、ジンの手がつぶされないことに驚いていた。



「ぐははっ……なるほど、なあっ……!」



 レオニダスが笑う。

 最初のような、快活な笑顔ではない。

 獰猛どうもうな獣のように、歯をむき出して笑っている。



「か、かかっ……なかなか、これは……!!」



 ジンも目を爛々らんらんと輝かせ、歯を見せる。

 彼もまた高ぶった殺気をほとばしらせ、レオニダスの手を握りしめる。


 これを間近で見ていたアレスは、開いた口が塞がらない。

 

 ジンが強いことは、アレスも重々知っている。

 二人の聖騎士を赤子あかご扱いしたことは聞いていた。

 百人以上のオークを殺し尽くした光景も見た。

 荒っぽい海兵をあしらい、奪った剣を素振りで破壊するところも見た。



「嘘だろ……レオニダス公の握力と、タメ張ってやがる……!」



 だからといって、この光景は信じられない。

 アレスだけではなく、その場にいた全員が己の目を疑った。


 あのエーゲ半島最強の男、怪力無双のレオニダスの握力に、ジンの握力はまったく負けていない。

 極限まで剣の腕を鍛えた『侍』の握力は、彼らの想像をはるかに超えて凶悪だったのだ。


 そして両者の獰猛な笑顔に、その力比べの威圧感に、周囲は凍りつく。

 誰も割って入ることはできない。

 邪魔をすればどちらかに、あるいは両者に殺されるかもしれない、と。

 


「おお、なんや、なんやあ! ……面白そうなことしとるのう!」



 その時、間延びした声が歌劇場に響いた。

 緊迫した空間にふさわしくない、あまりに気の抜けた声。

 凍りついた空間にぬるま湯を浴びせかけたような、奇妙な空気が広がった。


 力比べに熱中していたジンとレオニダスも、この声により集中をがれ、互いに手をゆっくりと離した。


 その声の主は最上段の位置に立ち、旗をかかげて立っていた。

 左目は火傷でつぶれているが、残った目は大きくギョロリとしており、白い総髪、白い口ひげが特徴的な、異様な笑顔を浮かべる老人だ。


 彼は壊れかけの鎧に、ボロボロのマント、そして真っ赤な旗を握っている。

 ただし普通の旗ではなく、旗の先端には斧の刃と槍の穂先ほさきが合わさった、ハルバードになっている。



「くぁ~~、いい歳した男二人が熱く手を握り合うとは、なんとも大胆やのう!」



 その老人はジンとレオニダスを茶化しながら、階段を下りてきた。



「どや、わしも混ぜてくれんか? レオニダスの坊ちゃんよお!」


「相変わらず不愉快な男だ……奴隷のかしらよ」



 坊ちゃん、と呼ばれたレオニダスは顔をしかめる。


 あのレオニダスに軽口を叩く老人に対する反応は、大きく二つ。

 老人の正体を知らぬ者は驚愕きょうがくし、逆に知っている者は畏いふしている。



「だ、誰なんだ、あの小汚いじいさんは」


「馬鹿、お前、知らないのかよ! ……奴隷たちの頭、いや、奴隷の王といったら、あの人しかいねえだろう」



 奴隷の王、その奇妙な二つ名は、この大陸で一人だけのもの。



「じゃあ、あのふざけた雰囲気のじいさんが、」


「そ、そうだ、奴隷たちの王であり英雄……ウェルキンゲトリクス」



 旗をかかげた老人、ウェルキンゲトリクスが現れたことで、さらに場は混乱した。


 ジンとレオニダスの衝突だけではなく、レオニダスとウェルキンゲトリクスがにらみ合う展開に、その場にいた者たちがついてこれていない。



「しっかし、おもろいじいさんやのう! 馬鹿力で鳴らしたレオニダスの坊ちゃんと、こんなに張り合うとは大したもんやあ!」



 ウェルキンゲトリクスは子どものように目を輝かし、ジンに近づく。



「あんたが噂の老剣士かあ、生で見ると意外とちっこいのう」


「ふっ、そういうお前さんも、俺と大して変わらん年頃と背丈せたけだろう。というかなんだ、その珍妙な得物えものは」



 ジンはやれやれと首を振ってから、ウェルキンゲトリクスがかついでいる旗を指差した。



「ああ、これかあ? なんも大したもんやないで……ただ、双竜帝国の大将の旗をぶんどっただけじゃからのう!」



 ウェルキンゲトリクスは笑いながら、旗を地面に突き立てた。


 そこで風が吹き、旗がなびく。

 旗には黄金の双竜の紋章が刻まれ、ところどころが血塗られている。


 豪華な意匠いしょうの旗は、双竜帝国でも重要な地位の人間のみがかかげる軍旗だ。

 彼はその軍旗を、己のハルバードに組み合わせているのだ。



「え、あれ、本物じゃないよな? 違う、よな?」


「わからねえ、でも、本物じゃないとしても……あんな見た目の旗を持って出歩くなんて、イカれている……!」



 旗のデザインを理解した出場者は、目を白黒させた。


 戦場で大将の軍旗が奪われる。

 兵士にとって、将にとって、それがどれほど恥辱ちじょくで腹立たしいものか。

 場合によっては負け戦だったとしても、旗を奪われたとなれば、死にもの狂いで取り返しに来るのだ。

 

 そんな軍旗をかかげて、人前を出歩く。

 すなわちそれは、双竜帝国の軍の関係者に出会えば、問答無用で殺されてもおかしくないということ。

 もはや自殺志願者と言っても良いほど、飛び抜けた挑発行為にあたる。


 そんな代物を、衆人環視しゅうじんかんしの中で、ウェルキンゲトリクスは堂々とかかげている。

 大陸最大の軍事国家を、持ち歩くだけで小馬鹿にする、常軌じょうきを逸した武器。



「手柄を見せびらかすついでに、邪魔するやつを突き殺せるからのう! 使い古しやが、わしのお気に入りの相棒やあ! うひひひっ!」



 そうして高らかに笑うウェルキンゲトリクスに、ジンとレオニダスが作った緊張感は解けてしまっていた。


 レオニダスはため息をつき、それから背を向けた。



「……ハヤシザキよ。また後ほど、前夜祭でな。そこのやかましい奴隷はともかく、おぬしとは酒でも酌み交わして語らいたいものだ」



 そう言い残して、レオニダスは歩いていった。



「なんやあ、つれないのう。遊びに来たついでに、戦王の坊ちゃんとも喧嘩したかったんやがのう」



 ウェルキンゲトリクスは肩を落とし、自分の白髪をガリガリとかいた。



「まあ、ええわ!」



 しかしすぐに顔を上げ、ジンに笑顔を向けた。



「ちょうど席が空いたんなら、座らせてもらうで! ダークエルフの別嬪べっぴんさんも、金髪の兄ちゃんも、それでええか?」



 アレスはこの勢いに面食らっていたが、ルシアはすぐにうなずいた。



「ええ、構わないわ」


「すまんのう!」



 ウェルキンゲトリクスは頭を下げ、ジンの横に座った。


 席順は右から、アレス、ルシア、ジン、ウェルキンゲトリクスとなった。



「しかし見ごたえがあったのう! レオニダスの坊ちゃんと握力で張り合うとは、見かけによらないもんやな! あんた、気が遠くなるほど長い年月、剣を振ってきて鍛えたんとちゃうか?」


「ふっ、さてな」


「くぁ~、らすのう! まあええわ! もしかしたら、あんたとは大祭でぶつかるかもしれんから、そん時までのお楽しみやな!」



 それからウェルキンゲトリクスは、ハッとした顔をしてから、自分のひたいを平手で叩いた。



「しもうた! いい歳こいて、名乗りをしとらんかったのう!」



 それから彼は、体をジンたち三人の方に向けた。



「わしはウェルキンゲトリクスっちゅうもんや。長い名前で言いにくいなら、ウェルキン、ウェルじいさん、なんでもええで! ちなみに、わしに惚れた女子おなごは、ウェル様って呼ぶがのう! がはははっ!」



 彼の名乗りを受けて、ジンたちも名乗る。



「かかっ、面白い男だな……俺の名はハヤシザキだ。よろしく」


「ルーシィよ」


「ええと、アレスっていうんだ。よろしくな」



 三人はもちろん登録名を名乗った。


 ウェルキンゲトリクスは楽しげに微笑んだ。



「ハヤシザキ、ルーシィ、アレスか……あの坊ちゃん同様に、あんたらとも長い付き合いになりそうやな!」


「あの坊ちゃんとは、レオニダス殿のことか? 昔からの知り合いか?」



 ジンが問うと、ウェルキンゲトリクスはうなずいた。



「おう! あの坊ちゃんの治める都市スパルタにいた奴隷を、百人ほど引き抜いた頃からの腐れ縁や!」


「……は? あのスパルタの奴隷を、引き抜いた?」


「そうや! うっかり許可は取り忘れたがのう!」



 その話を聞いて、アレスは固まった。


 スパルタ、というのはエーゲ半島にある都市だ。

 戦王レオニダスが治めており、その軍事力、経済力は小さな国と変わらない。

 そしてこのスパルタ出身の戦士団は、エーゲ半島でも最強と言われている。

 

 その理由としては、都市で働いている多くの労働者が、奴隷だからだ。

 その奴隷の人数は、戦士団の数十倍。

 数で完全に負けているスパルタ戦士が、反乱を防いで都市を治めるために、やるべきことは一つだけ。


 一人のスパルタ戦士が、奴隷の数十倍の強さになること。


 あまり賢いとは言えない力ずくの解決策であったが、それが通用してしまい、自然とエーゲ半島最強の戦士団が誕生した。


 スパルタの戦士というだけで、並の戦士は震えあがるものだ。

 


「あんた、なんでスパルタから、わざわざ奴隷を?」



 だからこそ、アレスは驚きを隠せなかった。

 

 ウェルキンゲトリクスは、この半島で最強といえる戦士団が管理している奴隷を、無断で引き抜いたのだ。

 つまりそれは、挑発どころか敵対行為。

 スパルタ戦士団のみならず、レオニダス公に直接命を狙われてもおかしくない。



「ああん? 別に深い理由はないで。ちょっと旅のおともが足りなくなったから、スパルタに寄ったところでかき集めただけや!」



 その話を聞いて、アレスは血の気が引いた。


 この老人、ウェルキンゲトリクスは狂っている。

 一見すれば陽気な老人なのだが、やっていることは命がいくつあっても足りない。

 双竜帝国から亡命し、双竜帝国の大軍旗を見せびらかし、スパルタから奴隷を引き抜き、レオニダスの前にも平然と姿を現す。

 聞いているだけで頭が痛くなりそうな、そんな自殺行為ばかりだ。


 アレスも魔族の体になったとはいえ、感覚や思考だけは、まだ一般の傭兵と大して変わらない。

 それなのに今日はレオニダスに出くわし、立て続けにウェルキンゲトリクスにも出会ってしまった。

 この一連の出来事には、さすがのアレスも目まいを覚えた。


 だが、これでもまだ一部。

 イーリアス大祭には、さらに無数の強豪が集まっているのだ。



「静粛に!」



 そこで、歌劇場に女性の声が響いた。

 凛とした、美しい声だ。


 集まった出場者が、一斉に舞台に注目した。

 舞台に立っていたのは、美しい黒ドレスを着た、蒼い髪の少女だ。


 白い石造りの舞台とあいまって、少女だというのに、どこか妖艶ようえんな魅力を醸し出している。


  

「これより、首長ホメロス様よりイーリアス大祭についての説明がございます。大事な規則をお伝えしますので、どうか最後まで耳を傾けてくださいませ」



 そして少女は微笑み、一礼した。


 少女の声に、ジンたちは聞き覚えがあった。

 


「あの女占い師の声だな」


「やたらと大祭への出場を推すと思ったけど、そういうことだったのね」


「なんだよ、あの占い師の姉ちゃんも関係者だったのかよ!」



 黒ドレスを着た少女メルは、ジンたちの方を見て、フッと小さく笑った。

 それから、舞台そでに戻っていった。

 彼女も、ジンたちのことに気づいていたらしい。



「さてさて、俺の出番だねえ」



 そして次に出てきたのは、少しローブを着崩した中年男。

 パーマのかかった気だるげな美男は、ぼりぼりと頭をかきながら、舞台に上がってきた。

 威厳や覇気といったものが感じられない、そんな男だ。



「ああ、すんませんね、皆さんお待たせして……あっ、あっ、ゔんっ……ちょっと喉の調子が悪いんだけどな……まあ、良いでしょう」


 

 しかし彼のことは、大多数の人間が知っている。


 彼こそが女神の都市アテナ・ポリスを仕切る男。

 卓越した政治力で二十歳で参事会に入り、わずか六年でアテナ・ポリスの首長に上り詰めた切れ者。

 そして二十年間、この都市の繁栄を支え続けた敏腕。


 気の抜けた彼の仕草を見て、彼を侮るのは、まったく無知なよそ者だけ。



「皆さん、はじめまして。私が今回の祭りの主催者、ホメロスでございます」



 エーゲ半島最大の都市アテナ・ポリスの首長、ホメロスが壇上だんじょうに現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る