血の覚醒 : 同じ景色、変わった自分

 夜が明けたマテーラの町の門前には、ジンとルシアがいた。


 二人は荷袋にぶくろを背負い、さらには二頭立ての幌馬車ほろばしゃまで用意している。

 荷袋や幌馬車には、旅に必要な道具や食糧がたんまりと詰まっている。


 もちろん、どれもこの町で漁ったものだ。

 やっていることは山賊同然だが、この町の住民だったオークたちは全滅してしまったため、二人は有効に活用することにした。



「さて、行くか」


「そうね」



 ジンの言葉に、ルシアがうなずいた。


 町の外でのオーク退治を含めれば、一週間以上もこの町に世話になった。

 結局、住民の正体はオークだったが、彼らはダンタリオンの魔力によって変貌へんぼうしてしまっただけで、ジンとルシアは彼らを憎んでいるわけではない。

 二人は単に、殺される前に殺しただけだ。


 ゆえにジンは町の方に振り返り、小さく頭を下げ、目を伏せた。



「世話になったな。どうか安らかに眠ってくれ」



 ルシアもそれをならい、頭を下げた。



「大事に使わせてもらうわ。いずれダンタリオンを殺して、かたきは取ってあげるから」

 


 そして二人は幌馬車の運転席に座り、町の門をくぐって出た。

 

 空は晴れ、緑豊かな丘陵に一本の街道が続く。

 春風はいまだ冷たいが、草花の香りがふわりとただよってくる。



「おーい! 待ってくれよお!!」



 二人の乗る馬車がしばらく街道を進んでいると、後方から馬に乗ったアレスがやってきた。

 馬が大地を蹴るたびに、草と土が舞い上がっている。


 彼は荷袋と槍を背負い、急いだ様子でこちらに向かってくる。


 アレスは馬車に追いつくと、息を切らせた状態で馬を下りた。

 


「ひどいな、あんたら! 普通ここで置いていくか!?」



 アレスは苦笑いしながら、やれやれと首を振った。


 ジンはそれを見て、くすくすと笑った。



「傭兵なら、準備に遅れた者は置いて行かれるくらい当たり前だろう。俺とルシアは支度を整えたから、先を急いだだけだ」


「うっ……そりゃそうだけどよお、戦友を置いていくなんで薄情すぎやしねえか?」


「生半可な気持ちでついていくつもりなら、止めておきなさい」



 アレスはがっくりとうなだれたが、ルシアは厳しい口調で告げてきた。



「昨夜の話を横で聞いていたでしょう? 私たちの仇敵は勇者や聖騎士、さらには魔大陸の魔族たちなのよ」


「わかってる……あんたら二人が、とんでもねえ敵に立ち向かおうとしていることくらい、充分わかってるさ」



 アレスはそこで拳を作り、胸を叩いた。



「けどな、俺もあんたらに負けないくらい、仇討ちに燃えてんだ。あのダンタリオンって魔族をこの手で殺して、故郷の皆の仇をとってやりたいんだよ!」



 力強く叫んでから、アレスは膝をつき、深々と頭を下げた。



「俺もあんたらの仲間に入れてくれ! 損はさせねえ! あんたらの恩義に報いるためなら、人間の英雄様だってぶっ殺してやるから!」



 願い出る彼を見てから、ジンはルシアの方を見た。



「ルシア、お前さんが決めることだ」


「……そうね」



 この旅の主人はルシアだ。

 大魔王を目指す彼女のもとに、ジンが助っ人として加わっているだけだ。


 ルシアは幌馬車から下りて、アレスに向かって手を差し出した。



「貴人に対する礼は知っているかしら。道をともにするというなら、示しなさい」



 膝をついたアレスは顔を上げ、前に立つルシアの手の甲に、そっと口付けした。



「……あんたはいずれ魔族の女王様になるんだろう。なら俺は、あんたの前に立ちふさがる敵を容赦なく貫く、血槍になってやる」


「何に誓う?」



 アレスは自分の服の襟元を剥ぎ、胸にある紋様を見せた。

 ルシアの力によって、魔族として生まれ変わった証だ。



「あんたにもらったこの命、人間を辞めたこの肉体すべてを賭けて誓う!」



 そしてアレスは、歯を見せて笑った。



「これで文句ねえか、未来の大魔王様よお!」



 ルシアも思わず笑みをこぼす。



「ならばともに参りましょう、血槍のアレス」


「おうっ!!」



 そしてルシアは馬車に戻り、アレスは馬にまたがった。



「道案内は任せとけ! ここら辺のだいたいの町は、傭兵だった時に飲みに行ったからな!」


「ええ、では頼もうかしら。まずは船のある港へ案内してちょうだい」


「よっしゃあ!」



 大きな声とともにアレスは馬に合図を送る。

 アレスが先導し、ジンとルシアの幌馬車がそれについていく。

 

 丘陵地帯を抜ける前、ひと際大きな丘の上で、アレスは一度だけ馬上で振り返った。


 自分が少年だった頃、英雄になるために、あの町を飛び出した。

 そして今は、人を辞めた生物になり、仇討ちのために町を飛び出した。


 あの頃と変わらない景色だ。

 なだらかな丘陵、緑芽吹く草原、そして白い石造りの町。



「じゃあな、マテーラ。次はダンタリオンの首を持ってきてやる」



 こうして、かつてはアキレウスとして旅立った少年は、今度はアレスという魔族として旅立っていくのだった。



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 ここまで第2章を読んでいただき、ありがとうございます!


 オークたちとの激しい戦い、高位魔族ダンタリオンの登場、ルシアの覚醒、そしてアキレウスという男の旅立ちを描きました!


 まだまだ仇討ちの旅は始まったばかりですが、これからも今作を応援していただけると大変嬉しいです!


 読者の皆様、一人一人の応援がとても力になっています……!泣


 では、第3章でお会いしましょう!


 鈴ノ村より

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