血の覚醒 : 黒幕

 ジンがオークたちをなで斬りにしていた頃。


 牢屋に近い広場でも、大勢のオークの死体が転がっていた。

 その中心にはルシアとアキレウス。

 二人はオークたちを次々と返り討ちにして、今も生き残っている。



「く、くそっ……こいつら……!」



 アガメムノンは二人を睨む。


 ルシアとジンの強さは把握していたつもりだった。

 その上で、ジンを酒に酔わせて焼き殺し、ルシアはオークたちの手でなぶり殺しにすれば良いと思っていた。


 それこそ、アガメムノンの計算違いだった。


 ルシアは聖王国の都にて、最強の奴隷だったのだ。

 己よりはるかに大きな魔物を斬ってきた実績がある。

 いくらオークが集団で襲いかかったとしても、太刀打ちできる女ではない。


 さらに誤算だったのは、アキレウスの存在だった。


 アキレウスはオークたちが持っていた棍棒や槍を扱い、広場に転がっている死体や、石ころなども利用して賢く立ち回る。

 なおかつ自身の体力の無さや、足の古傷なども考えているため、人質として捕まえるような隙も無い。


 彼がいるおかげでルシアの負担が減っている。

 やはり歴戦の傭兵であり、戦いに関して下手を打つことはない。

 

 結果的に二人はほとんど傷を負わずに、オークたちを返り討ちにした。

 ついにこの場にいるオークは、アガメムノン含めて、わずか十人程度となった。



「はあ……はあ……ごほっごほっ、へへっ……久しぶりに動くとなると、さすがにきっついな」



 アキレウスは息を切らせ、咳き込みながらも、衛兵に化けていたオークの槍を構えている。



「しっかりしなさい、あと少しよ」



 激励するルシアは、ほとんど息を切らせていない。

 わずかに汗ばんでいるが、疲労はない。



「こんな、こんなことが……あってたまるか……っ!」



 対するアガメムノンは歯ぎしりし、体を震わせている。

 


「……くぅううっ! なんという体たらくだ! おい、貴様らも行け! あいつらを八つ裂きにせよ!」



 隣で棍棒を構えているオークの背中を、アガメムノンは乱暴に叩く。

 そのオークはおびえながら前に進むが、即座にルシアに斬られてしまう。


 これで残るは九人。

 ルシアは斬り捨てたオークの死骸をながめてから、アガメムノンに目を向けた。



「なんというか、あなた……ずいぶんお粗末な頭領ね」


「な、なんだとっ!」


「策は幼稚ようち、敵の戦力も測れず、こうして追い詰められてる。本当に、あなたがこの町を支配しているの? このオークたちを従えて、周りの町や村を脅かしているのはあなたの手腕?」



 アガメムノンにとっては、小馬鹿にしているように聞こえるだろう。


 しかしルシアにそのような意図はない。

 彼女は本当に、目の前にいるアガメムノンが、オークを統率できる存在だと思えない。


 短剣で頭を刺しても死ななかったため、たしかに他より強い個体なのだろう。

 しかしその他の点が、明らかにひどい。


 住民がオークかもしれないぞとジンに聞かされた時、ルシアは「頭領を討つのは私に譲って」と頼み込んだ。

 何もかもジンに頼っていては自身の成長にならない。

 だからこそアキレウスを助け、敵の頭領と思われるシモンズ改めアガメムノンと戦ったのだ。


 しかし、アガメムノンは期待外れも良いところだ。

 ここまで歯応えがないと、逆に純粋な疑問になってくる。



「あなたに力を与えたのは誰? それが知りたい」


「貴様……貴様みたいな亜人ごときに、あのお方のことを、」



 アガメムノンは睨むが、ルシアはため息を吐き、首を振った。



「話したくないなら、少し痛めつけてあげましょうか」



 ルシアがゆっくりと歩きだす。

 

 それを見て、アガメムノンを含めた残るオークたちも、後退する。



「……いや、もうわかった。あなたは用済みよ、アガメムノン」



 ルシアは立ち止まり、オークの死体が握っていた槍を持った。

 腕に力を籠め、狙いを定め、投げ放つ。


 その槍は一直線に飛び、手前にいた二人のオークを同時に貫いた。


 狭い路地に逃げようとしたアガメムノンたちの前で、血しぶきが上がる。

 その直後、血しぶきの中を飛びくぐるようにして、ルシアが現れた。



「ひぃいいっ!!」



 もはや恥も外聞も捨てて、アガメムノンは走りだす。


 手下のオークたちの悲鳴を背中で聞く。

 どれだけ手下が、ルシアの剣の餌食になっても、アガメムノンは気にしない。

 結局は自分さえ生き残れたら良いのだと。


 ルシアは残るオークをまとめて斬り捨ててから、アガメムノンの背中を見た。



「ふん、何が君主よ……魔大陸なら、兵士も務まらないでしょうね」



 ルシアは鼻を鳴らしてから、アキレウスのほうに振り返った。



「行くわよ、アキレウス」


「え、行くってどこに」


「アガメムノンが逃げる先よ。そこに黒幕がいるに決まってるわ……大体、予想はついているけど」



 ルシアはそう言ってから走りだす。


 目を白黒させていたアキレウスだったが、すぐにルシアの後を追いかけた。



「な、なあ! 黒幕っていったい誰だよ! アガメムノン以外に、オークを従えるやつがいるってことか?」



 ぜいぜいと息を切らせつつ、アキレウスはルシアに話しかける。



「町長のそばにいながら、目立たず自由に動ける人間なんて、そう多くない。ここまで言えば、心当たりはないかしら?」



 そのルシアの言葉に、アキレウスはハッとした。



 ***



 そして二人がアガメムノンを追いかけ、やって来たのは町長の屋敷だった。



「あいつの頭からこぼれた血ね」



 屋敷の門前で、ルシアは点々と続く血痕を確認した。

 血痕はわずかだが、屋敷の奥へと向かっている。


 ルシアは鉄製の門を開け放ち、花壇が広がる庭園の中を進んでいく。

 アキレウスも後に続くが、彼は槍を構え、周囲を警戒しながらついてくる。



「こんな夜更けに、何の御用でしょうか」



 屋敷の二階バルコニーに、その男は立っていた。


 長身、痩せ型、そして身綺麗な服装の若者。

 牢屋で一度だけ目にした、シモンズの執事である。



「やはり、あなたか」



 ルシアがつぶやくと、執事は目を大きくさせた。



「ほう、私の正体に気づいていたということですか」


「なんとなく、ね」


 

 ルシアは小さく笑った。

 彼女はアガメムノンの無様な姿を見て、黒幕はアガメムノンのことを付きっきりで面倒を見ているのではと、仮説を立てた。



「あのアガメムノンがオークたちを統率したり、ましてやオークに高等な擬態ぎたいの術を施せるはずがない。つまり、あなたがアガメムノンを始めとしたオークを従えていた……真の頭領」


「……ふふっ、あははっ」



 執事は笑う。

 屈託くったくのない笑顔が、ひどく不気味に見える。



「ああ、失礼……まあ、間違いではありませんよ。私がオークどもを組織して、この町を根城にさせたので」



 執事が肯定すると、アキレウスが怒鳴った。



「お前……お前が、マテーラを滅ぼしたのか! あの人たちを、ここに住む人たちを、全員殺して、オークどもを町に引き入れたってことかぁっ!!」



 アキレウスの目が怒りで染まる。

 故郷を滅ぼした元凶が、すぐそこにいる。


 しかし執事は、困った顔をして頭をかいた。



「殺したというか……導いた、と言ってほしいものですね」


「導いた、だと」


「町の住民を殺せば、さすがに死体の処理が大変です。そんな真似はしませんよ」



 執事の言っている意味に、ルシアが気づいた。



「まさか、あのオークたちは本当に町の住民だった……!」


「その通り。私としては、その方が楽なので」



 執事はうなずいた。


 それを聞いて、ルシアの胸の鼓動が速くなる。


 オークを部下として使役し、彼らに擬態の魔術を施したということなら、まだ脅威ではなかった。

 その程度のことなら、力のある魔族なら誰でも可能だからだ。


 しかし人間をそっくりそのままオークに作り変えたとなると、話が変わってくる。


 数百人を超える生物、魂をけがすことは、膨大ぼうだいな魔力を必要とする。

 それこそ『支配者』のような、圧倒的な力が。



「嘘だ……そんな、そんなの……」



 そして、隣にいるアキレウスは放心していた。

 ルシアほどではないにしても、先ほどまでアキレウスはオークを何人も殺した。

 正当防衛であれど、棍棒で頭を砕き、槍で突き殺したのだ。


 彼の脳裏に、かつての故郷の記憶がよみがえる。

 幼い自分を気にかけ、時には叱ってくれた大人も、

 よく喧嘩したが、なんでもないことで笑いあった友人も、

 一目ぼれした初恋の少女も、


 そのすべてがオークとして作り変えられていたのだ。

 そして自分は、この手の中にある槍を、彼らの血で染めた。


 

「……ぉぉおおおああーーーっ!」



 雄叫おたけびとともに、振りかぶる。

 アキレウスの体はひとりでに突き動かされていた。

 どす黒い怒りはそのまま純粋な力となり、槍を投げ放った。



「ぷぐっ」



 執事の顔面を、正面から槍が貫いた。

 そして槍の勢いは衰えず、執事の体を後ろに吹っ飛ばした。



「はあっ……はあっ……!」



 投げ放った体勢で、アキレウスは震えている。

 怒りの余韻は冷めることなく、彼の目はいまだに血走っている。



「……アキレウス」



 ルシアは彼の豹変ぶりを見て、珍しく驚いていた。

 

 無我夢中の怒りによる偶然か知らないが、アキレウスの放った投げ槍の威力は、なかなかのものだった。

 傭兵として名を挙げたというのも、うなずける一撃だった。

 

 しかし、これで終わりではなかった。



「ルシア殿ではなく、あなたに傷を負わされるとは……いやはや、これは思ってもいませんでした」



 頭部が損壊したまま、執事が立ち上がる。

 顔の上半分がグチャグチャにつぶれているというのに、執事の口元は楽しそうに笑みを浮かべている。


 それを見て、ルシアは舌打ちした。


 自分の予想が正しければ、頭部が損壊した程度で死ぬはずがない。

 この執事の正体は、ただの魔族ではない。



「名乗れ……」


「はい?」



 執事は耳をこちらに傾ける。


 ルシアは剣の切っ先を突きつけた。



「名乗れ! その方、どの軍団に所属する魔の者か!」



 鋭い叫びが、周囲の空気を冷たくさせる。

 ルシアからにじみ出る殺気は、激怒していたアキレウスですら寒気を感じるものだった。

 

 彼女もまた、どす黒い復讐心を秘めているのだから。



「これは申し遅れました、殿



 執事は笑い、胸に手を当て、優雅に一礼する。

 目と鼻は肉塊になったまま、口元だけは笑顔を浮かべて。


 殿下、と呼ばれたルシアの目が、驚きと怒りに染まる。

 

 この執事は、ルシアが大魔王ルシウスの孫娘であることを知っている。



いやしきわたくしめが名乗るのは大変恐縮ですが、あなたのご命令とあらば、名乗らせていただきましょう」



 執事の顔が溶け、頭が分裂する。

 元の服が張り裂け、美麗な黒いローブに身を包む。


 分裂した頭には、きらびやかな色彩の宝石を埋め込んだ、多くの仮面が現れる。

 笑顔や泣き顔、怒り顔にとどまらない。

 人の顔や獣の顔、果ては竜や魔族の顔まで。


 無数の仮面を張りつけた、底なしの悪意と狂気を秘めし大魔族。



「元帥ネビロス様の統括下……故ルシウス陛下より伯爵の位をたまわった、ダンタリオンと申します」

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