オーク退治 : 明かされた町の陰謀

 夜になっても、マテーラの町はにぎわっていた。


 住民たちはオークの脅威が去ったことを素直に喜んだ。

 これからは町と村を行き来しても、町の外に出て食糧や水を取りに行っても、襲われることはないのだ、と。


 はじめはジンとルシアに恐れを抱いていた彼らも、徐々に打ち解けた。

 そして今では、二人を英雄としてまつり上げ、各所で酒を呑んで宴を開いていた。



「じいさん、あんたもどんどん呑んでくれ! オークを殺しまくった英雄様だから」


「すまんな、では、遠慮なくいただこう」



 ジンも住民たちの輪の中に入り、酒と料理をご馳走してもらっていた。


 一方、ルシアは離れたところで静かに酒を空けていた。

 住民は彼女のもとへ近寄らず、彼女もまた人のいない場所を選んでいる。



「あの、ルシアさんは、みんなのところに行かないんですか?」



 そばにいるコリンが、彼女の方を見上げる。

 


「……わかるでしょう、私は人間じゃない。向こうの人だって嫌がるでしょう」


「でも、町を助けたのは」


「それでも、人というのはすぐに慣れない」



 ルシアは酒瓶をあおった。


 人間ではない、とあいまいに言ったが、ルシアはダークエルフではない。

 亜人よりもさらに人を離れた存在、オークよりもはるかに人間に恐れられる、魔族なのである。



「ほら、あなたも向こうに混ざってきなさい」


「……はい」



 ルシアがうながすと、コリンはためらいながら彼女から離れ、宴の方へ入っていった。



 ***



 町中で宴が行われ、お祭り騒ぎとなっている頃。


 裏路地の奥にある牢屋に、まだアキレウスは囚われたままだった。



「……けっ、あいつらはオークを殺しまくって英雄扱い、か」



 アキレウスは牢の岩壁によりかかり、ため息を吐いた。


 食事を運んできてくれる衛兵から話を聞き、ジンとルシアが何日も戦ってくれたことに感激していた。

 だが、実際に自分は釈放されず、二人が町の人間に称えられていることが、どこか気に食わない。



「くそっ……俺だって、やれば……」



 アキレウスは拳で壁を叩き、それから天井を仰いだ。


 自分だってできる、町の人間を守るために戦えたんだ。

 そう声を大にして言いたかったが、おそらく人前でそんなことは堂々と言えない。

 

 小さい頃から、この町でたくさん迷惑をかけた。

 窓を壊した、花壇を踏み荒らした、物を盗んだ。

 そして大人たちから目を付けられ、それが嫌になって、町から逃げ出して傭兵になった。


 だから信用されない。

 それどころか、傭兵時代に築き上げた名声すら、今や自分を追い詰める悪評になって付きまとっている。



「ふっ……あはっ……虚しいもんだな……あははっ」



 アキレウスは乾いた笑い声を上げた。



「……アキレウスさん」



 そこに、別の声が聞こえてきた。


 アキレウスはビクッと身を固める。


 洞窟をくりぬいた牢屋の中に、灯りが差しこんでくる。

 その灯りは少しずつ大きくなり、やがてアキレウスの牢の前で止まった。



「コリン、か」



 ロウソクを持って現れたのは、コリンだった。

 コリンは少し遠慮がちに、牢の中を覗き込んでくる。



「あの、大丈夫、ですか?」


「……大丈夫なもんか。メシは少ないし、寝る場所は固いし、最悪だ」



 アキレウスは愚痴をこぼした。


 しかしすぐに、そんな自分を恥じた。

 どんな理由にせよ、自分はこのコリンを捕まえて、危ない目に遭わせたのだ。


 そして満足に戦えない自分の代わりに、ルシアや、ジンがオークを蹴散らしてくれた。


 たしかに自分は濡れ衣を着せられている。

 それでも、迷惑をかけっぱなしの自分が、偉そうなことを言える立場ではない。


 アキレウスは反省の想いから、それ以上は何も言わなかった。



「……アキレウスさん」



 コリンが再び話しかける。


 アキレウスが顔を上げると、コリンの手には小さな鍵があった。



「なっ、そりゃ、もしかして」


「みんなが騒いでいる間に、こっそりもらってきたんです。今なら逃げられます」



 コリンが緊張した面持ちで、うなずいた。



「いや、待て待て! そんなことしたら、今度はお前がひどい罰を受けちまうぞ!」


「いえ、多分、大丈夫です。鍵が壊れたように見せかけてしまえば、あなたが一人で脱出したということになります……!」



 コリンはそう言いながら、鍵穴に鍵を差しこみ、木の格子扉を開けた。



「ここまでやったんです、もう僕だって、取り返しはつきません。さあ、早く逃げてください!」


「……っ、すまん!」



 一瞬迷ったアキレウスだったが、急いで扉をくぐった。


 町の一角にある洞窟を抜ければ、裏路地が続く。

 そしてそこさえ抜ければ広場に出て、どの方角にも逃げられるようになる。

 広場で酒盛りしている住民がいるかもしれないが、静かに通り抜ければ、夜なので気づかれないだろう。


 アキレウスは裏路地を走り抜ける。

 そして広場で宴が開かれていないことを確認してから、素早くそこも通過しようとした。


 だが、そこで周囲の路地からぞろぞろと人影が出てきた。



「かかったな、血槍のアレス」



 ある人影が先頭に出て、アキレウスのことを呼びかけた。

 月にかかっていた雲が晴れると、月光が広場に差しこみ、町長シモンズの太った顔が現れた。



「シモンズ、町長? これは、いったい」



 アキレウスが問うと、シモンズはこらえきれない笑みをこぼした。



「くっ、くふふっ……シモンズ、か」


「何が、おかしいんだ」


「まだ俺様の正体に気づかないとは、ずいぶんとめでたい男だと思ってな」



 そうしてシモンズは笑いながら、自分の顔に手のひらを当てた。


 そしてその手を顔から離した時、すでにその顔は別人のものになっていた。

 あごひげをたくわえたふくよかな顔から、ぼさついた無精ひげを生やした、いかめしい顔に変貌した。

 

 アキレウスは、その顔を知っていた。

 威厳と、残忍さをあわせ持ち、己の欲望に忠実なその男の顔を。



「ば、馬鹿な……アガメムノン、団長」


「ほう、この俺様の顔を忘れていないとは、殊勝しゅしょうな心掛けだな」



 そう笑う男の名は、アガメムノン。

 かつてアキレウスの所属していた傭兵団で団長を務めていた男だ。


 ただし、彼自身はアキレウスよりも前に、団を追い出された。

 戦利品の分け前でアキレウスの部下と揉めて、その部下を乗馬鞭で十時間以上打ち続け、殺してしまったのだ。

 それを当時の団の幹部、アキレウスを含めた幹部たちに追及され、アガメムノンは傭兵団を追放されることとなった。



「お前の部下が俺様に歯向かったせいで団から追い出され、それからの人生は踏んだり蹴ったりだったよ……何度も、何度も、いつかお前を絶望のふちに落とし、むごたらしく殺してやろうと思っていた」


 

 アガメムノンの目は、ねばついた怒りと狂気に染まっている。

 逆恨みであっても、彼にとっては正統なる復讐なのだろう。



「ふざけるな、あんたが俺の部下を殺したんだろうが! 褒美をケチった上に部下を拷問して殺すなんて、正気の人間がやることじゃねえ!」



 アキレウスは怒鳴ったが、アガメムノンはくすくすと笑う。



「くくっ、負け犬が吠えよる」



 アガメムノンは周りの人影に向けて、手で合図を出した。


 

「アキレウスよ、お前はもう袋のネズミだ。俺様はから血と力を授かり、こんなにも素晴らしき軍団を築くことができたのだぁあっ!」


 

 アガメムノンが叫ぶと、人影がぶるぶると震えだす。

 はじめは町の住民と同じ背格好、同じ顔つきだったが、それらがすべて脱皮するかのように、醜い怪物に変わっていく。

 鼻はつぶれ、皮膚はざらつき、牙が生え、真っ赤な舌が口から垂れる。


 一人残らず、その場に集まった住民たちはオークに変貌した。



「なっ……こんな、こんなことが……!」



 アキレウスは住民の変貌ぶりに驚き、その場に立ち尽くした。


 それと同時に、ある事実が突きつけられる。


 自分が帰る以前に、とっくに故郷は滅んでいたのだ。

 自分が帰ってきた故郷にかつての住民はおらず、アガメムノンによる超常的な力により、オークがはびこる要塞になってしまっていたのだ。



「アキレウスさん、僕のこと、信じていましたよね?」



 後ろから声が聞こえて振り向くと、小さなオークが刃物を突き出してきた。

 その声色には、コリンの面影があった。



「ぐあっ!」



 アキレウスはとっさに体をひねったが、脇腹を刺された。


 刃物が刺さったまま、アキレウスは地面に転がる。

 それを見て、アガメムノンは高笑いした。



「ふはははっ! 無様だなあ、アキレウス! 俺はお前のその姿が見たくて、何年も待ちわびていたのだ!」


「ぐっ、こ、のおっ……!」


「お前が築き上げた功績も、俺の計画に大変役立ったぞ。血槍のアレスがオークを率いていると噂を流したら、お前は引退した身でありながら、まんまとこの町を助けにやって来たからなあ!」



 アガメムノンは手を叩き、嬉々として己の策謀を明かす。



「これにてお前はおしまいだ……故郷の思い出は死に絶え、名声も悪名となり、お前のやって来たことはすべて地に落ちた! 過去も未来も! お前からすべてを奪い、俺はさらに多くの魔物を率いる、絶対君主となる!」



 そこでオークたちが、アキレウスの両腕をつかみ、彼を地面に押さえつけた。

 アキレウスは抵抗しようとしたが、オークの怪力に押さえつけられ、身動きがとれない。



「最後に、俺様がみずからお前の首をはねてやる。そしてこの町の屋敷に、罪人の首として飾ってやろう」



 アガメムノンは部下から幅広の剣を受け取り、アキレウスに歩み寄る。

 その剣にアキレウスは見覚えがある。

 傭兵時代にアガメムノンが捕虜を処刑する時に使っていた、重い断頭剣だ。



「さらばだ、敗北者よ」



 剣を振りかぶり、アガメムノンはそうつぶやいた。



「ぐぅうう……ううあああっ!」



 憤怒ふんぬの叫びだ。

 地面に突っ伏されたまま、アキレウスは言葉にならない怒りにえた。


 その時、一本の短剣がアガメムノンの側頭部に突き刺さった。



「ごっ!? ……なっ、ぐくうっ……何者だぁ!」



 側頭に刃が刺さっても、アガメムノンは死なず、短剣を引き抜いて投げ捨てた。


 彼は短剣が飛んできた方向に目を向ける。

 その方向の建物の上に、スラリとした人影が立っていた。



「あら、まだ死なないのね」



 そこに立っていたのは、ルシアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る