オーク退治 : それは獣狩りのごとく

 ジンとルシア、そしてコリンは町を出て、北の森に向かった。

 

 ジンとルシアは馬に乗っており、ジンの背中にはコリンがしがみついている。


 釈放されてからすぐに、二人は馬や様々な道具を借りた。

 町の住民も最初は渋っていたが、オークを討伐してくれるのならばと、結局は貸し出してくれた。


 

「ルシアよ、オークは日の光に弱いというのは本当か」



 馬を駆りながら、ジンはルシアに話しかけてきた。



「そうね。個体にもよるけど、ほとんどのオークは太陽を浴びれば火傷を負う。だからたいていのオークは洞窟や、うっそうした森に身を隠す。そして夜になれば、ここぞとばかりに暴れるのよ」


「ふむ、それは好都合だ」



 次にジンは、後ろに乗っているコリンに声をかけた。



「コリン君、ひとつ聞きたいが、この周辺に隠れやすそうな洞窟はあるかな」


「えっと、はい……山も多いので、洞窟はたくさんあります……多分オークの群れも、そこに……」


「そうか。では、案内してくれ」


「……え?」


「心配ない。君には指一本触れさせぬ」

 


 おだやかな口調だったが、その言葉の裏には、「こちらを信じて案内しろ」という意味が込められていた。



「わ、わかりました」



 まだ不安の残るコリンだったが、ジンの頼みに応じ、オークが潜むであろう場所を案内した。



 ***



 ジンたちは山のふもとにある洞窟の前に来ていた。

 山の根元にぽっかりと穴が空いており、目をらしても奥は見えない。


 そもそも三人がいる場所も、森の中であるため日の光は弱い。

 木漏れ日がかすかに揺れているだけで、ここではオークも襲ってくるだろう。

 

 ジンやルシアはともかく、戦う術のないコリンは、あちらこちらに視線を向けておびえている。

 彼からすれば、ここはいつオークに殺されてもおかしくない危険地帯だ。



「ここで良いだろう」



 ジンは辺りを見渡してから、馬を下りた。

 ルシアも下馬したが、コリンはそのままだった。



「コリン君、馬は操れるのだったな」


「は、はい」


「良し。もしも俺とルシアがオークに殺されそうになったら、迷わず町へ逃げろ。たとえ死んでも、君に文句は言わんさ」


「わかり、ました」



 平然とした様子で生死にかかわる言葉を言い放つ。

 あまりにあっけらかんとしたジンに、コリンは寒気を覚えた。



「さあ、始めるか」



 まるで今から手料理を作るかのような、軽い口調だった。

 ジンはすらりと刀を抜き、手近にあった樹木の前に立つ。


 一方、ルシアは荷物から大量の小さなつぼ火打石ひうちいしを取り出した。

 その小ぶりな壺に入っているのは、油である。



「しぃっ!」



 ジンが樹木に向かって、刃を振るった。

 まったく抵抗なく斜めに断ち切られ、太い樹木がすべって倒れる。



「どんどん行こうか」



 のんびりとした様子とは裏腹に、ジンは隣にあった樹木を一太刀で断つ。

 まるで小枝を切るかのように、淡々と、樹木を切り落としていく。


 現実を疑うような光景だった。

 コリンは次々となぎ倒されていく木々を見て、呆然と立ち尽くす。


 ものの一分で、二十以上の樹木が切り倒された。

 上空からこの光景を見れば、森の中に突然、空き地ができたように見えるだろう。

 こうして洞窟の入口周辺は、燦々さんさんと日光が降り注ぐようになった。



「ルシアよ、準備はできたか」


「ええ、いつでも」


「良し、では火を放て」



 ジンの合図を受け、ルシアは壺の口に差しこんだ紙に着火し、それを洞窟の奥へ投げつけた。


 バリンッという甲高い音と同時に、洞窟の中が炎で明るくなる。



「うーむ……もう二つほど、行こうか」


「はいはい」



 ルシアは再び火打石をこすり、二つ同時に着火して、油壺を投げ入れた。

 さらにジンが切った枝葉を次々に投げこんだ。

 洞窟の中が煌々こうこうと燃え上がり、黒く濁った煙が洞窟から噴き出した。


 やがて洞窟の奥から、オークたちのうめき声が聞こえてきた。



「来るぞ」


「ええ」

 


 ジンが刀を構え、ルシアも剣を抜いて構えた。

 その直後、炎と煙によって我慢できなくなったオークが、続々と飛び出してきた。



「ガッ、ブガァアアーーッ!?」



 しかし洞窟を出た先は、樹木がことごとく切り倒され、日光が照りついている。


 当然、洞窟から出てきたオークたちの素肌を、すぐさま太陽が焼き焦がしていく。



「そら」



 そこにジンが太刀を振るい、オークの首がずるりと落ちた。

 日光に肌を焼かれてもだえているため、オークはほとんど抵抗できない。

 それこそ花をむより、たやすいものだった。



「はあぁっ!」


 

 ルシアも剣をひらめかせ、オークたちの首を一気に落としていく。

 彼女の剣も鋭く、力強い。


 何人かのオークは火傷に耐えながら、武器を振り回して抵抗してきた。

 オークの中にも、丈夫な体質の者がいるのだろう。


 しかしジンとルシアのような実力者にとっては、無意味な抵抗だ。

 二人はまったく意に介さず、オークをなで斬りにしていく。



「コリン君、もし余裕があれば、オークの首から耳を削いでおいてくれないか。始末した証明として必要なのでな」



 オークたちを斬り捨てながら、ジンは優しい声で頼んできた。



「は、はい」



 コリンは引きつった顔でうなずき、馬から下りて、荷物からナイフを取り出した。

 

 ジンとルシアが切り落としたオークの首は、そこら中に転がっている。

 恐ろしい形相をしているオークの首に触るのは抵抗があったが、すでに絶命しているため、コリンはなんとか勇気を出して耳を削ぎ落していった。 



「ゴギャアアアッ!」



 その時、ひと際巨大な体格のオークが出てきた。

 小さい樹木ほどある腕に、人間の子どもほどの大きさの棍棒を持っている。


 他のオークよりも頑丈なようで、日光を嫌がりながらも、ジンに向かって棍棒を振りかぶってきた。



「こいつは大きいな」



 ジンは棍棒をかわしながら、面白おかしそうに言った。



「そいつはハイオークよ! 多分、この洞窟のぬしでしょうね」


「ほう、それは僥倖ぎょうこう



 ニヤリと笑い、刀を構えた。


 そして次の瞬間、刃が二度、閃いた。



「ブゴッ、ギャアアウッ!?」



 ハイオークの両足が切断され、そのまま前のめりに倒れる。

 這いずることしかできなくなったオークの背中に、ジンは片足を乗せた。



「もがくな。痛みは一瞬だ」



 その言葉とともに、刃を振り下ろす。

 首と胴が離れ、ドバッとせきを切ったように血が流れる。


 両手でやっと抱えられそうな、大きなハイオークの頭が、ゴロリと草地に転がっていく。

 


「このデカいのも頼むぞ、コリン君」



 ジンはハイオークの頭を指差してから、再び洞窟の入口の方へ戻っていく。


 それからも十数分間、ジンとルシアは、洞窟の入口にてオークを殲滅せんめつしていった。


 オークからすれば、まさに逃げ場のない地獄だっただろう。

 洞窟にとどまれば焼死、抜け出れば斬殺だ。

 どちらにせよ死が待ち受けていることに変わりない。



「ふむ、これでしまいかな」



 ジンは洞窟の中へ向けて、耳を澄ます。


 今も洞窟内は炎が燃え盛っている。

 だが、もうオークの声は聞こえなかった。

 


「けっこう居たわね」



 ルシアはひたいの汗をそででぬぐった。



「うむ。五十ほど居たのではないか」


 

 ジンは刀の血を払ってから、さやに納めた。

 彼は涼しい顔をしており、息も乱れていない。


 ルシアはその様子を横目で見ていた。


 ジンは一割も体力を使っていないのだろう。

 それに比べて自分は、汗をかき、息も少し上がっている。

 やはり自分とジンの力の差は、まだまだ大きい。



「良し、ここは充分だろう」



 ジンは薄く笑い、コリンの方へ戻っていく。



「すべて削ぎ終わったか」


「はい」



 コリンは短く返事をした。

 どうやらオークの耳を削いでいくうちに、だんだんと恐怖がマヒしてきたらしい。

 オークの血が頬に飛び散っているが、彼はもう気にしていない。



「ならば次だ。洞窟でも、森でも、オークが潜んでいそうな場所を案内してくれ」



 ***



 ジン、ルシア、コリンは五日後、やっと町に帰ってきた。


 町の住民も、衛兵たちも、彼らの帰還を待ちわびていた。

 貸し与えた道具が無事に帰ってくるかという心配もあるが、それよりもやはり三人の命の無事だったことに、おおいに喜んでくれた。


 三人がマテーラの町の門をくぐると、多くの住民たちが出迎えてくれた。

 住民の中にはコリンの父親、オーリンもいた。



「お父さん!」


「コリン! 無事だったか!」



 父と息子が抱き合い、再会を喜ぶ。

 オーリンはどちらかと言うと放任主義な父親だが、息子がオーク退治を手伝いに行くとなると、さすがに心配だったようだ。



 だが一方で、ジンとルシアの姿を近くで見て、ゾッとした者は多かった。

 その理由は明白。

 二人の服はおびただしい返り血で染まり、さらに彼らが背負う大きな袋は、血を吸い過ぎて、今もなお血がしたたり落ちていた。



「あ、あんたら、それは全部……」



 衛兵ジーノが、震えながら指を差す。



「うむ? ああ、これか」



 ジンは下馬げばして、背負っていた袋を下ろし、その中身を見せた。



「うっ……!?」



 中身を見たジーノの顔が、一気に青ざめる。

 周りに居た者も横から顔を近づけ、それを目にすると顔を背けた。


 袋の中には、オークの耳がぎっしりと詰め込まれていた。

 その数は、百や二百で収まらない。



「首代わりだ。そなたらをおびやかすオークは、この耳の数だけむくろになった」



 ジンがそう言うと、その場がしんと静まる。


 ルシアも馬を下り、耳を詰め込んだ袋を下ろした。

 さらに彼女は、その袋をそのままジーノに差し出した。

 


「衛兵さん、少し頼めるかしら」


「な、何を……?」



 返り血に染まりながら微笑むダークエルフに、血のしたたる袋を差し出され、ジーノの顔は蒼白だった。



「町長さんにこれを見せたいの。オークは残らず狩ってきてあげたから、この耳を検分して、探し求めていたオークの頭領を確認してちょうだい、とね」


「けどよぉ、オークの頭領は、アキレウスかもしれないって……」


「そんなこと知らないわ」



 ジーノの言葉を、ルシアはバッサリと斬り捨てた。



「あなたは自分の目でオークの頭領を見たことあるの? 姿かたちは? 皮膚の色は? 普通のオークとは何が違う?」


「そ、それは」


「さあ、教えてくれないかしら」



 ルシアは微笑んでいるが、目は笑っていない。

 

 ジーノはその目に射すくめられ、何も言えなくなってしまった。



「耳を一つ一つ確認したらわかることだけど、オークの中には、ハイオークのような強い個体がたくさん居たわ。あなたたちはどこの噂を聞きつけ、何を見たのか知らないけど、私たちはオークの頭領らしき個体を、現実に何体も討ち取っている」



 ルシアの意見に、ジーノは何も言い返せなかった。


 アキレウスがオークを率いていたという不確かな目撃証言よりも、実際に殺した数を提示したジンとルシアの方が、はるかに説得力が強い。



「ジーノ、と言ったかな」



 ジンが前に進み、ジーノの肩に手を置いた。



「俺とルシアもそうだが、コリン君もオーク退治に協力したのだ。どうかその頑張りを、無下にしないでもらいたいのだが」


「……うっ」


「なあに、難しく考えるな。すでにオークの脅威は去ったから、あんな傭兵くずれなんて放っておけと、町長殿にはよしなに伝えてくれ」


「そう、だな……みんな、これを町長のところへ運ぼう。オークがたくさん死んだことは、どのみち報告しなきゃいけないからよ」



 ジーノがうながすと、他の衛兵たちも動きだした。

 ジンとルシアが持っていた袋を預かり、それらを荷車に乗せて運んでいった。



「あれだけオークを殺した証を見せつければ、あの町長も安心するでしょう。アキレウスもじきに釈放されて、これで一件落着ね」



 ルシアは体をうんと伸ばした。



「ルシアさん、せっかくなら僕の家で水浴びしませんか? オークの返り血を落とせますよ」


 

 コリンが家の方向を指差した。



「良いよね? お父さん」


「ああ、良いぞ。はじめはどうなることかと思ったが、お前も無事に帰ってきたし、あんたらは紛れもなくオーク退治の英雄だからな……ほら、お二人さん、家はこっちの通りだ」



 オーリンは快く承諾し、さっそく案内しようとしてくれた。


 しかしジンは首を振った。



「すまぬ、まだ稽古をつける必要があるのでな。水浴びは後で寄らせてもらう」



 それからジンはあごをしゃくり、ルシアについてくるよう示した。

 ルシアは、ジンとコリンの顔を見比べてから、ジンの後ろについていった。


 オーリンとコリンの親子はあっけにとられた様子で、その様子を見ていた。



「ジン……どうかした?」



 歩きながら考えごとをしているジンが気になり、ルシアが声をかけた。



「うむ……うむ……なるほど、それなら……」



 ぶつぶつと独り言をつぶやくジンだったが、ふいに顔を上げた。



「今から俺が言うことを、よく聞いてくれ……まだオークの脅威は終わっていない。むしろここからが本番だ」


「……え?」



 そう述べるジンの目は、爛々らんらんと殺意に燃えていた。



今宵こよい、オークの頭領を巣穴からあぶり出す」

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