オーク退治 : 釈放の条件

 ジンとルシアは、アキレウスと別の牢屋に入れられた。

 どちらの牢も岩肌いわはだを掘って作った洞窟の中にある。

 中はとても暗く、じめじめしており、ランプの灯りがなければ真っ暗だ。


 ジンとルシアは衛兵たちに囲まれても、抵抗しなかった。

 衛兵たちは二人よりも、アキレウスに対して警戒を強めており、二人はそのついでに投獄されたようなものだった。



「もう少しで町長が来る。それまで、大人しくしてるんだな!」



 衛兵ジーノはそう吐き捨ててから、ランプを持ったまま洞窟から出ていった。


 真っ暗な洞窟の牢屋に、三人は取り残された。



「ふむ、これがこの世界の土牢つちろうか。岩をくりぬいた牢とは、なかなか大変な造りだが、少し臭いがこもりがちだな」



 ジンは興味深げに牢屋を見回したり、木でできた格子こうしを握ったりしている。



「そんなこと言ってる場合? 武器も取り上げられたし、このままだと私たちもおしまいじゃない?」



 一方、ルシアはトゲのある言い方だ。



「そうかな。俺とお前さんは、アキレウスのついでに捕縛されただけだ。あの衛兵の言い方だと、まだ闘技場での一件はここまで知れ渡っていない」


「さあ、どうかしらね」


「かかっ、気落ちするのはわかる。せっかく自由になったのに、旅のしょっぱなから牢屋だからな」



 ジンは笑った後、向かい側の牢屋の方向に目を向けた。


 かなり暗いが、その牢の中でアキレウスが膝を抱えて座っているのが見えた。

 ルシアはまだ口が利けるほど気持ちに余裕があったが、アキレウスにいたっては何も言えず、完全に気落ちしてしまっている。



「アキレウスよ」


「……なんだよ」


「落ち込んでも、何も始まらんぞ」


「うるせえ、もう、終わっちまったよ」



 ジンにすら、アキレウスは遠慮のない態度になっている。

 意気消沈どころか、投げやりな態度だった。



「アレスって名前で、とっくに指名手配されていたんだ……こんな町に、帰ってくるんじゃなかった」



 アキレウスは縮こまった体勢で座りながら、ため息をついた。


 しばらく大人しく牢屋で過ごしていると、外へ通じる扉が開き、洞窟の中に光が差しこんだ。

 そして二人分の影が、洞窟の中に入ってきた。



「久しぶりだな、悪ガキめ」



 そう言いながら牢屋に顔を覗かせてきたのは、少し小太りで、顔も大きな初老の男だ。

 服装は立派で、裕福そうにあご髭をたくわえている。



「シモンズの、親っさん」



 アキレウスはその男のことを知っているようだ。

 

 しかし男は顔をしかめ、鼻を鳴らした。

 どうやらアキレウスのことを良く思っていないようだ



「なれなれしい。わしのことは町長と呼べ」


「……町長、聞いてくれ。俺はオークなんて率いていない。大怪我をして傭兵を辞めた俺が、あんな怪物たちを率いるなんてできるはずがない」


「信じられるものか。血槍のアレス、という悪名はすでに近隣に広がっておるわ」



 シモンズという初老の町長は、初めからアキレウスを信用していない。

 その目には、はっきりとした嫌悪感が表れていた。


 そしてシモンズの隣にいる、若い長身の男が口を開いた。

 身綺麗な服装からするに、シモンズの執事といったところだろう。


 

「シモンズ様、こちらの牢にいるお二方はどうされますか」


「そうだな、アキレウスともども処刑してやっても良いが……あのコリンとかいう少年が話したことを考えると、釈放するのが適切だろう」


「かしこまりました」



 執事は頭を下げてから、牢の鍵を開けた。



「どうぞ」


 

 執事は手を差し伸べたが、ジンとルシアはその手を取らず、牢の扉をくぐった。


 ジンとルシアがあっさりと釈放されたのを見て、アキレウスは呆然ぼうぜんとしていた。

 この町でも自分は厄介者扱いなのだと、悲壮感をにじませている。


 町長シモンズはその顔を見て、冷笑れいしょうした。



「有名だった問題児が町を出たかと思えば、傭兵くずれの山賊になって帰ってくるとは、まったくもって嘆かわしいことだ。しかも怪物をそそのかし、自分の故郷をおびやかそうとは……落ちるところまで落ちたとは、このことだな」



 シモンズはあごひげをなでながら、アキレウスに侮蔑の言葉を並べ立てる。

 そして、ジンとルシアの方を見た。



「お前たち二人も、そこの男を助けようとは思わないことだ。今回は許すが、次は味方だと判断するからな」



 そう言い残し、彼は執事とともに洞窟から出ていこうとした。



「待て」



 そこでジンは、シモンズを呼び止めた。



「なんだ」



 シモンズは足を止めて振り返った。

 明らかに不愉快そうな顔だった。



「ろくに調べもせずに、こやつをオークの頭領と決めつけるのか。お前さんの頭はずいぶん立派な飾りらしいな」


「こっ、この老いぼれめ……ずいぶんな口の利き方だな!」



 シモンズは声を荒げるが、ジンは気にせず話し続けた。



「言っておくが、この男もオークに殺されかけていたぞ」


「それがどうした! こちらだって目撃者は大勢いる! この町でオークから命からがら逃げ延びた者はみな、オークをけしかけるアキレウスの姿を見ておるのだ!」



 そこでジンは口角を上げ、わずかに歯を見せた。



「ほう、目撃者はいるのか」


「当たり前だ! だから手配書も用意できたのだ!」


「しかしかくたるあかしにはならん」



 これを聞いたシモンズは口をポカンと開け、それから失笑した。



「ふ、ふふっ……お前は馬鹿か? 目撃された頭領と同じ顔の男が、今この牢屋にいるのだぞ! 動かしようのないことではないか!」


「それはどうかな。人の記憶とは意外とアテにならん……つまり他の場所でオークの頭領が見つかれば、こやつは晴れて無罪放免になるのではないか」



 堂々と言い放つジンに、シモンズは怒りを通り越して呆れ始めた。



「ああ、もう……なら、良いだろう。もしもオークの頭領を見つけ、その首をもってきたら、この男を釈放しようではないか。どんな形であれ、オークの群れが崩壊すれば願ったり叶ったりだからな」



 シモンズは提案に了承してから、人差し指を立てた。



「ただし期限は一週間だ。一週間を過ぎれば、このアキレウスをオークの頭領またはその味方として処刑する」

 


 ***



 ジンとルシアは洞窟から出て、狭い一本道の路地を進み、広場に出た。


 広場には何人かの住民とコリンがいた。

 コリンの手には、ジンたちの武器があった。



「ジンさん、ルシアさん!」



 コリンは武器を大事に抱えながら、二人のもとへ来た。



「すみません、お二人への誤解を解くのに時間がかかってしまい……」


「良いのよ。あなたのおかげで私たちは釈放された」



 ルシアは礼を言ったが、ジンは少し微妙な顔をしていた。



「コリン君、町長もこぼしていたが、俺たちの誤解を解いたということは、つまり」


 

 ジンに尋ねられ、コリンは居心地悪そうな顔をした。



「……はい。アキレウスさんが僕を連れ去ろうとしたことを、全部話しました。そうすれば、せめてお二人への誤解を解くことはできると思って……」



 コリンはあの後、衛兵や町長に保護され、事情を聞かれたのだろう。

 

 どうしてアキレウスと一緒にいたのか。

 アキレウスとは別の二人は、何者なのか。

 なぜ四人で一緒になって行動しているのか。


 それらを問われ、結局すべてを正直に話してしまったのだ。

 

 たしかに正直に話せば、ジンとルシアが悪人ではないことが、より濃厚になってくる。

 三人に助けられたという話は嘘で、本当はジンとルシアに助けられ、アキレウスはむしろ自分を町から連れ去った誘拐犯なのだと。



「アキレウスさんにとってひどい証言をしたのは、わかってます……でも、昨夜はお二人が現れてくれなければ、どのみち僕はオークに殺されていました……」



 コリンの考えも正しかった。

 アキレウスの身の上話を聞いて同情の余地はあったが、だとしてもオークから助けてくれたのは、ジンとルシアである。


 さらに言えば、アキレウスが無理やり森に連れ出さなければ、そもそもコリンが危ない目に遭うこともなかった。



「お二人までオークの味方として処刑されてしまうのは、どうしても避けたくて」


「謝るな。君は最善を尽くそうとしてくれた」



 ジンはコリンの背中を優しく叩いた。


 結果的にアキレウスに対して不利な証言をしたが、それでもコリンは、ジンとルシアが釈放されるように考えて動いたのだ。



「ちなみに、オークの頭領を見た者たちはこの町にいるのか?」


「え? ああ、はい、何人もいます。隣の町に行ったり、野草を取りに行ったりした人たちが、なんとかオークたちから逃げ延びたんです」


「そして、オークに指示を出していたのが……アキレウス、と」


「はい。まずは人相にんそう書きが出回って、それから傭兵とかに詳しい人たちが、この男は血槍のアレスだと言って、手配書が完成したんです」



 ジンは少し考えてから、



「その人相書きや手配書、見せてもらえるか」



 と言った。



「でしたら、向こうの壁にも貼ってます」



 コリンが指差した先は、広場の一角にある壁だ。

 近づいて見てみると、そこにはたしかにアキレウスの似顔絵があった。


 本人の顔と、この似顔絵を見比べさせたら、十人中十人が「同一人物だ」と答えるだろう。



「だが、今のアキレウスは左足に古傷がある。斜面に苦しんでいた時も、完全に痛めている人間の動きだった。あの獣のようなオークたちに指図できると思えない」


「何か怪しい、わね」


「ああ……七日の猶予はもらったが、はたして解決できるか」



 二人の話に、コリンは首をかしげた。



「あの、七日とは?」



 それからジンとルシアは、牢屋の中での出来事をコリンに話した。



「……ということは、あと七日間でオークの頭領を捕まえるか、群れを滅ぼすしかないんですね」


「ええ。でも、滅ぼすのは現実的ではないわ。どれほどの群れなのか不明だし、滅ぼしたという証拠を見せるのは難しい」


「でしたら、この町で罠を張ったりして迎え撃ちますか? たとえばオークの群れが攻めてきたら、頭領も一緒に一網打尽にできるような罠とか……」


「なるほど、それは良い作戦かもしれない」



 ルシアとコリンは、町を防衛しつつオークの頭領を捕まえようと考えた。


 そこでジンが、口を開いた。


 

「まだるっこしい。こちらから出向けば良いではないか」



 出向く、というジンの言葉に、ルシアとコリンは顔を見合わせた。



「あの、それはどういうことですか」


「そのままの意味だ。時間が足りないなら、こちらから攻めこむ。オークの出そうな場所に進んで出向き、しらみつぶしでオークの頭領を探して、斬る。それが最速だ」


「えっと、あはは……それは、なんていうか」



 この提案にはコリンも苦笑いだった。



「……無茶苦茶だわ」



 ルシアもやれやれと首を振った。

 しかしジンは、おやっという顔をした。



「なんだ、まさかあの程度の怪物の群れに尻込みするのか。これでは一生かけても望みは叶いそうにないな」



 コリンは首をかしげたが、ルシアの目つきが変わった。


 望み、とあいまいな表現をしたが、それはつまり、勇者たちへの復讐という意味だ。

 オークの群れ程度を滅ぼせない者に、強大な敵を倒せるはずがない。

 ジンは遠回しにそう突きつけたのだ。


 ルシアは一度目を閉じてから、ジンに鋭い視線をぶつけた。



「構わないわ。百や二百のオークごとき、私が残らず斬り捨てる」


「うははっ、その意気や良し……コリン君、悪いが支度を整えてくれ! 七日のうちにオークを全滅させて見せよう」

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