オーク退治 : 元傭兵、アキレウス

「とりあえず離れましょう。他にオークがいたら、仲間の血を嗅ぎつけて来るから」



 ルシアの提案により、全員で焚き火のあった場所まで戻ってきた。


 そして四人は現在、焚き火を囲んで座っている。


 ちなみに若い男の隣にはジンが座り、少年の隣にはルシアが座った。

 少年を安心させつつ、男が妙なマネをすれば瞬時に斬り捨てる配置だ。



「君の名前は?」



 ルシアが隣の少年の名を聞いた。

 茶髪の少年は緊張ぎみに「コリンです」と答えた。



「コリン、ね……私はルシアっていうの、よろしくね」


「は、はい、よろしくお願いします。あの、助けていただいて」



 少年コリンはおずおずと頭を下げたが、ルシアはその頭を優しく叩いた。



「気にしないで、あなたに怪我がなくて良かったわ」



 コリンに対して、ルシアは優しく接する。

 しかし男の方には厳しい視線を向けた。



「で、あなたの名前は? 山賊さん」



 なおも山賊と呼ばれることに、男は不満を持っているようだ。

 だが、ジンとルシアに囲まれているこの状況で、反抗的なことを言える勇気はなかった。



「俺ことは、その、アレスって呼んでくれ」


「アレス、ね……それ、本名でしょうね」



 ルシアが目線を鋭くさせると、アレスは首を振った。



「いやあ、アレスはあだ名というか通称みたいなもんで、本当はアキレウスって言う名前があるんだけど……アレスの方がかっこいいから、できれば」


「なら、アキレウスって呼ぶわよ。あなたの通称なんてどうでも良いから」


「お、おう」



 有無も言わせぬルシアに、アキレウスという若者は圧倒されている。



「それで、アキレウスはどうしてコリンをさらおうとしていたの?」


「それは誤解だ! さらうつもりはなかった!」


「嘘ばっかり。あなたがこの子の口を押さえつけて、叫ばれないように口をふさいでいたのを見ていた。この期に及んで、言い逃れできると思ってるの?」


「たしかに口を押さえた! それは認める! だけど、俺がしたかったのは、人さらいとかじゃなくて、あの、その……」



 そこでジンは、アキレウスの肩に手を置いた。



「わかった、聞いてやるから落ち着け。ルシア、こいつの言い分を言わせてやろう」


「ジン、こいつの肩を持つの?」


「まさか。少しでも嘘だと思えば、俺が舌先をちょん切ってやる」



 にこやかな笑顔を浮かべたまま、ジンが恐ろしいことを言い放つ。

 

 それを聞いたアキレウスの顔がひきつった。

 ジンの居合抜きによって、オークの首が二つ同時に飛んだ光景を見た。

 あれほどの使い手なら今の言葉も本気なのだと、アキレウスは震えた。



「ほれ、早く話さんか。ここまで来たら神妙しんみょうにせい」



 ジンにうながされ、アキレウスは落ち着いた様子で話し始めた。



「……十三年前、まだ八つのガキだった俺は、このコリンの住んでいるマテーラって町を飛び出した。こいつは知らないだろうけど、俺とこいつは、同じ町の生まれなんだ」



 同じ町出身と聞いて、コリンは目を大きくした。



「当時の俺は悪ガキで、そのくせ、でっかい戦争で英雄になることを夢見ていた……親はどっちも流行り病で死んでいたし、こんなシケた町にいても英雄になれないって思った俺は、迷わずマテーラを出て……遠くの地で『アレス』と名乗って、傭兵団に入ったんだ」



 アキレウスは自身の生い立ちと、アレスと名乗り始めた経緯を話した。



「最初は雑用だったけど、少しずつ戦争で功績を挙げ始めた。長く傭兵団にいると隊長にもなれた。『血槍ちやりのアレス』なんて呼ばれて、もてはやされて……やっぱりアキレウスって名前を捨てて正解だったなと、その時までは思っていたよ」


「その時まで、か。何かあったの?」



 ルシアがそう問うと、アキレウスは深いため息を吐いた。



「そんなカッコいいもんじゃない。ある戦場で落馬して、左足のけんがちぎれたんだ。もう最前線で戦えない体になった俺は、傭兵団から追い出されてしまった」


「ふうん……左足の腱、ね」


「ああ、一応言っておくが、だいぶ前に治ったよ。いまだに激しく動くと痛むけど、普通の生活や運動くらいは問題ないからな」



 アキレウスは自分の左足に手を伸ばし、ふくらはぎに手のひらをあてがった。



「傭兵をやめても、俺はマテーラには帰れなかった。このままノコノコと帰ったら馬鹿にされるから、どうやって町に入ろうか、すごく悩んだよ」


「じゃあ、それで、この子に近づいたの?」


「いや、まだ続きがあるんだ」



 そこでアキレウスは声を落とした。

 どうやら、ここから深刻な内容になるらしい。



「ひと月くらい前のことだ……結局、俺は町に帰れず、ちょっと離れた港で飲んだくれていたんだが……ある山賊団の噂を聞いたんだ」


「山賊団?」


「ああ。その山賊団はとにかく神出鬼没で残虐……金品だけじゃなく、その人間の体すら食い荒らし……そう、それはまるで、」


「……オーク」



 ルシアの言葉に、アキレウスはうなずいた。



「そうだ。しかもそのオークの山賊団は、ある有名な傭兵が、『血槍ちやり』と呼ばれていた男が作ったのだと……俺はそう聞いたんだ……!」



 血槍、という呼び名は、アキレウスが傭兵時代に付けられたものだ。

 その噂を聞けば、あのアキレウスが山賊団を結成したのだと、誰もが思うだろう。


 傭兵くずれが、山賊になる。

 それ自体はよくある話だからだ。



「けど、俺はそんなことしていない! 足の古傷ができてから、槍なんてまともに振れなくなったし、オークの頭領になるような器でもない!」



 アキレウスは唇をワナワナと震わせ、潔白を訴える。



「俺はどうしても謎の山賊団を追うしかなかった……なぜオークの頭領は、俺の名を使っているのか知りたかったが……それよりも……」


「それよりも?」


「……それよりも町を、故郷を守りたかったんだ……そのオークたちの暴れる地域が広がって、俺が生まれ育ったマテーラの近くでも、被害が出てしまったからだよぉっ……!」



 そう語りながら、アキレウスは嗚咽おえつした。


 隣で見ているジンはその様子をじっと観察していたが、噓泣きには見えなかった。

 表情、息づかい、どれを見ても本気で泣いている。


 

「あとは、今の状況通りだ……すぐに町の様子が知りたい、けど、もしも俺がオークたちの親玉だと勘違いされてしまったらマズい……だから、町の外にいたコリンを見つけた時、後先考えずに捕まえてしまった。事情を話してから、町にコッソリ入れるように手引きさせたかったから……」



 アキレウスはコリンの方を見て、頭を下げた。



「すまなかった……怖かった、よな」



 力なく謝罪したアキレウスを見て、コリンも警戒を少し解いたようだ。


 話を終えたアキレウスが、涙をこぼしている。

 夢を追い、敗れて、その上で名前をかすめ取られ、故郷にすら帰れなくなった。

 そんな、あわれな若者の姿だった。


 そこでジンが、いきなり彼の背中を強めに叩いた。



「いっ、痛ぁあっ!?」



 アキレウスが背筋を伸ばし、飛び上がる。

 

 それを正面から見ていたルシアとコリンも、大きく口を開けて驚いた。



「めそめそするな、それでも男か」


「え、今の俺の話を……」


「聞いていた。聞いた上で、そろそろ泣くのをやめろと言っている」



 ジンはアキレウスに対し、厳しい視線を向ける。



「お前さんが噓をついていないことは大体わかったし、故郷を救いたい気持ちも理解した……ならば、腹をくくるしかないだろう」


「腹をくくる……って」


「一刻も早く町に戻り、頭を下げること。オークが来るから逃げてくれ、とな」



 剣に生きて剣に死んだ侍らしい、まっすぐな提案だ。

 愚直すぎる、とさえ言える。

 


「で、でも……俺は悪ガキで、傭兵くずれで……」


「……お前が手をこまねいているうちに、その町が荒らされてしまえば、どうなると思う? やはりお前は大悪人になってしまったと、今度こそ故郷の者に痛罵つうばされるだろう」


「うっ……」


「最初から信じてもらえないと決めつけ、指をくわえたままでいるなら、ずっとそうしていろ」



 ジンは刀を持って立ち上がった。



「ルシア、コリン君……行くぞ」


「え?」


「マテーラだ。人里を目指すという理由もあるが、ああいう人外の怪物が出るなら、その町を守りきらねば大勢が死ぬ」


「まあ、それもそうね。こうなったら町の偉い人にこの話をして、オーク退治と行きましょうか」



 ジンの提案に驚いたものの、ルシアも賛成だった。


 アキレウスがどう決断するかは置いといて、オークの集団が近くの町に迫っているなら、無視して旅を続けるのは心が痛む。

 またジンとルシアは最低限の物資を分けてほしい状況なので、マテーラに行かない手はない。



「コリン君、まだ歩けるか」


「う、うん」


「良し。では、案内を頼む」



 そうしてジンとルシアは食糧をまとめて、コリンの案内に従って歩き始めた。


 コリンはアキレウスのことを気にかけて、歩きながら何度か振り返っていた。

 だが、ジンとルシアは見向きもせず、コリンの後をついていく。


 しばらく歩いていると、後ろからアキレウスが走ってきた。

 息を切らせながら、必死に追いついてきた。


 やっと彼も覚悟を決めたらしい。



「俺も行く! 行かせてくれえっ! ……たとえなんて言われようと、俺は今度こそ逃げない!!」



 迷うことなく叫ぶアキレウスに、ジンは微笑んだ。

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