オーク退治 : ジンの大太刀と体さばき

 聖王国の都から東に数百km、山の中。


 とっぷりと日が暮れた夜の森で、ジンとルシアは焚き火を囲んで座っていた。

 焚き火の上には、木でできた即席の丸焼き台が組まれ、頭から尻まで木で貫かれたウサギが二羽焼かれている。



「ほれ、焼けたぞ。食え」



 ジンが焼けたウサギ肉を短剣で切り分け、串に刺してからルシアに差し出した。



「……いらないわ。先にあなたが食べれば良いでしょ」



 ルシアはホクホクと焼けたウサギ肉に目を奪われていたが、すぐに顔を背けた。



「意地を張るな。この際、誰が狩ったものだろうと関係ないだろう」


「意地じゃない。私は自分で捕まえた魚だけで充分だから」



 そう言い張るルシアのかたわらの枝には、小さな魚が二尾ぶら下がっている。

 彼女は自分から狩りで勝負を挑んだため、ジンが狩ってきた獲物を食べるのは、どうしてもプライドが許せなかった。


 ちなみにジンはウサギの三羽、鳥を二羽、魚を四尾も獲ってきた。



「そんなもので腹が満たされるか。腹いっぱい食わんと、ちゃんと育たぬぞ。それともなんだ、好き嫌い、というやつか?」


「子ども扱いしないで! というか、背はあなたの方が小さいでしょう!」


「俺は子どもの頃にちゃんと食った。食いまくった上でこの背丈なのだから、問題ないのだ」


「……チビ」


「ちび、か! うはははっ、そのちびの爺さんに手も足も出なかったのは、どこのお嬢ちゃんかな? たしか、黒風くろかぜと呼ばれた高名な女剣士だったような……はてさて、俺の目の前にいるのは、好き嫌いの激しい、黒風の……」


「ああ、もう! わかったわよ! 食べれば良いんでしょう、食べれば!」



 ジンのからかいに根負けして、ルシアは顔を赤くさせながら、ウサギ肉の串焼きを頬張った。

 それを満足そうにながめてから、ジンも食事にありついた。

 

 それから二人は肉、魚、そしてついでに獲った木の実を平らげた。

 今日は朝から戦い、夕暮れまで竜に乗って空を飛び、真っ暗になるまで獣を狩り続けた。

 ルシアはもちろん、さすがのジンも腹が空いていた。

 そのため二人は黙々と獲物を食べては焼いて、また食べた。


 食後、ジンは火の番をしながら、刀を磨いていた。

 刀工『信国のぶくに』に造ってもらった刀は、通常よりもはるかに長い大太刀おおだちだ。

 当然、中途半端な剣士では扱えない。

 また実際に何かを斬る際も、慎重に慎重を重ねなければ、刃に曲がりやゆがみが生じてしまう。


 しかしジンは、最期までこの大太刀とともに戦国の世を生き抜いた。

 決して刀身を傷めぬような斬り方を徹底し、手入れに関しては誰よりもこだわりを持つようにした。

 今やこの刀は己の半身である。

 この刀に関する細かい傷や血の染み、刃の重心からつかのわずかな凹みまで、余すことなくジンは把握している。



「……すごい剣ね」



 焚き火の向こう側に座っていたルシアも、素直な想いをつぶやいた。


 ルシアも剣士の端くれである。

 ジンの大太刀がどれほど業物わざものなのか、一目見れば嫌でもわかる。

 それどころか、その刃に彼女は貫かれた。

 その恐るべき切れ味は、言葉通り、我が身で体験していることだ。



「まあな」



 我が子を褒められたような顔で、ジンはニコッと笑った。



「けど、少し疑問だわ」


「うむ?」


「あなたは小柄。腕も短いし、足も短い……小柄な剣士が小ぶりの剣を使って戦うのはよく見るけど、どうしてあなたは、あえて扱いにくい長い剣を?」

 


 先ほどと同じように小柄であることを指摘されたが、今度のルシアは純粋な興味ゆえの言葉だった。



「なるほど、まずはそこからか」



 ジンはちょっと苦笑いしてから、刀を納めつつ立ち上がった。



「たしかに俺の体格では、苦労しそうな長さに見えるだろう。お前さんの言う通り、居合抜きするのも、振り回すのも、いちいち大変な剣だ」



 そしてジンは、自分の背後にあった樹木を蹴った。

 枝がガサガサと揺れ、木の葉が舞い落ちる。



「しかしな、大事なのは足腰、そして関節の使い方だ……それさえしっかりやれば、小柄だろうと自在に扱える」



 そうして、ジンは刀を抜き払った。


 鋭い踏みこみと、腰のキレ。

 腕の振りもなめらかに、すべらせるように。


 すると宙を舞い散っていた葉が真っ二つになり、二手に分かれて地面に落ちた。


 それを見たルシアは、目をギョッとさせた。

 ひらひらと宙を舞う木の葉を斬ることなど、はたして可能なのか。

 だが、目の前の老人がそれを今まさに体現していた。



「そら、ほら、よっと」



 さらに、なでるような動きで刀を振るい続ける。

 遊んで振り回しているように見えるが、体の使い方にはたしかなキレがあり、宙を舞い散る薄っぺらい木の葉が、次々と斬られて地に落ちる。


 もはや疑いようもない。

 魔術を使っているわけでも、手品でダマしているわけでもない。

 本物の技巧ぎこうとは、不可能と思われることを時に可能にしてしまう。



「そして……そりゃあっ!!」



 そこで再び後ろを向き、太い樹木に向かって袈裟斬けさぎりを浴びせた。


 刀を振り切ったジンが納刀すると、ズズズッ……と音を立てて、切断された樹木が斜めにすべり落ちて倒れた。


 木の葉を斬る優しさや丁寧さではない、一瞬の爆発的な鋭さだった。


 

「これがたいさばきだ。剣の良し悪しも大事だが、まず鍛えるべきは己の体を、どう上手く使うかだ」


「剣じゃなく、己の体の使い方」



 ルシアは自分の剣を握るが、焦点は己の拳に移っていた。



「今のお前さんも良いセンは行っておるが……まだ無駄な力、無駄な体の動きがある。俺が見せたものは、これからお前さんが強くなるための、ひとつの教材だと思ってくれ」



 それからジンは刀を納め、あくびをしながら座った。



「くあ……さて、俺はそろそろ寝るぞ」


「あ、じゃあ、もう火を消す?」



 ルシアは土をかぶせようとしたが、ジンは首を振った。



「いや、まだ燃やしておけ。獣除けにもなるし……そういえば、お前さんもこのまま寝る気か?」


「どういうこと? ずの番でもしてろ、ということ?」



 そこでジンが笑って、首を振った。



「違う、何か忘れておらんか」


「え?」


「髪や顔の汚れから見るに、まだ水浴びをしてないのだろう。おなごなら、せめて寝る前は身を清めてこい」



 水浴びしていないことを正面から指摘され、またもルシアは紅潮した。



「おおかた俺に狩りで負けたくない一心で、魚とずっと格闘していたのだろう」


「なっ、それを言うなら、あなただって別の川で魚を獲っていたんじゃ……!」


「ああ、俺はそこで水浴びも済ませたぞ? 楽々と四尾を獲ったから、あとは身を清めて休んでいたからな」


「むぅぅ……っ」



 ニヤニヤと笑うジンに怒りを抱きつつも、ルシアはそれ以上何も言わずに、自分が行った川のほうへ大股で歩きだした。



「で、俺がついて行かなくて大丈夫か? 迷子にならずに済むと良いが」


「問題ないわよ! というか、ついてきたら本当に殺すからね!? このスケベじじい!」


「はん、誰がお嬢ちゃんの裸に興味あるか。まあ、せいぜい風邪をひかぬように気をつけることだな」



 ジンは笑い飛ばし、そのままゴロリと横になった。


 ルシアはまだ何か言い足りない顔をしていたが、再びジンのほうに背を向け、足早に遠ざかっていった。

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