出会い : ジンからの条件

「というわけだ。少し強引に連れてこられてしまったが、俺はこうしてお前のお目付け役としてここに来た」



 現実味のない話だったが、ジンの話した内容はとても細かく、嘘で簡単に作れそうなものではなかった。


 はじめは怪しんでいたルシアも、話を聞き終えた頃にはジンとルシファーのやり取りを信じていた。



「だが、俺は単なる協力者ではない」


「え?」


「当たり前だ。勝手にこの世界に連れてこられて、ただで助けると思うか」



 その時、ルシアは思わず自分の胸元を隠した。


 お目付け役、とジンは表現したが、ルシアは『伴侶』という言葉もずっと気になっていた。



「まさか、あなた」


「違う、そういう意味ではない……というか俺はもうこんな歳だぞ。お前さんのような若い女をどうこうするつもりはない」



 ジンは困った顔で首を振った。



「お前さんが本気で仇討ちをしたいのか。そうでなければ、俺は協力しないという意味だ。この環境を気に入っているというなら、もう何も言わんがな」


「ふざけないで、あなたなんかに私の想いを測られたくない! 言われずとも、仇討ちしたいに決まっている!」


「口ではどうとでも言える。行動が伴わなければ、意味はない」


「……わかった、どうやって証明すれば良い?」



 ルシアの問いに、ジンは微笑みながらこう答えた。



「明日、この闘技場で俺に勝ってみろ」


「っ! ……あなたと、戦えと」


「それが手っ取り早い。俺のようなじじいに勝てなければ、お前のような小娘なぞ絶対に仇討ちできるものか」



 ジンの言うことはもっともだが、ルシアはすでにジンの力量を知ってしまった。


 これまで多くの魔物、剣闘奴隷と戦い、勝ち続けてきたルシアだ。

 自分と相手の力量を察し、比べることが体に染みついている。


 だからこそルシアは、ジンのとてつもない実力をすでに理解していた。

 

 しかし、後には引けない。

 ルシアは拳を握った。

 今まで握ったまま振り下ろさなかった拳を、ここで振り下ろさなければ、いつになるのかわからない。



「望むところよ。あなたに勝ち、私の本気を証明する」


「良かろう……万が一、俺が負けて死ねば、これを譲ってやろう」



 そう言ってジンは懐から筒を取り出し、そのフタを開けて、針のようなものを取り出した。

 

 その針に、ルシアは見覚えがあった。



「それは、ヒュドラの毒牙!? なんでそんな猛毒の危険物を……!」


「この世界に来てから、お前さんを探す道中で手に入れた道具だ。原理はわからんが、これで一刺しすればどんな生物でも即死するらしいな」


「本物、なの? よくできた偽物でなくて?」


「ああ、この都でならず者にからまれた時に試したよ。あれほど一瞬で人間が絶命するとは、俺もさすがに面食らった」



 ジンは針を筒に戻し、懐にしまった。



「俺と戦い、決意を証明すればその時点で負けを認めよう。正式にお前さんの配下となり、ルシファーに頼まれた通りに、なんでも協力してやる」


「そしてあなたを誤って殺したとしても……」


「うむ、その時は遠慮なくこの毒針を奪え。これで胴元を殺せば、お前さんは晴れて自由の身だ。仇討ちでもなんでも、好きにすればいい……ただしお前さんが何も証明できなければ、この話は終わりだ」



 ジンはイスから立ち上がり、自分の首に手のひらを当てた。



「俺は首輪をつけられていないんでね。お前さんが半人前だと知れたら、さっさと逃げさせてもらう」


「ええ。けど、私が勝てば、あなたは配下になる。それを忘れないで」


 

 ルシアは鋭くにらんだ。



「うははっ、その意気だ。明日が楽しみだな」



 ジンは面白そうに笑い声を上げ、部屋から出ていった。


 部屋に残ったルシアは、自分の手の中にある剣を見つめた。


 明日が正念場だ。

 ここでジンに勝てなければ、永遠にチャンスはやってこない。



「技量では、私よりはるか上。だけど……!」



 ジンが強いことは、重々わかっている。

 一瞬で手玉にとられ、剣を奪われて追い詰められた。

 あんな芸当、十年や二十年の修行で身に着くものではない。


 また彼の話が本当なら、前世では何十人もの賊を一人で斬り捨てたらしい。

 肉体が老いているとはいえ、いざ戦うとなれば別次元に強いのだろう。

 今まで弱い老人奴隷を演じておきながら、大した怪我を負わなかったのも、彼本来の圧倒的な強さによるものだ。


 それでもルシアはやるしかない。

 ここでジンに歯が立たなければ、世界の英雄である勇者に復讐するなど、夢のまた夢なのだ。



「ジンスケ、ハヤシザキ……あなたを仕留めてみせる、絶対に……!」



 落ちぶれた大魔王の孫娘の真価が、明日ついに問われる。

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