出会い : 奴隷となった孫娘

 この大陸には多くの国があり、そこには様々な人種、種族がいる。


 しかし、その中でも二つの国が大国として栄えている。


 聖王国ーーー温暖な地中海沿岸を広く支配し、人間第一主義を唱え、争いの絶えなかった諸王国を政治力と宗教で束ねてきた。

 領内には天使信仰の総本山があり、大天使に祝福された『勇者アーク』が生まれた国だ。


 双竜帝国ーーー北の山脈を越えた先、寒冷な大平原を武力によって統一し、未開の部族、亜人を分け隔てなく取り込んだ。

 多くの種族が住むため国教は指定されていないが、大多数の国民は国を守る双竜、『鉄竜ファフニール』と『毒竜ニーズヘッグ』を信仰している。


 このように、国の成り立ち、仕組みなど、この二国はどれもが嚙み合わない。

 もちろん友好な関係ではなく、何度も戦争が勃発した過去がある。


 そして現在も、この二国は国境ぞいの大山脈にて、戦争を繰り広げている。


 四年前、勇者一行が魔大陸の奥地へ進み、最後の大魔王ルシウスを倒した。

 

 勇者一行は無事に凱旋し、世界に平和がもたらされたかと思いきや、一年前に双竜帝国が突如として聖王国に戦を仕掛けたのだ。


 魔族の長である大魔王を勇者が討ったことで、聖王国の名声は高まり、人口も増え、国力が大幅に増えた。

 まさに聖王国の春が来た、と言える。


 だが、そんな聖王国の力を恐れ、ねたむ勢力も存在する。

 双竜帝国がまさにその筆頭であり、聖王国の力を削ぐための戦が始まった。



「勇者、アーク……か」



 闘技場の地下空間、その中の一室で、ルシアは勇者の名前をつぶやいた。 


 優秀な剣闘奴隷である彼女は、ベッド付きの一室が用意されている。

 試合を終えた後、決まって彼女はベッドに寝転がり、天井をぼうっと見上げる。


 ゆえに今の、憎しみに満ちた彼女のつぶやきは、誰にも聞こえない。

 


「許せない、許せない」



 ルシアは、勇者を憎んでいた。


 それは人間に迫害された恨みつらみ、ではない。


 より強く、直接的な、純粋な憎悪だ。



「おじいさまの、かたき



 彼女の正体は、亜人ダークエルフではない。


 彼女はれっきとした魔族であり、そして、あの大魔王ルシウスの孫娘だ。


 褐色の肌、銀髪、とがった耳……よくダークエルフと間違われるが、琥珀色こはくいろの瞳を持つダークエルフの存在しない。突然変異でも、この瞳の色では生まれないのだ。


 しかし、彼女の正体は誰も知らない。

 人間の奴隷商人も、闘技場の胴元であるドミニクも、彼女の正体を知らずに、聖王国の剣闘奴隷として働かせているのだ。


 魔族の頂点に君臨した一族、その末裔まつえいは、この闘技場にて奴隷の首輪をつけられ、ひそかな恨みをくすぶらせていた。


 だが、彼女には立ち上がれない理由がある。



「この首輪さえ、なければ」



 ルシアは奴隷の首輪を、思いきり握りしめる。


 彼女の首についている輪は、魔術が施されている特別製だ。

 ただの奴隷には不要だが、強い力のある剣闘奴隷には、決まってこの首輪が付けられる。

 この闘技場では強者の証とされているが、実質は飼い殺すためのかせだ。


 これを無理に外したり壊そうとすれば、炎魔術が発動して、一瞬で焼け死ぬ。

 また奴隷契約をした主人が、遠隔操作でわずかに魔力をこめれば同じ結末となる。

 そのため、付けたまま遠くに逃げることはほとんど不可能だ。


 もちろんルシアの契約主は、ドミニクである。

 彼が前触れなく即死するか、彼が自発的に首輪を外してくれなければ、この首輪が永遠に外れることはない。

 どうあがいても、何をやっても、逃げる方法はない。


 この闘技場に来て三年経った。

 最初の一年はあの手この手で脱出しようとしたが、ドミニクや他の奴隷の監視も厳しく、奴隷首輪を外す方法も一向に見つからなかった。


 いつしかルシアは、その鬱憤うっぷんを対戦相手にぶつけるようになった。


 同じ境遇に落とされた奴隷や他国の捕虜、もしくは魔物を切り刻めば、少しは晴れやかな気持ちになったからだ。


 しかし状況は何一つ変わっていない。彼女自身もそれは重々わかっている。


 勇者への憎しみを忘れることはできず、かといって、この境遇を打破する方法も見つからない。

 

 それが大魔王の孫娘、ルシアの現在である。


 彼女は今日も、闘技場の粗末なベッドの上で、唇をかみしめる。

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