第15話 功労祭 後編
19号は道中鼻歌なんかを歌っている。相棒のニッキー卿とも関係は良好のハズだが……セイタン卿は少しばかり気になったので19号に尋ねてみた。「19号。私は貴女にそこまで好かれる何かをしましたか?」、と。「えぇええええ! あれ? 私、そんなにセイタン卿に好意を持っているのを気づかれてますか?」「えぇ、私が自意識過剰じゃないと思える程度には……」そう言われて19号は途端に恥ずかしくなったのか、翼で顔を隠そうとする。要するに羽ばたかなくなった飛竜は墜落していくので「じゅ、19号、飛んで! 飛んで下さい! 落ちてます!」。と叫んでみるが、カァアアアと顔を真っ赤にした19号にはその声は届いていないらしく、このまま地面に激突する。もうダメだ! そう思った時、ガクンと落ちる重力に逆らった引っ張られる力。
「全く、何をしているんですか? 19号。それに、大変19号に大モテのセイタン卿、遊ぶのは結構ですが、こんなどうでも言い催しで怪我をするとか良いご身分ですよ。それとも二人並んで隔離病棟にでもしけこみたかったんですか?」
セイタン卿の危機を救ったのは本来の相棒である3号、そしてとにかく面白そうにトリエラ卿がその様子を見つめていた。涙目で「さ、3ごぉおお!」と両手を出して赤ちゃんのように泣いて再会を喜ぶセイタン卿を見て「本当にセイタン卿、貴女は私やトリエラ卿にまで迷惑をかけて困った方だ!」と言って19号を掴んだままゆっくりと降下していく。
頭を低くしてトリエラ卿を下ろすと両手を上げてゆっくり人型に戻る。
「19号、一体何をしているんですか! 私たちが偶然通りがからなければセイタン卿が危なかったんですよ!」
「ご、ごめんなさい。だって嬉しかったのよ3号! セイタン卿を背に乗せて飛べる事が……」
「......だとしてもですよ。功労祭の今の時間は貴女がセイタン卿の相棒なんですから、しっかりしてくださいよ! 同じ種として恥ずかしいです」
そこまで言わなくてもとセイタン卿が言うが、カンカンに怒っている3号、トリエラ卿はあとは任せてとウィンクして3号を連れて去っていく。
まだ功労祭は始まったばかりなのだ。
パーティーというか、普段局では絶対に口にしない肉料理や甘いお菓子、そしてお酒が飲めるというので、このパーティーという名の食事会に関しては全配達員達が楽しみにしていた。当然、ピカイチに食い意地が張っているセイタン卿はお代わり自由であるという事から肉もお菓子も皿に山ほど乗せており、毎年の風物詩となっている。それに笑われているのが恥ずかしいので3号は山盛りの皿をゆっくり運ぶセイタン卿を端のテーブルに誘導する。
「セイタン卿、気持ちは分かりますが、少しは恥を知りましょう。貴女はいくら食べてもスレンダーなままなのは少々ワタクシも羨まですけれども」
「それは太らないではなく、胸に栄養がいかないとお受けしてよろしいですか?」
「何をおっしゃっているのやら、悲観的にならないでくださいよ。太らなくて良いですね! とワタクシは申しているんです」
「成程、しかし3号、そう言う貴女も中々のウワバミとお見受けいたしますが、その量はいかがな物でしょう?」
食事会は始まったばかりだが、ゴロゴロと質の良い酒瓶が3号のテーブルに転がっている。全て度数の異様に高い焼いた酒である事から教会辺りでご法度の火酒、蒸留酒なんだろう。教会が没収した物の下卸売された物か何か、要するに処分品をこうして咎人である配達員達に振る舞われているとすれば、それが未開封の酒だったとしても殆ど残飯みたいな物だ。きっとこの肉料理もお菓子も経緯は似たような物だろう。だがしかし、腹に入れば同じで、皆気にしていない。
3号は骨付きでなんの肉かは分からないそれに牙を入れ、強い酒で流し込むように呑む。セイタン卿は流石に度数が強すぎるので加水して3号が飲んでいるお酒を金属製のコップに入れる。
「それでは3号、細やかながら、この罪人生活に」
「えぇ、蜘蛛の糸すら見えない漆黒の空に」
乾杯! 同じ局で同じ不味い麦を食べ、それでいて古本を借りて読む以外にここには何も自由はない。それでも不思議な事にそれぞれ個性がある。お酒に酔って少し気分を良くしたトリエラがアカペラで歌を歌う。歌そのものが物語になっており、食器やらを叩いて合いの手を入れる。そんな様子をただ飲み食いして見つめるセイタン卿と3号、3号が席を立ち酒を取りに行こうとするので「私も肉を取りに行くので一緒に行きましょう」「初めてのお使いですか? セイタン卿、それは私と同伴ではなく一人でなされては?」「おや、3号。少しお酒で気分良くなりましたか? 少し意地悪じゃないですか?」「いつも通りのワタクシですよ」と言われるのセイタン卿は「それは失礼しました」と3号の横に並んでぴょこんとついてくる。そんな様子に3号は呆れながら、適当に近くにあった酒瓶を二つとってセイタン卿の肉の補充についていく。肉なんて一年にこの功労祭の時に食べる以外には貰い物以外ではまず口にしない。皆がはちきれんばかりに食べても無くなりそうにないなんらかの肉を大量にセイタン卿は皿に積み上げていく、3号は自分の分もと思っていたが、セイタン卿のを横からつつけばいいかとバランス悪そうに盛った肉の山を乗せた皿を持ちながら自分の席へと帰る。
「セイタン卿、一度聞いてみたかったのですが」
「どうしました? 3号風に言えば藪からスティックに」
「いえ、貴女がよく食べる事は誰よりも知っている自負がありますが、セイタン卿にとって食事とはなんですか?」
お酒に少し気分を良くした3号のどうでもいい質問だったのだが、確かに気になると周りの配達員達も聞き耳を立てていた。実にくだらない回答が返ってくるんだろうと皆期待していた。配達員の中でもベテランと謳われ、誰しもから一目置かれるセイタン卿、そして3号。ひょっとすると彼女の仕事の源は食事なのかと深読みすらする者もいる。
「いえ、3号との食事もここにいる皆さんとの食事も今回の食事は一度きりじゃないですか、できる限り覚えておきたいんですよ。きっと私は何者にもなれないでしょうし、この終生便りの配達員はきっとよほどの奇跡が重ならないと罪の精算は終わりそうにないですしね」
当たり前すぎるが、なんだか皆酒に酔っているからか、セイタン卿が深い事を言っているようでうんうんと頷く「本当にここにいる方々は流されやすいんですから、ワタクシは騙されませんよ! セイタン卿は単に食い意地が張っているだけです! それ以上でもそれ以下でもありませんよ」「かもしれませんが、食べる事は生きる事ですからね」「ほら、時折そうやって意味深っぽい事をセイタン卿は仰る。実のところそこに意味なんてないでしょうに」そう言って3号は瓶ごと酒をぐびぐびと煽る。熱い息をふぅと吐く。そんな3号をじっと見つめるセイタン卿。
「どうしましたセイタン卿、もしかしてもうおねむですか?」
「違くて、3号はいつみても本当にいい女だなと思いまして」
「……藪からスティックになんですか、私がいい女なのは前から変わらないじゃないですか」
カランと氷を鳴らして水で加水した焼いたお酒を一口煽るセイタン卿、そんな彼女の言葉を3号はゴクリと喉を鳴らして待っていると、「セ・イ・タ・ン・きょ〜!」と完全に出来上がっている19号がセイタン卿を抱きしめた。
「おおっと、どうしたんですか19号、ちょっと積極的が過ぎませんか? すごいお酒の匂いですよ! 飲みすぎでは? お水、お水を飲んでください!」「セイタン卿、私といろんな所に行った事、覚えてないんですかぁ〜? もうずっと一緒だと思ってたんれすよぉ〜」
「19号、完全に出来上がっていますね。私が19号と一緒に何かをしたのはさっきの宝探しくらいじゃないですか! あぁ、そうだ。19号は何を見つけましたか? 私はなんと、銀製の質の良いコップです! これで配達の先々で生水を見つけてもこのコップで浄化してから飲める優れ物ですよ!」
セイタン卿に甘えるように抱きつく19号、そんな彼女を3号は死んだような目で見つめている。それにセイタン卿はまた3号が嫉妬しているとそう思っていたのだが、19号が「また私と一緒に終生便りを配達してくださいよぉ! セイタン卿ぉ〜」と19号が甘噛みしてきたところで3号がキレた。
19号を無理やりセイタン卿から引き剥がすと19号の顔をパンと叩いて、水をぶっかけた。
「いい加減になさい! 19号、セイタン卿は貴女の相棒ではなく、私の相棒です! お酒程度に呑まれてなんですか! 恥を知りなさい! 恥を!」
「あはは、3号。無礼講の席だから、そんなキレなくてもいいですよ。ねぇ? みんなひいちゃってますよ? あぁ、3号にそこまで好かれているのは悪い気はしませんけどね……ほら、3号。19号に謝って」
普段であればセイタン卿がここまで言えば、3号も素直に謝り丸く収まるところだったが、3号はセイタン卿を睨みつけるとそのまま走ってパーティー会場から逃げ出してしまった。「いやいや、どういう状態ですか……19号、大丈夫です? とりあえず3号の粗相に関しては申し訳ございません。ちょっと私、3号追いかけますのでまた正式な謝罪は後程」とセイタン卿は3号を追いかける。一瞬、沢山取った肉が食べられなくなるなとか思って、まぁこういうイレギュラーなのもまたこの功労祭故かと、セイタン卿は苦笑して走る。3号はすぐに見つかった。中央広場の大きな木を背もたれに座り込んでいた。「3号」とセイタン卿が声をかけても全然反応しない。仕方がないのでセイタン卿は3号の隣に座る。
「どうしたんですか? 普段の3号らしくない」
「…………」
「なんです? なんだかいつもの焼きもちとは少し違う感じですが、何か気に触ることがありましたか? それとも、本当にお酒に3号も呑まれた感じですか?」
「…………あの程度の酒で酔うわけないでしょう」
やっと反応した事にセイタン卿も胸を撫で下ろす。「何か、3号を不快にさせたら謝りますよ。これでも私は3号の相棒なんですから、言葉で伝えてくれないと分からない事もありますって、とりあえず一緒に謝ってあげますから、19号のところに行きますよ」
「…………いやです」
「はぁ……嫌じゃないですって、あんな感じのままだと今後の配達の時にギクシャクするじゃないですか」
「…………別にかまいませんよ」
「3号がかまいませんでも私が構うんですって! それにご馳走もまだ沢山あるんですから、ね? 3号。行きましょう」
イヤイヤする3号をセイタン卿は立たせると3号の手を引いてパーティー会場に戻る。宴も酣、片付けが既に始まっており、肉を食べ損ねたなと思ったセイタン卿だったが、19号の姿を見つけると3号を連れて、19号の元へと向かう。
「19号、先ほどは大変ご迷惑をかけました。この通り、ごめんなさいをするので許してください」
セイタン卿は3号の頭を下げさせて一緒に謝ると、19号が「ワ、ワタシこそ、ごめんなさい。気持ちを抑えきれなくて」と返すので、セイタン卿は「二人とも今後お酒は控えてくださいよ! まぁ、と言ってもお酒を飲める機会なんてそうそうありませんが」と冗談を言ってその場を和ませる。それに俯いたままの3号はハッとセイタン卿をみて、19号に至っては、驚いた顔で、涙を流した。それにセイタン卿は「ちょ! ちょっと冗談ですよ! そんなに禁酒することが辛いんですか? むしろもうそれは別の病気か何かでは?」だなんて答える。終始、二人の様子がおかしい中、功労祭は終礼にて配達員讃歌を皆で歌ってお開きとなった。また明日から配達の日々が再び戻って来る。
そんな功労祭が終わった晩、皆が寝静まったところで3号と19号は密会していた。
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