第12話 元勇者から現勇者に宛てられた最後の手紙③

「さて、アーサ。この手紙が届いたという事は俺はどうやら死んだという事らしい。と書くのは流石に古すぎると君は笑うか?」

「ははっ! 古すぎるよダラン!」

 

 ダランの手紙の始まりは実にサバサバとしていた。

 ダラン、元勇者として現勇者のアーサーの元冒険者パーティーにしてリーダーであった男。彼は同じ勇者パーティーの中から一番素質の高いアーサーを自分の後継者として育てる事にしたと記載してあった。それにアーサーは「あっ、そういう感じ、てっきり俺が伝説に選ばれた勇者だからとか思ってた」とダランの手紙に話しかけるように返す勇者アーサー、これにはセイタン卿も3号もまた新しいパターンの送り先だなと思う。


 ダランとアーサーの修行という名目の冒険の日々はそれはそれは輝かしく、聞いている3号とメルトもまた楽しく聞いていた。逆さまに上がる神秘の滝、悪魔に見初められた城では見た事もないアンデットの魔物に囲まれ、焦るアーサーをよそにそんな場所でテントを張ってキャンプするダラン、彼は勇者である前に本当の意味での冒険者だった。生きている限り、新しい物を見る旅に、新しい新天地に足を踏み入れる。

 

 どんな状況でもいつだって冷静でクールな冗談を飛ばすダラン。そんな彼も四十を超えたあたりから、襲いくる魔物に対して反応が遅れる事がちらほらあった。しかし、熟練された彼はそれですら経験を活かして対処する。ダランを勇者たらしめている任命した王国はおろか、パーティーメンバーにも衰えを感じさせない彼だったが……

 

「実はアーサー、お前をパーティーに誘った時には既に胸を病んでいた。これ話したな? まぁいいか、昔とあるダンジョン攻略時にしくじってな。パーティーメンバー全員の命を引き換えに俺が生き延びて手に入れた物は、古代兵器の魔法の呪い。緩やかに俺には死神が近づいてきていたんだな」


 そんなダランは様々な魔法師や回復士に診て貰ったが、古代術式それも呪いの解呪なんてできる者はおらず、一時期は自暴自棄になった。

 何が勇者か! 何が平和の象徴かと! ここにいる男は死を恐れ、絶望に苦悩するただの腑抜けだと皆に声を大にして言いたかった。若く、未来溢れる冒険者達が羨ましいと心底思った。

 そして、ダランは最後に勇者としてダンジョンで散る事を考えた。今までの中でも最上級の仕事を請け負い。最高のパーティーを組んで、そこで勇者もろとも全滅するのだ。

 

「そう、アーサー。君も最初は私と共に骸になる為に選ばれたメンバーだった。本当にすまない。今なら笑って言えるな」

「冗談きついよダラン!」

 

 そんな片道切符の冒険は、この俺勇者、上級魔法師のリエル。燻銀、かつては王宮騎士団長だったジェイス、そして若手としてアーサーお前だったな? 勇者である俺が俺を殺す為に選んだダンジョンの奥地には古代の魔物であるゴーレムが二体眠っていた。あんな物、俺でも初めて見たし、魔法も剣も効きもしない。嗚呼、我が生涯に悔いは何もない。こんな恐るべき魔物に倒されるのであればと……しかしアーサー、お前は違った。どんな状況でも諦めず、剣を振り、俺という勇者を信じてくれた。冒険者の質は年々悪くなっていると言われている。昔の冒険者が戦っていた魔物は魔王や異世界の魔物が生み出した今より凶悪で、凶暴な者が横行していたらしい、それに対して現在はすべて書物でその生態を知る事ができる魔物が殆どだ。


 結果として冒険者の技術や魔法という物は衰退し失われていく物も少なくない。そんな中で、アーサー、お前はリエルの魔法を俺の剣に乗せて放つ理論上は確立していたが、誰も成し遂げた者のいない魔法剣をあの土壇場で完成させる方法を言ってのけた。

 

「嗚呼、勇者とはどんな時でも誰かの光であると俺はあの時に知った。そしてもう俺の時代じゃない。俺を信じてくれたお前の時代だ」

 

 お前を勇者に育て上げる。それが、あれからの俺の生き甲斐だった。嫌がるお前に魔法の手解きをして、手が豆で潰れ、血だらけになるまで毎日剣の訓練、お前はそれでも俺の元から離れなかった。

 

「まぁ、ダランといると楽しかったからな」

 

 きっと、俺は息子ってのがいたら、お前みたいな奴だったんじゃないかなと思っている。勇者が勇者を育てるなんてきっとどこの世界の御伽話にも載ってないんじゃないか? そして、お前程の勇者はこの世界にはきっと生まれない。と言うと流石に親バカがすぎるだろうか? 俺とお前は血なんか繋がってないのに、食べ物の趣味、女の趣味、どこで似たんだろうな?

 

 俺がこうしてお前との思い出、別れの言葉をこれだけ綴れる理由、もしかしたらお前は気づいているかもしれないな? いや、お前は案外バカだから気づいてないか? 

 まぁ、まずはそこから話をしようか? 俺の受けた呪いは、俺をゆっくりと死に至らしめ、そして俺をゆっくりと邪悪な魔物に変えていく。自死を選んでも俺の骸はその邪悪な魔物に変わっていく。そして次に俺が襲う者にその邪悪な呪いをかけるというまさに死の連鎖を産む事になるだろう。

 

「ふぅ……長いですね。少し休憩を頂きます。3号、水を」

「はいはい」


 水筒を差し出してくれる3号に会釈してセイタン卿は水筒の水をグビグビ飲む。


「お水飲んでる姿もかわゆいね! セイタンちゃん! 朗読してる時とは別人みたいだ」「それは恐縮です」「水飲んだら続き読んでよ」とメルトが催促するのて、宛先である勇者アーサーに承諾を得る。

 

「あぁ、はい。勇者様続き、宜しいですか?」

「うん、頼むよ。まぁなんとなくダランの事だから分かるけどさ」

 

 魔法剣、様々な冒険者が理論を立てて取り組んだその課題、俺自身もあの土壇場での一回限りの成功だったが、その威力たるやお前も目の前で見たから知っているだろう。あの後何度練習しても成功しなかったが、俺は残りの短い時間でその原理に辿り着いた。俺は師匠だったとしたら、そんなに良い師匠ではなかっただろう。そんな俺でもお前を本物の勇者として認めた暁にお前に魔法剣の仕組みをこの手紙で教えておこう。要するに免許皆伝ってやつか? 


 勇者ってのはさ、カッコよくなければならないんだ。そして信じてくれる奴の前ではどんなピンチでも笑え。お前はきっと俺以上に勇者の素質がある。カリスマも人望も、実際のあらゆる能力も。

 そんなお前が魔法剣を持てばもう最強の勇者だ。よく覚えろよ。魔法剣は剣に魔法を乗せているんじゃない。魔法に剣を乗せているんだ。意味が分からないと思うが、そういう原理だ。あくまで剣は打ち出す為の道具。常識で物事を考えるな。今のお前なら嫁候補の魔法使いの可愛い女の子の一人や二人はいるだろう? その子とペアになり、息を合わせて魔法剣を今そこで習得しろ。

  

「おいおい、ダラン、流石に魔法剣は無理すぎるだろ。あんたの専売特許じゃないか……俺には無理だってホント」

 

 そして、次の一文をセイタン卿が読み上げた時、3号は開いた口が塞がらず、勇者アーサーは「あぁ、やっぱりそうか。ダラン、このダンジョンにいるんだな?」と一言言った。

 

 そう、セイタン卿が読んだパワーワードは、

 

「アーサー、俺はここに古代兵器のアンデットとしてお前を待っている。悲しみと絶望の化身となった俺だった者の身体を魔法剣で断ち切ってくれ! 勇者アーサー」

 

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