第10話 元勇者から現勇者に宛てられた最後の手紙①

 この世界にはどれだけ頑張っても近づく事ができない天の上の人という存在がいる。例えば王様、例えば教会最高職位の聖女や教皇などと呼ばれる人々、一般人でもお目通りする事が殆ど一生の内に叶わない生きる世界が違う人々。

 終生便りを配る配達員は時としてそんな天の上の人々に終生便りを配達する事がある。


 そしてその誇るべき役目が回ってきたのはベテラン終生便りの配達員セイタン卿、そして配達飛竜3号。見た感じは少し質の良い封筒に入った明らかに普通の終生便りだったのだが、その送り先を見て……

 

「3号、大変です」

「どうしたんです? もしかして配給の麦に台所の黒い悪魔でも入ってましたか? だからあれ程蓋をしっかりしなさいとワタクシ忠告しましたよね?」

「違います! そんな緊急事態なら私失神してますよ。ではなく、今回の送り先なんですが……」

「いつだって送り先はアンビリーバボーでしょうに、で? 薮からスティックにどうしたんですか?」

「届け先が勇者様宛なんです……きっとかつての冒険者仲間でしょうか?」

「ゆぅしゃああ? ワタクシ行きませんよ……」

「大丈夫ですよ。討伐なんてされませんって! 前時代的な」

「なんだかデジャブするやりとりですが、勇者って人は……ダメですよ」

 

 しゅんと小さくなる3号にセイタン卿はどうしようかと考える。

 3号はドラゴンもどきという有翼生物である為、かつては素材欲しさに乱獲された種族である。ドラゴンの代用として討伐練習として多くの同胞が惨殺された。

 それ故、魔法使いや勇者という言葉に非常に敏感になっている。

 

「売春婦が客を選べないように私たちも送り先を選ぶ事はできませんよ。私だって観念しろとまでは言いませんし、相手は勇者様ですよ? 配達員の格好をしている者をいきなり取って食うような事はないでしょう」

 

 何を言っても絶対に信じない顔をしている3号にセイタン卿はハァと呆れる。どの道、どれだけ駄々をこねてもいかなければならないのだ。セイタン卿は時々3号がこんな子供っぽいワガママを言う時は諭すように強引に連れて行く。「早く行かないと時間ばかり食いますよ。ほら、立って! いっちに! いっちに!」

 

 そう言って3号を歩かせるので3号は嫌々ながら、セイタン卿に手を引かれて番号が振られている滑走路へ、これまた嫌そうに手を大きく広げる。


「今日の3号は何だかいつにも増して素敵ですよ! どこが? と問われると困りますが……」

「そういうお世辞は結構ですよ。悲しくなります。じゃあ行きますよ……何故勇者の元に終生便りが送られているのか……」

 

 それは先程セイタン卿が予想したかつて冒険を共にしていたメンバーだったんじゃないかと言うがそんな事3号としては心底どうでもよかった。何か難癖つけないとやっていられない心境だったが、飛び立ってしまうと先程までぐずっていた事が嘘みたいな反応でセイタン卿に尋ねる。

 

「しかし、勇者って世界を救うような連中でしょう? どこかに留まっているなんて事はないですよね? ワタクシは一体どこに飛べば?」

「勇者様は現在、ここより遥か北にある遺跡で大勢の冒険者パーティーと共に大規模攻略を開始するらしくその準備中だそうです。その間は遺跡の近くを拠点にキャンプを張っているらしいのでその隙に渡してしまいます!」

「なんて雑な配達なんでしょう……」

 

 とはいえそうでもしないと勇者なんて連中に終生便りはおろか手紙だって届けるのは不可能に近い。今まで渡すに渡せず燻っていたこの終生便りに関して、局のお偉いさんが、勇者パーティーが留まっている事を知らせ、それを配る配達員としてセイタン卿に3号、二人の名前が上がったのである。

 

「ベテランの私と3号か、トリエラ卿と6号に話が行くところだったんですが、トリエラ卿はかなりの長距離配送となる為、私と3号です。頼られていると思うと悪い気はしませんよね?」

 

 そう呑気にセイタン卿は3号に話しかけるも「ただアテにされてるだけですよ。配達物だけに」「おぉ、上手ですね3号」「冗談を言ったんじゃないですよ」そんな風にご機嫌斜めな3号としばらく空の旅、そんな中でセイタン卿が思い出したように話す。

 

「そういえば、3号のこの高さよりも遥かに高い所に空を飛ぶ魔道具が浮遊しているという話を聞いた事がありますか?」

「かつて、世界を滅ぼそうとした魔物に対して空よりも遥かに高い所から稲妻の槍を放ったという鋼鉄の鳥ですか?」

「そうそう! 今だにそこに誰かがいて終生便りがそこに向かいたがっているらしいけど、あまりの高さに誰も運べないって噂」

「私が知らないわけないでしょう? 貴女と同じ場所で寝食を共にしているんですから、噂ですよ噂、あくまで噂です。そんな高い所に何かあるわけないじゃないですか」

 

 そう言って少し日差しが眩しいが、上を見上げる3号。それは有翼の生き物としてプライドのような物があった。自分が行けない場所をそんな金属の鳥が飛べるわけがないと、そう言いたいのだろう。しかしこれはセイタン卿も違いないと思った。これ以上高く3号が飛ぶ事もできるが唐突に寒くなり息も薄くなる。これ以上は生物が生存できる領域にない。

 

「そんな話をしていると見えてきましたね? あれ、相当な人がいませんか?」

「確かに……お祭りでもあんなに人って集まってくるんでしょうか?」

 

 祭りという物も上空から見ただけで実際にはいかなる物かは知らない3号だったが、何度か旋回しながらゆっくりと着地していく。最初こそ冒険者達は翼竜が近づいてきたので警戒していたが、セイタン卿が手をふり、3号の首にかけられている終生便りの入った鞄を指差す。すると配達員であるという事に冒険者達も手を振り返してくる。ゆっくり、ゆっくりと着地する3号。

 

「セイタン卿、水をください」

「はいどうぞ」


 水筒に口をつけてグビグビと水を飲み干す。空中飛行は相当疲れるであろう事をいつも目の当たりにしているのでセイタン卿は「3号、お疲れ様です。少し休んだら行きましょうか?」

 

 しかし何事かと冒険者達が集まってくる。そして、セイタン卿と3号の制服を見て、冒険者達からすれば非常に縁起の悪い存在がやってきた事に気づいた。「ラスト・ノーティファイか」「なんだそれ?」「冒険者の死を知らせにきた死神だ」「罪人の奴か?」「あんななりで何したんだ?」「禁忌を犯したって話だ」「片方悪魔憑きか?」。

 

「なんだかワタクシ達、大歓迎ですね」

「これ歓迎されてますか? いつにも増してエグい感じですけど」

 

 歓迎のされなさ具合であれば今までの中でもトップクラスであり、さらに大勢の冒険者達、今からこれだけの人数でダンジョン攻略をしようとしている矢先、冒険者の死を知らせにくる終生便りを運んでくるなど、縁起の悪さも相まって冒険者からすればもはや嫌がらせの領域だった。それにセイタン卿と3号が気づいたのは、石を投げられ出した事だった。二人にとって終生便りを送る仕事は至って普通で悪い意味で慣れてしまっていた。「帰れ死神!」

 投げられた石が飛んでくるので身を挺して3号がセイタン卿を守る。

 

「みなさんやめてください! 私たちは終生便りを……」「うるさい! 帰れ」「そんな物ここにいる誰も受けとらねぇよ!」「このまま帰らないと酷い目に遭うぞ!」そう言って投げ続けられる石。石は3号に当たりついには出血、流石にこれはヤバいと思った時。

 

「何をしてるんだ!」

 

 明らかに他とは違う装備に他の冒険者達が恐れを抱いた表情を向ける。その人物の後ろからこれまた他とは違うオーラを纏った余裕すら感じさせられる仲間達が続いてやってきた。

 嗚呼、この人が勇者か、二人はそう思った。

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