第8話 深淵に宛てられた最後の手紙

「今日は近場で2枚も便りを届ける事ができましたね。早いですが帰って夕飯にしましょうか?」

「いついかなる時でも食べる事を優先し生存戦略を勝ち続けてきたセイタン卿には常々脱帽し、学ばされます」

「いあいあ、そんな褒めなくても3号にも作ってあげますよ。麦煮」

「……それはそうと、もう一枚くらい配れる余裕ありますから、配っておきましょうか?」

 

 早朝に出て少し前に二件目を配り終えて昼飯を食べた。夕方というにはまだ明るく、昼間というには日は落ちる準備をしている。もう一枚配れるかどうかという微妙なラインだが、日に3枚配ると配給が増えるというのもまた事実。

 

「そうですね。3号は体は大丈夫ですか?」

「ワタクシはそんなやわじゃないですよ。どれだけ一緒にいると思ってるんですか」

「まぁ、そうですけど……3号が飛べるなら、あと一枚いっちゃいましょうか?」

「提案したのはワタクシですし、断る理由もありません」

 

 これは後々に、終生便りを送る配達員達の中で度々話題になる恐ろしい話である。


 この日、二人はいつにも増して終生便りの配布が早く済み、少し仕事に悪い意味で慣れていたという驕りもあったのだろう。二人が配っている物は言わば最後の叫びなのだ。二人はそんな事を忘れたかのように、「配給が多めに配られたならその分をへそくりとして残しておきましょう」「ハハッ、セイタン卿は実に面白い事を言う。どうせ食い意地が張っている貴女だ。即座にペロリと終えてしまうでしょう」「やっぱりー?」だなんて明るい会話が続く、セイタン卿が配ろうと選んだ手紙、それもまたそこまで遠くない物を選び、一応ベテランと呼ばれた二人であれば十分な余裕を持って帰ってこられる距離だった。

 

「ししょー(笑)。ちゃんとご飯食べてますかね? なんかあの人、ワタクシ達がいなかった落伍者みたいな生活してそうじゃないですか?」

「3号、師匠ロスウェルはあれでちゃんとしてますよ!」

「ふふっ、そうでしょうか? そういえば今から配る手紙は? どなたからどなたへ?」

「兄から妹へ宛てた手紙ですね。どうやらあまり良い死に方はしなかったようです……冒険者としては普通なのかもしれませんが……」

「そうですね。冒険者で良い死に方なんてないでしょう」

 

 ゆっくりと仕事の顔に変わっていく二人。終生便りを受ける相手は心からその人の事を想っている人なのだ。そんな相手にヘラヘラした顔は見せられないし、罪の精算とはいえ、これは仕事だ。仕事である以上二人も本気で取り掛かる。手紙は会いたい人の所に戻ろうとする。そして彼が会いたい人の家はすぐに見つかった。

 

「おや、これは絵にして飾りたいくらい素敵な家だね」

「風車小屋っていう物でしょうか? 非常に趣がありますね。もし、私たちの罪が精算されればこんな小屋で3号と一緒に暮らすのも悪くないですね」

「それは素敵な冗談だ……ワタクシ達にはそんな未来は待ってませんよ」

 

 風車小屋のすぐ近くに降り立つ。喉がカラカラだという3号に水を与え彼女の息が整ったところで、二人で並んで風車小屋へと向かう。

 第一声。

 

「ごめんくださ……」「どちら様ですか?」

 

 ガチャリと風車小屋から一人の少女、年の頃は14歳くらいだろうか? どうやら中には他にも子供達。

 

「あの、終生便りを届けに参りました。私は配達人セイタンとこちらが終生便り配達飛竜3号です」

 

 ペコリとお辞儀をする二人に少女は「終生便りですか……?」と質問されるので「はい、アイザックさんから、貴女はリリさん」「……ひっ!」「どうなさいました?」「い、いえ……お、お兄ちゃんからの? 終生便りって」「冒険者であられたアイザックさんは冒険中にお亡くなりになられました。こちらはアイザックさんの最後の言葉が記載された物になります」

 

 それを届け先のリリに手渡すと、「お、お兄ちゃん死んだんだ……」と一言、それに3号は「ん?」と何か感じたが気にする程の事でもないかと考える事をやめる。

 

「もし、差し支えなければ私がアイザックさんの最後の言葉を読み上げさせて頂きますが、いかがでしょうか?」

「お願いしても……あっ、すみません! こんなところで、中には入ってください」

 

 言われるがままにセイタン卿と3号は風車小屋に入る。そこには大小年齢が離れた子供達が合計で五人もいた。全員がアイザックの妹達なのかと二人は思っていたが、「この中の子達は私も含めてお兄ちゃんの本当の兄弟じゃありません。みんなお兄ちゃんに遊んでもらっていたんです。ところでその手紙、早く読んでいただけますか?」

 

 リリも他子供達も集中する。それは絵本の朗読会でも始まるようなそんな雰囲気の中、セイタン卿はアイザックの最後を読み始めた。

 

 とにかくどこでも良かった。冒険者になって遠く、遠い場所に行きたかった。心残りも沢山ある。あの子供達を置いて行ってしまった事だけは悔やまれる。お兄ちゃん、お兄ちゃんと泣き叫ぶあの子達が思い出される。私は冒険者としては未熟でポーターになった。必要な道具を運び、選び状況によって他の戦闘要員の冒険者を手助けする才能があったらしい。ポーターというこの仕事を始めた頃は周りの冒険者からも相手にされなかったが、いろんなダンジョンで安全に効率よく攻略を進める事が偶然何度かできてから口コミでどんどん私の名前は広まり、結果として私は有名なポーターにまで上り詰める事ができた。

 とはいえ、悔やまれる。支払いに色をつけてくれるという事で、普段よりも随分経験の少ない冒険者達とダンジョン攻略に入る事となった。当初は順調に攻略も進み、冒険者達は私の依頼料以上の稼ぎを、私もそこそこ小遣い稼ぎができていた。そして欲深い魔法使いが砂金の粒が地面に落ちている事に気づく、良く見れば転々と、これは誰かが落とした物ではなく、このダンジョンが金鉱であると結論付けた一向は、さらに深部に進もうと提案。

 

「人間はいつも異性か酒かお金で人生狂わされるもんね」

 

 3号がそう言って膝の上に子供が乗っているのを気にもせずに用意してくれているビスケットに手を伸ばす。3号を見てリリは優しく微笑むので、3号も愛想笑いを返す。それはセイタン卿の朗読を止めるなと言いたいのだろうとすぐに理解。「セイタン卿、続きを」「私は、一度全員を止めた……」

 

 用意したアイテムも心許無くなってきている事、緊急事態にこのメンバーでは対処ができない可能性が高い事。私もポーターとして様々な冒険者と旅に出て並みの冒険者よりも経験値が高い。逆にそれが彼らの自信をつけてしまったのだ。もし金塊があったならば私と冒険者パーティーとで折半でどうだと冒険者のリーダーが提案した。こんなチャンス二度とないと彼は言う。確かにそうだろう。もし金塊が見つかれば一攫千金、私も彼らも当分危険なダンジョンに潜る必要はない。私はこの時、このダンジョンで出くわす魔物のレベルからこれより少し上位の物が出てきてもなんとかなると考えて彼らの提案を飲んだ。


 私とて一般冒険者であればすぐさま死んでしまうような魔物、危険な地を幾度となく攻略してきて、それなりに道具や剣を使って戦える。

 攻略を続行した。深部に進むと魔物の凶暴さもより上がり、ギリギリこの冒険者メンバーと私でも進めるレベルになってきていた。しかしそれが良くなかった。彼らは自分達が強くなっていると過信し自信をつけて進んでいく。そして広い場所に到達した。どうやらダンジョン内の地底湖だ。そして「あの湖の底、あれは金じゃないか?」誰かが叫んだ。良くみると確かに金らしい物が沈んでいる。全員歓喜した。手を合わせて、踊る者もいる。かくいう私も大金が入ってくる事に目が眩んだ。これだけの金があればと私も冒険者達と地底湖に降りる場所がないかを探す。

 そしてその道はすぐに見つかった。階段状に石が積まれており、人工物のようだった。そして私たちは地底湖の前までやってくると、拾える所にあった拳大の金を広いそれが本物であるとその喜びは天にも昇る程だった。皆、一斉に湖に入り、我先にと大きな金塊を運び込もうとする。私は湖が妙に粘着質で温い、そして臭う事に湖からすぐに上がり、「皆さん、これは大王ミミックです」と叫ぶが時既に遅し、私を依頼した冒険者達は湖と思われていた大王ミミックの口の中でパクリと一飲みされ、彼らの冒険はそこで終わった。私は荷物を全て置いてそこから逃げようとした。不意打ちでは上級冒険者ですら丸飲みにしてしまう危険な魔物、あんなの相手ではどうしようもない。私は階段をかけ上がった。本来攻略依頼を受けていた場所であれば丸腰でもなんとか地上に出る事はできる。


 そう走り、息を切らしながら私は階段で転んでも這うように走った。本来ミミックとはその場に留まり餌がくるのを待っている魔物だが、大王ミミックは共生している魔物がいる。ミミックが動けない代わりに餌をわけ代わりに手足として取り逃した者を追いかけるデビルボア。あれは縄張り外に出れば追ってくる事はないが、ミミックの口の中の匂いがついている者を縄張り内であれば執拗に追ってくる厄介な魔物だ。とにかく階段を登り切れば縄張りの外に出られるだろうと私は考えて必死だった。

 

「階段を登り終えた先、最初にあった入り口は無くなっていた。ここは大王ミミックの狩場だったのだ」

 

 

 セイタン卿と3号が風者小屋に入り、少しばかりの余韻の後、セイタン卿は終生便りを封筒に戻し、リリに手渡した。

 

「これにて終生便りを配り終えます。アイザックさんは皆さんに最後の言葉をあまり残す事はありませんでしたが、きっとそれを残す事よりも大王ミミックに捕食される事が恐怖だったんだと思います。冒険者という人々は自由気ままでいて死ぬ時もまたあっけない物です」

 

 セイタン卿はそう言う。それに3号が怪訝に思っていた雰囲気をセイタン卿も感じとった。この風車小屋の子供達はアイザックの死に対して悲しんでいない。いやもちろん冒険者でも有名な者が亡くなった時、お疲れと笑顔で送る人達もいなくはないのだが、その中にも寂しさや悲しさが入り混じっている物なのだ。それがここにいる子供達には一切感じられない。

 終生便りを送る宛先には様々な場所や人がいてそれぞれ考えている事も違うゆえ、セイタン卿も踏み込んでそこに関わろうとはしない、が流石に子供達相手であると少し気にもなった。

 

「あの……アイザックさん、皆さんのお兄ちゃんについてどうしてそんなに穏やかなのでしょうか? 出過ぎた事かもしれませんが……少し気になりまして」

 

 3号は頬杖をつきながら、同じくセイタン卿と思っていた事だった為、この風車小屋の年長であるリリの言葉を待った。他の子供達が全員セイタン卿を見つめる。セイタン卿はそんな子供達に愛想笑いを浮かべるが、子供という生き物は愛想笑いや本心ではない行動、態度に敏感である。そんな静寂の第一声はリリだった。

 

「お兄ちゃんは、とても元気な方でしたから、なんだか目に浮かぶようで、不思議ですよね? 全然悲しいとかじゃなくて、逆に面白可笑しくなっちゃったんです……ねぇ! みんなぁ!」

 

 

 アハハハハハハハハハハ!

 アハハハハハハハハハハ!

 

 ギャハハハハハハハハ!

 ヒィヒィ! ハハハハハ!

 

 子供達は笑い出す。リリも笑い出す。その雰囲気に飲まれていたセイタン卿の横にいつの間にかやってくる3号は肘でチョンチョンとセイタン卿を突くと「なんだか酷く良くない気がする。帰るよセイタン卿」と3号が言うので、我に返るとセイタン卿も「え、えぇ……そうしましょうか、私たちはそろそろお暇しますね」

 

 そう言うと今の今まで響いていた笑い声がぴたりと止まる。そしてリリがヘラヘラと笑いながら「ねぇ、私たち今から凄い楽しい所に行くんです! 郵便屋さんも一緒に行きませんか? きっと楽しすぎて満足しますよぉ! ねぇ? 行きましょ!」

 

 ねぇねぇ行こう! お姉ちゃん達行こう! と子供達が寄ってくる。それに対して3号はセイタン卿の前に立ち「結構です。ワタクシ達、仕事中ですので、どうぞお楽しみください。それではワタクシ達は帰ります」そう言って扉を開けると3号はあえて飛ばずにセイタン卿の手を引いて走った。風車小屋から離れた村までやってくる。女の子同士が手を引いて走っているので、村の人達は微笑ましい様子で笑っている。ここなら大丈夫だろうと3号が両手を広げようとした時……


「3号待ってください! 先ほどリリさんに渡したハズの手紙が……」

「ひぃ! なんでセイタン卿そんなの持ってるんです!」

「いえ、知りませんよ!」

 

 慌てる二人の元に、器量が良く優しそうなこの村の女の子が話しかける。

 

「配達員さん、慌ててどうかなさいました?」

 

 セイタン卿はその手紙が今、渡されるべき人間の所にある事を感じる。この手紙を渡すべき相手……

 

「アイザックさんという方をご存知ですか?」

「えっと、アイザックは私の兄で、私はリリと申します……」

 

 セイタン卿はこの手紙はアイザックの終生便りである事を伝えると例に漏れずこの村のリリは泣き崩れた。そんなリリを介抱し、彼女の家へと向かう。その間、二人は風車小屋にもリリという名前の少女がいて、アイザックの知り合いだった事を伝えた。

 

「そんな馬鹿な……あの風車小屋は少し前に村の内外の女の子達がイタズラされて無惨に惨殺された遺体が沢山出てきた場所です。もうあの風車小屋は使われていませんし、今年中にあの風車小屋は撤去される予定になっています。誰もいるわけありませんよ。そんな事より、配達屋さんは兄の手紙をずっと持っていられたんですよね?」

「えぇはい、リリさんにお届けする為に、それが何か?」

「いえ、なんでもありません。これお礼のチョコレートです。甘くて美味しいですよ。帰りにお口汚しにでも」

 

 そう言われ、リリの兄の手紙を再び朗読、リリは何度も泣き、アイザックの死を悲しんだ。そして手紙を渡した事で、セイタン卿と3号はようやく自分達の住処に帰れる事になる。多分、アイザックが何者で、あの風車小屋の子供達がなんだったのか大体の予想をしながら……

 

「今日は中々ハードな一日でしたね。そうだ! 3号、チョコレートを貰ったので食べて帰りましょうか?」

「たまにはセイタン卿も良い事言いますね! 頂きます!」

「おっと……! あぁ勿体無い……」

 

 チョコレートが温度で溶けて一粒落としてしまった。「全くおっちょこちょいですねセイタン卿は! そのチョコレートは蟻にでもあげましょう」

「そうですね」

 

 なんとなく3号が見ていたチョコレートに這う蟻、それが次々と痙攣して死んでいく。

 

「セイタン卿! そのチョコレート捨てなさい!」

 

 あーん! と食い意地が張ったセイタン卿が一粒食べようとしているのをはたき落とす。「痛っ! 何するんですかぁ!」と喚くセイタン卿に対して「いいから行きますよ……乗ってください」

 

 大きく手を広げて飛竜に変わる3号、その3号が浮かび上がる時、誰かが……いや、アイザックの妹が走ってきて、セイタン卿と目が合うと両手を振った。

 それにセイタン卿も手を振って返事。

 

「あのチョコレート毒が盛られていました」

「えっ? リリさんがなんで?」

「分かりません。ですが、あの風車小屋での惨劇、おそらくアイザックさんではなく、リリさんの仕業でしょう」

 

 どういう経緯があるのかまでは3号には調べる方法もないが、3号は走ってきたリリが後ろ手に包丁を隠し持っていた事をあえてセイタン卿には言わなかった。


 多分、いや間違いなくリリの瞳に映っていた物は嫉妬だ。リリは狂おしい程にアイザックを好いていたのだろう。そんなアイザックに近寄る若い女の子を……とか妄想をしたが、真実は闇の中。

 

「おぉ、深淵よ! 見返すな! 我もまた覗く事はしない」

「なんの詩ですか3号?」

「厄除けのおまじないです」

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