第7話 大魔女ロスウェルに宛てられた手紙④
「アーディー、アーディー……やめてください! 死なないで……返事をして……」
私にとって、自分の使命、宿命、運命。その全てを捧げた少年が物言わぬ骸に変わった。この三角錐の遺跡、およびアルケイディアが不可侵領域である理由が分かった。今の冒険者のレベルでは到底どうにかできる範囲を超えている。私が今、まだ死なずに生きている理由は自らの寿命を使ってここにいる魔物達に対抗できるだけの力を使っているから、人間からすれば悠久の時間を生きると言われている魔女の寿命ですら垂れ流しのように吸う禁術魔法。偽りのエデン、私はもう後先長くない事を知っている。
「アーディー、ルッツ、イガルガ、エコー、ネイサン、私もすぐにいきます。ですから少しだけ力を貸してください」
私はアーディーが使っていた太陽の剣を掲げ、強烈な魔法を連射しながら魔物達を滅ぼし三角錐の中心部へとやってきた。
「はぁはぁはぁ……どうにかこうにかまだ死なずに目的地に到達できました……あとは……」
中心部にあるタリスマンを見てフェノールはそれがどういう物か知識の上で処理し、そのタリスマンから得られる情報を魔法で読み取っていく。そこでそれが何で、何が今起きようとしているのか……それを理解した。
そこまでセイタン卿が読み終えると水を一口飲んだ。それを見計らって大魔女ロスウェルは話し出した。
「その三角錐、呪櫃の城はワシが作った物じゃ」
「は? ししょー(笑えない)が? なんの為に? というか、もしかしてこれって……」
「3号!」
「あっ……ご、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げる3号に、大魔女ロスウェルはセイタン卿と同じく水差しから水を入れて飲むと何度も頷いた。3号の言わんとしている事を肯定し「そうじゃな、ワシがフェノールも、フェノールの仲間も殺したようなもんじゃな。しかし、あれはそういう風にワシが作ったからの」と「どういう事?」。という3号の質問に対して、目線だけでセイタン卿が3号に「めっ!」と怒っているのに大魔女ロスウェルは少し微笑んで「アオ子、続きを頼めるかの?」というので、セイタン卿は手紙に集中する。
「これって……お師様が? なんでこんな物を……というかあんなお師様が……いや、あの人は……私のお師様は……異世界の魔物を退治した英雄様の一人だったんだ……」
かつて世界は滅びを迎えようとしていた時代があった。どこからともなく現れた滅びの権化、人間も魔物も等しく滅びを与える災害のような何か、それを人々は異世界の魔物と呼んだ。各国は異世界の魔物を討伐する為に多くの優秀な戦士達を派遣し、数日ともたずにそれらが全滅、滅びを受け入れなければならないのか……そう思った時、十人のそれぞれの武芸や魔法に精通した物達が力を合わせ、命をとして異世界の魔物を封印した。
その守人として、魔女ロスウェルは自らに不死の呪いを受け、代わりに他の仲間は全ての命を使い異世界の魔物を閉じ込める呪櫃の城を生み出した。外からの侵入者には容赦なく殺害するような魔物達を配置し、異世界の魔物が出てこようとすれば中心部の呪櫃が異世界の魔物を締め付けるように未来永劫異世界の魔物が出てこれないようにする巨大な仕掛け。
「でも、お師様達の時代よりも異世界の魔物は力をつけ、この呪櫃の城を破ろうとしている。お師様がこれに気づかないわけがない。お師様は世界をお見捨てになるつもりだったんだろうか? 私はそうはしない。アーディー達が生きた意味を残します」
私は呪櫃の城の中心部において異世界の魔物が封じられているそこで魔法力を練り込む。限界まで禁術で跳ね上げた魔法力を持って、異世界の魔物を封じる呪いに自らもなろうと、それが私の最後の仕事。
それは呪として異世界の魔物を縛る鎖となるか禁術で自らの時間を使い終えるかの孤独でそして誰にも知られる事はない歴史的な大魔法だったのだろう。きっとこの勇者パーティーを派遣した国は、誰も帰らなかった。が、勇者パーティーは世界を救ったと流布するのだろう。そんな事を考えながら私はたった一人、眠ることもせずに呪櫃の城の中心部で事切れた。
だが……彼女は魔女。
「……あぁ、やった……あと少し魔法力が足りなかったら……世界を救いましたよ……」
自らが死ぬ瞬間すら魔法で遅らせた。やってやった。これからまた数百年は異世界の魔物が動き出すような事はないだろう。
「お師様、どうですか? あなたの優秀な弟子は世界を救って見せましたよ!」
「世界程度で自分の命を捨てよって……このどアホウめが……」
「私、死ぬ瞬間気づいたんです。お師様があんな山奥に隠居していた理由。もう魔女が外に関わってはいけないと言った理由、お師様もかつてはパラディンとして冒険者だったんですよね? ですが、悲しい物を見すぎた。分かります。私もそうでした。だから、お師様は私に私が知っている事しか教えようとしなかった。違いますか?」
「その通りじゃ……」
お師様は世界を救った私を褒めてくれますか? それとも、叱ってくれますか? こんな私を笑ってくれますか? もう一度、生まれ変わったら、お師様の弟子にしてくれますか?
「お師様、大好きでした」
そこでフェノールの終生便りは終わっていた。そこまで聞き終えると、大魔女ロスウェルは「ツノ子、降ろせ」というので、「はい、かしこまりました」と3号は大魔女ロスウェルを下ろす。大魔女ロスウェルは自分の席に戻ると、無言でパンとシチューを食べ始める。それを見て、3号も同じように食べ、セイタン卿は若干ついていけなかったがようやく明日を見ることができないフェノールを送る大魔女ロスウェルなりのやり方であると気づく。
それにセイタン卿も倣った。黙食、お腹がいっぱいでも食べ続ける三人。用意されたパンも鍋一杯のシチューも全て食べ終えると、セイタン卿はこの辺鄙な場所にこんな質の良い食材が揃っていた事について「師匠ロスウェル、貴女は本日フェノールさんを送る為に準備されていたんですね? きっと、この山を降りて食材も買い揃えて、私たちが来る事を見越して」「そうじゃな。お前達には手間を取らせたの」、もう一度弟子との日々を大魔女ロスウェルは思い出したかったようだった。3号はあの雑用係を思い出して少々嫌そうな顔を見せるが、楽しくなかったかといえば結構楽しかった。「本当に弟子になれたらそれはそれでワタクシ、悪くなかったかもしれませんね」とか言ってみるので、
「お前達今日は泊まっていくか?」
と大魔女ロスウェルの問いかけに対して、二人は同時にこういった。
「「これにて大魔女、師匠ロスウェル様への終生便りを配り終えます。そして速やかに帰還します」」
「そうかい、なら外まで見送ろうかね」
塔の出口まで案内されると大魔女ロスウェルは二人に「そうじゃ、お前達に証を与えておらなんだな。ほれ!」、と大魔女ロスウェルが指を振ると、セイタン卿と3号に魔法のルーンが刻まれ、消える。「ししょー(笑)。これって……」「自由にここに出入りできる魔法……でしたか?」二人は何もない壁に触れるとそこから外に出ることができる。今までほぼ監禁されていたような状態だったが、ここに再び配達にくる事は基本ないし、こんな力を今更与えられても無意味なのだが……。
「弟子達を長期の野外修行に出すからの、お前達のやるべき事が終わればちゃんとここに戻ってきて修行の続きじゃ」
「えぇ、ししょー(笑)。ワタクシ達、多分配れど配れど、ここに戻ってはこれないですよ。多分そういう風にできてるんですよ」
「あはは、師匠ロスウェルとても嬉しいご提案ですが……貴女をただ待たせるだけですよ」
そう言う諦めモードの二人に大魔女ロスウェルはカッカッカと笑う。小さい女児にしか見えないが、気がつけば二人にとって短い間だったのに確かに彼女は師匠になっていた。
「わしは不死じゃぞ? いくらでも待てるし、お前達を待たしてくれんか? それに、お前達知らんのか? 明けぬ夜はないのじゃ。それが遠い朝だったとしてもな? 必ず朝は来る。必ず二人揃ってわしの元に戻ってこい。道中寒いからの、生姜の茶を持っていけ」
魔法の瓶に入れられ熱さが冷めないようにできているそれをセイタン卿に手渡す大魔女ロスウェル、「じゃあ、ししょー(笑)も風邪ひかないようにね」と言って3号は手を広げる。ゆっくりと有翼の何かに変身するとセイタン卿はその背に乗った。大魔女ロスウェルは「これは餞別じゃ」と言って二人に魔法加護、帰りの道のりを楽に戻れるように何かの魔法をかけてくれた。セイタン卿は手をふり、大魔女ロスウェルは二人が上空に上がると塔へと戻っていく。
「セイタン卿、ししょー(笑)って何気に凄い魔女だったんですねー」
「いやぁ、驚きです。最初に私たちが知らないと言ってのは大変失礼でしたね」
「でもさ、世界を救った英雄とか、ワタクシ全く実感湧かないですね。ワタクシ達はこうして罪の精算という名目で色んな場所にいく事がありますが、実際のところワタクシ達の世界は狭いです」
「まぁ、確かに」
上空から色んな国の営みや冒険者達の冒険を眺める事はあれど、そこに関わる事も二人にはないし、なんだか夢物語を見せられているような感覚に陥る。配達を終えれば、生きていける程度の食事の配給と、独房みたいな部屋で寝て、また次の配達先にいく。鞄の中の手紙の数をもう最近は数えていないが、二人が寝ている間に確実に増えていく。
「セイタン卿、なんか二つ目の呪いもらっちゃいましたね? あのししょー(笑)本気でワタクシ達を弟子にする気満々ですね」
「えぇ、でもとっても優しい呪いです。師匠ロスウェルが淹れてくれたお茶飲みますか? 温まりますよ」
「うん、いただきましょうか、セイタン卿は気遣いができる人で何よりです」
「なんかその3号随分久しぶりな気がしますよ」
冷たい風の中、温かいお茶を飲み、白い息を吐いては空を漂う二人、もう少しだけ、あと少しだけこの余韻に浸っていたいなと思いながら、二人は二人が帰るべき場所へと戻る。同じ配達員達が配達に向かうのを敬礼し見送りながら、できるかも分からない鞄の中の手紙を配り終えてみようかとセイタン卿と3号は言葉にはしなかったが、そう考えた。
「我らの目指す朝は遠く、されど明けぬ夜もなし」
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