第6話 大魔女ロスウェルに宛てられた手紙③

 拝啓お師様。

 

 こんな書き方をすると貴女はきっと世界にその名を届かせた大魔女であるこの私をアホウが、とでも言うのでしょうね。

 

「本当にアホウめが」

 

 魔法という物、学べば学ぶ程に奥が深く、それを極めようと思えばきっと一生の全てをかけて勉強につぐ勉強の日々なんでしょう。

 そんな事、お師様に言うのはトロールに詠唱とでもいうべきでしょうか? まず最初に出来の良すぎる弟子で申し訳ございませんでした。お師様の元で私が新しい魔法の知識や術式を学ぶ事はありませんでした。そもそも私は伝説の大魔女。ゼシル・アルバトロスに弟子入りを断られたので仕方がなく辺境の魔女であるお師様に弟子入りしたわけなのです。

 

「初耳じゃぞ……というかあやつワシの事を、そんな風に思っておったのか……」

 

 今にして思えばお師様との日々は出来の良い私が炊事洗濯と殆ど奉仕活動のような毎日でした。お師様に取っては食事水準が大幅に改善された事でしょう。非常に懐かしく思えます。


 ある時、殆どお師様が表に出さないグリモアを虫干ししていた時に……というかご存知ですよね? 世の出してはならない禁術だらけのグリモアを見つけました。使い切りの禁術書といった物でしょう? 中には使用が既に行われていてグリモアから消えている物もありましたね? その中で私が使用した魔法、寿命を使って奇跡を起こす禁断の魔法。偽りのエデン。


 魔女の寿命は長すぎるのです。私は魔法という学問を極める為には長い寿命を持って勉学の日々では境地に辿り着けないとそう確信しました。

 命とは、滅びゆく中でより強く美しく光り輝く物なのです。

 名も残らぬ冒険者達は何を思い、何を願い、その命を散らしたのか、私が冒険者の道を選ぶのに時間はかかりませんでした。お師様と違い私は要領がよく、器量も良いですから、それに強力な魔法を行使できるとなれば上級の冒険者パーティーが私を放っておく事はありませんでした。


 魔法という力においては一日の長がある私でしたが、それ以外の事は人間達に劣り教わる事も多かったです。

 友情、努力、愛、嫉妬、憎悪、悲観、歓喜。数々の人間達の感情と共に私は彼らと旅をしました。


 私は人間達と旅をしたのです。

 

「アオ子、少し休憩はいらんか? 読み疲れたであろう?」

「いえ、ロスウェル師匠。私は大丈夫です。続きを読んでかまいませんか?」

「あぁ、読んどくれ」

 

 いろんなパーティーと共に旅をしました。そんな中で、私が最後に参加したパーティー、それは所謂勇者パーティーと呼ばれる個々人が信じられない力を有した連中でした。


 まぁここで私の旅は終わる事になりますが、私はこの頃になると最強のアークウィザードなんて言われていました。そう、私も勇者の一人として数えられていたのです。かつて、この世界を覆ったという異世界からやってきた脅威、それが復活するかもしれないというお告げをとある国の占い師が受けたというのです。その調査メンバーとして数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程の依頼料と共に彼らはやってきました。

 

 見たこともない強力な魔法の加護がかけられた武器に武具、そんな物に身を包んだ勇者パーティー、私の魔法の力にも引けを取らない彼らに私が加わるという事はそれはまさに世界を救える程の力を持った冒険者パーティーでした。そして逆に言えばそれだけの面子を集める必要があるという状況であったという事に最初から気づいていたのも私だけでした。

 

「遠い、遠い地です。そこはアルケイディアと呼ばれるかつて古代文明が栄えていた場所へ、私を含めた勇者パーティーは向かいました」

 

 セイタン卿の読み上げに反応したのは大魔女ロスウェルではなく、3号だった。何故なら、その話は配達員なら歌として学んでいるから、

 

「冒険者挽歌の旅人はまさかししょー(笑)のお弟子くんだったとはね」

「続きを読みますね?」

「あぁ、水を差して悪かったです。ししょー(笑)もセイタン卿も」

 

 前人未到の地、アルケイディア、誰も立てない場所と意味をつけられたそ地で私たちを待っていたのは、文献にも載っていない見たこともない魔物達。私の得意の業火の魔法で火傷程度しかダメージを与えられなかったんですよ。


 信じられますか?

 そんな場所でも私達を率いた真の勇者というべき少年、アーディーは勇敢に戦いました。太陽の剣を持って情報のない未知の魔物達を倒して突き進んだのです。この時、私が止めるべきでした。学者である魔女の私が正体を晒して一度体制を立て直すべきだったとそう後悔しました。


 アルケイディアにやってきて十日目、私たちを強力な防御の加護で守ってくれていた大きな盾を持つ仲間が死亡しました。随分無理をしていたんでしょう。来る日も来る日も性質の分からない未知の魔物を手探りで倒す方法を学んでいた私たちの為に盾としてその命を散らしてくれた彼、私にもう少し皆を信じてもいいんじゃないかと子供でも相手をするように語ってくれました。

 私の方が遥かに年上なのに、10代の人間の少女とでも思ったのでしょう。彼の言う通り、私は最後の最後まで彼らを信用できなかったのかもしれません。

 三週間目にもなるとさすがは勇者パーティーです。大抵の魔物への対処と準備を完成させアルケイディア探索を進めます。

 

「黒い三角錐の遺跡を見つけました」

「呪櫃の城だの……」

 

 絶望という物は一度身に降りかかると呪いのように次の絶望を運んでくるようです。対処法を知っていると思っていた魔物、その性質変化した個体により、次なる犠牲がでてしまったのです。私と同じく魔法使いとして勇者パーティーに参加した一番年少の少女です。彼女は私に魔法の教えを乞いそして同時に対抗心を燃やすとても愛らしくそれでいて研究熱心な魔法使いでした。


 人間の短い一生だからこそ彼女はここまで魔法を高めあの場に参加できたのでしょう。雷の魔法で倒せると思っていた個体に対して、黒い三角錐の中にいる魔物は全く真逆の性質を持っていました。雷を受けると自らその魔法を強化し全方位に放ってきたのです。

 一番前にいた彼女は黒焦げに、救いがあるとすれば即死だった事でしょう。他のパーティーメンバーも飛び火したその魔法により重軽傷を負う事態。

 アーディーは一番前を進み、黒い三角錐の魔物達を蹴散らし最深部に進みました。私はこの時点でこの旅はそもそも、片道切符の旅だった事に気づきました。おそらく私たちは先遣隊という名ばかりの決死隊なのでしょう。


 このレベルの冒険者達で歯が立たないとなると次はどうするか……自由気ままなその日暮らしの冒険者という者達はこういう使い方には向いているのです。

 私はまんまと乗せられてしまった事を……三人、四人とパーティーの仲間の死を看取りながら怒りと悲しみと……私一人であればなんとかここから脱出する事は可能だと、邪悪な考えを持つようになります。

 

「でも、ししょー(笑)のお弟子さんは、逃げなかったのか? それとも逃げようとして死んでしまったのか……結果は全て終生便りが物語っていますよね」

「3号、これは師匠ロスウェル様への終生便りです。茶々をいれないでください」

「口がすぎました」

 

 私は、逃げようと思いました。残りの冒険者を全て捨てて、そう思った時、私の前には太陽の剣を持ったアーディーただ一人だったのです。まだ十五になったばかり、この冒険の途中でささやかな祝いをした彼は、勇者として、私に生きて逃げるように指示を出しました。


 分かりますか? いいえ、お師様なら、同じ魔女のお師様なら分かるでしょう。たかだか15年しか生きていない人間の子供に、私は生かされようとしたのです。


 吹っ切れましたよ。

 流石に……。


 その日の晩、私はアーディーの童貞を卒業させました。私の女の身体を心ゆくまで本能の赴くままに味あわせ、共に生きようと闇の中で求め合いました。私がお師様に教わった事で思いだされる事、3大欲求は生きる活力になる。眠り食らい、排泄する。この三つで生物は大体なんとかなる。なんて雑で下品で、魔女らしくない考えだろうと思いましたが、この時はこれほどまでに救われた事はありませんでした。


 三角錐の遺跡を進み、一日夜を超える度に私とアーディーは繋がりました。私はアーディーだけは生きて帰してあげたいとそう心から思ったのです。私には偽りのエデンという有限の奇跡がついています。いかに未知のダンジョンにおける未知の魔物であろうと、この禁術の効果は的面でした。この三角錐の遺跡の最深部に何かがあり、それを破壊する事ができれば私たちの……いいえ、アーディーの生存戦略は成し遂げる事ができたと言えるでしょう。私はもう既にこの時点で生き残る事を諦め、やめたのです。


 できる限り、お師様に格好がつくように、私自身に魔法をかけました。今、冒険者で死にゆく者の為にその最後の記憶を届けることができる魔法を開発されたんです。人間という種族は脅威ですね……お師様はきっとあの霊山から出る事がないので、新しい物に触れる事はないでしょうが、外の世界はすごいです。目まぐるしく進んでいきます。お師様の言葉、魔女は表舞台に出る必要はないという言葉を否定します。


 私は愛するアーディーがこれからこのアルケイディアから脱出し、いつか可愛いお嫁さんをもらい、私の事を忘れていけるように、彼を助ける為に私その為には生まれてきたんだ! 

 

 そう、私は全ての力を命を魔法力に変換し、彼に立ち塞がる全ての脅威を取り除く、私はお師様に私がお師様の反対を押し通して外の世界に来た事を後悔なんてしない、禁術に身を滅ぼす事も後悔なんてしない。

 



「そう決意した日、アーディーが遺跡の最深部、鉱物の身体を持つ魔物の攻撃になす術もなく死んだ」

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