第5話 大魔女ロスウェルに宛てられた手紙②
「工房の掃除が終わったら次は洗濯じゃツノ子、アオ子は食事の準備は終わったのかの? 終わったらツノ子を手伝ってやっておくれ! 何せ量が数年分だからの!」
二人はあれよあれという間に雑用を押し付けられていた。終生便りを配りに来たと言おうとしてもその前に他の仕事を押し付けられる。要するに修行中なのか、丁稚奉公中なのか、わけが分からない事になっていた。
セイタン卿は言われた通り料理の準備を終えると、イライラしながら怒りと憎悪を洗濯物にぶつけるようにゴシゴシ洗っている3号の手伝いに向かう。
山のように積み上がった洗濯物を見て苦笑。
「あんのロリババァ……ワタクシが配達員の身分じゃなければ噛み殺してやるところですよ……」
「まぁまぁ、この奉仕活動は閉口を感じざる負えませんが、食事は期待して頂いてて結構ですよ! どういうわけか食材はこんな場所なのにえらく整っており、私換算で普段の食事の100倍豪華と言っておきましょう」
「おや、食い意地に全振りしているセイタン卿がそう仰るのであれば期待せざるにはいられませんよ。しかし……」
この洗濯物いつになったら終わるんだ?
一体どれだけ溜め込んでいたんだあの大魔女様はと。一人で住むには広すぎる工房と小屋が一緒になった塔。入口は魔法の刻印がないと入れず、出れない。大魔女ロスウェルに招き入れられたが、刻印を貰っていないので、出れない。まさに監禁されているような状態だ。いくら終生便りの配達員が咎人だったとしてもこの扱いは何か考えろよと3号は愚痴をこぼしていたが、大魔女ロスウェルがやってくる。
「お前達、まだ洗濯をしておったか、よいよい。今日はここまでにして食事にするぞ! はよう食堂へ来い」
やれあれをしろ。これをしろと言いつつ突然の思いつきのように指示した事を中断させる大魔女ロスウェル。「くっ、あのロリババぁ、もう我慢ならねぇ!」「どうどう、もっと冷静で私を小馬鹿にする普段の3号に戻って頭を冷やしてください。あのなりですが、中々お年を召してらっしゃるのでしょう。お年寄りには優しくですよ。3号、はい息を吸って、吐いて、はい、や・さ・し・く」。カンカンに怒っている3号を抱き止めながら落ち着かせる。言われた通りキリの良いところで洗濯を終えると、塔の3階にある食堂へ向かった。そこにはセイタン卿が作ったご馳走が並んでいた。
鍋に入ったミルクとチーズたっぷりのシチュー、そして柔らかく焼き上げているふっくらとしたパン。
「
「でしょ? 3号、さぁいただきましょう!」
笑顔で食堂に入ろうとした3号とセイタン卿に大魔女ロスウェルは手を前に出して入るなとジェスチャー、まさか食事までおあずけかと3号が睨みつけていた時、大魔女ロスウェルは、
「弟子達、汚れているぞ! 風呂を浴びてこい! 感謝せいよ? ワシが準備してやったのだ」
食事前に身体を洗い清めよと大魔女ロスウェルは言う。確かにそれはマナーだなと二人は最上階のだだっ広風呂へと向かう。準備をしたと言うがここの掃除をしたのは数時間前のセイタン卿と3号。ここも殆ど使われていなかったのか、苔すら生えていた。しかしどうやって大量のお湯をここに入れたのかは魔法的な物なのかと二人は考えないことにして服を脱ぐ。
「おや? セイタン卿、何をモジモジされているのです? もしかしてワタクシの前で一糸纏わぬ姿に恥じらいを覚えているのですか? 生娘でもあるまいし」
「生娘ですよ!」
「ああそうなんですか? あれもしかしてセイタン卿、本当に性的にワタクシがセイタン卿に惹かれているとかそういう性癖の変態淑女であらせられる?」
「違いますよ3号。貴女程魅力的な肢体をしていないので普通に恥じらってるんですよ。毎日栄養のえの字もなさそうな麦煮しか食べてないのでこの有様ですよ」
恥じらいを通り越したのかセイタン卿は3号の前で自らの裸体を晒す。湯船に浸かりながら3号は「見ようによってはスレンダーですよ」「お世辞はいいです。ただでさえ痩せっぽっちなのに涙でさらに萎みそうです」と言ってちゃぷんと3号の隣に並んで湯船に浸かる。
「ほふぅ……こんなお風呂今まで入った事あったか記憶にないですよ」
「セイタン卿、この風呂の心地よさもいいのですが、早く身体を洗ってご馳走と洒落込みましょうよ。あのロリババぁにこき使われた分は食べて元を取らないとワタクシ我慢の限界故、洗って差し上げますよ」
「ふぅ、それもいいですねぇ、え?」
湯船から出ると石鹸を泡立てて3号はセイタン卿の頭を丁寧に洗う。「痒いところはありませんか?」「3号、それは何か性的なサービスというやつですか?」「思春期のオスガキじゃあるまいし、脊髄エロ反応もいい加減になさい。はい、同時に身体も洗いますよ。ばんざいしてください」「はい」。セイタン卿は着替えもそうだが3号に手伝ってもらうことが多い。流石に鳥の雛のように食事を口を開けて待っていることはないが、身支度関係は割と3号に依存している。ゴシゴシと身体を洗い、頭と身体を同時にお湯で流す。「フルフルしてください」と3号が言うので、水気を飛ばすために顔を左右に振るセイタン卿。「3号、次は私が背中流しましょうか?」「お願いできますか? 鱗の部分は強く擦ってもらっていいので」「わかりました」。くるりと振り向くと3号が背中を見せている。何かの幾何学模様の刺青が肩から背中まで入っている3号。それにセイタン卿は優しく触れてみると「ひゃう! 性的サービスは禁止ですよセイタン卿」「失礼しました。綺麗な模様なのでつい」「先鋭芸術です。羨ましいですか? まぁ嘘ですけどちゃっちゃと洗ってロリババァの元に戻りましょう」とはいうものの、間近の後ろから見る3号にセイタン卿は興奮を隠すことはできなかった。「あの3号」「どうしましたセイタン卿」「全体的に3号エロいですね」「……これだから人間は」出発前を蒸し返しそうなので、お湯をざぶんとかけて「ご飯にしましょう3号」と強制的にお風呂タイムを終了させる。
風呂上がりに冷たいミルクが用意されていた。“弟子達、風呂上がりの水分補給に飲むように!“と書かれているのでありがたく頂戴する。
着替えも綺麗なローブが二つ。
「あのロリババァ、本気でワタクシ達を弟子にするつもりですかね? まぁ、麦煮と配達の日々を取るか、ロリババァの介護とご馳走、考えるまでもないでしょうか?」
「3号、それは非常に魅力的なお話ですが、私たちって職場放棄したらどうなるんでしょうね?」
3号は腕を上げて見せる。腕輪、いや手錠。二人が終生便りの配達員である証拠であり咎人の証。それが何かとセイタン卿が思って自分も腕を上げてみる。お洒落にしては先鋭的すぎてやや閉口してしまう。
「これが何か?」
「セイタン卿、外そうとした事は?」
「当然ありますが、一日中頭痛と吐き気に見舞われてのたうちまわりました」
「ご説明ありがとう。多分魔法、あるいは呪いってのがかけられてるでしょう。職務放棄はあの苦しみで処刑されるんじゃないですか?」
あの苦しみという事なので、3号も経験済みという事なのだろう。頭の中を錐で掻き回されるような死んだ方が楽なあの苦しみを与えられての処刑は正直溜まったもんじゃない。要するにあまりここに軟禁され続けると二人とも危ないかもしれないという事実。
「やばいじゃないですか」
「あぁ、やばいね。ロリババァに終生便りを届けてズラかる事をご馳走でも食べながら考えようじゃないですか」
そう言ってわしゃわしゃとセイタン卿の頭をタオルで拭いて乾かす3号。ちょいちょい3号のふくよかな胸がセイタン卿の頭に当たるのが気になるので「すみません、3号。脂肪の塊が頭に当たってます」「当ててるんですよ。セイタン卿への当てつけとして」と返してくる。水気をしっかりと取って、二人で再び食堂へと戻ると、二人の師匠(仮)である大魔女のロスウェルが腕を組みながら待っていた。
「遅い!」
「申し訳ございません」
「待たせたねししょー(笑)」
「ツノ子の含んだ言い方は気になるが、まぁいい。食事としようかの? お前達は初日にしてはよく働いた。それ故にそれだけ食べる価値がある。さぁ、好きなだけ食うといい!」
作ったのは私ですけどねとセイタン卿は言いそうになるが、この食材の持ち主は大魔女ロスウェルであり、結果として食べさせてもらっているのはセイタン卿に3号なわけだ。三人はセイタン卿がしっかり味付けしたミルクとチーズがたっぷり入ったシチューをスプーンで掬って一口食べる。
「んんっ!」
「ほぉ!」
「はぅ!」
三者三様の反応ではあったが、全員美味しいという感想には間違いなかったらしい。美味しい物をお腹いっぱい食べる事は一つの幸せの形である。最初に3号が、続いてセイタン卿、遅れて大魔女のロスウェルがシチューを食べ終わりお代わり。次はパンに浸して食べてみたり、実に美味い。せっせと塔の一番最深部にある井戸から汲んできた水も水なのに異様に美味しい。
「ハフハフ、うまいですねセイタン卿、これならいつでも嫁にいけますよ! 罪の精算をした後の話ですけど」
「ははっ、それって嫁に行けないやつじゃないですか、しかし恐縮です」
大魔女ロスウェルは二杯目のシチューはゆっくりと食べながら「確かにうまいの」と一言。それに三杯目のお代わりをしようとしていたセイタン卿だったが水で喉を潤してからコホンと咳払い。
「あの大魔女ロスウェルさん」
「師匠と呼ばんかアオ子よ」
「あぁ、えぇ師匠。ちなみに私はアオ子ではなくセイタンという名前がありましてですね」
「弟子はいちいち師匠の言葉を遮るものではないぞ! 貴様は髪の毛が青いからアオ子だの。さしずめ人間と……いや、それはどうでも良い事だの。気に障ったなら許せよ」
「いえ、まぁ大体事実ですので構いませんが、発言の許可をいただけますか? 師匠ロスウェル」
パンを口いっぱいに頬張って、シチューで流し込む3号。今からセイタン卿が話し始めそうなので、3号は自ら三杯目のお代わりをよそう。なんらかの鳥の肉が煮込んであり、鳥の肉をやや多めに皿に盛る。そんな3号を見た大魔女ロスウェルは自分の口元を指差して3号の口の周りにシチューがついている事を注意する。「おおっとこれは失礼しましたししょー(笑)」と言うので大魔女ロスウェルは片目を閉じてそんな3号の粗相を多めにみる。
そして次はセイタン卿の発言許可に関して、
「愚弟子の最期を知らせに来たのであろう? 言われずとも貴様らが来た時に勘づいておったわ。最近はもっぱら新しくなったと聞き知っておったが、手紙にしてよこす魔法など誰が考えたのかの」
シチューに舌鼓を打っていた3号は器を置き、セイタン卿は驚きを隠せない。大魔女ロスウェルは二人が何者で何を目的にやってきていたか知っていた。知っていて弟子入りとは流石に3号は「ちょっと、ワタクシ達をこき使っておいて代金この食事ですか?「まぁまぁ、3号。大魔女ロスウェル、知っておられたのであれば話は早いです。私たちは貴女にお弟子様からの終生便りを送る仕事でここまでやってきました」。椅子から降りて、綺麗豪華な便箋に入った手紙を大魔女ロスウェルに向けて差し出すとそれを見た大魔女ロスウェルも椅子から降りて、セイタン卿の元へとテクテクと歩み寄る。それにロスウェルは上目遣いにセイタン卿を腕を組みながら見つめる。はてな? という顔をしているセイタン卿を見て3号が「ししょー(笑)持ち上げましょうか?」と冗談を言ったら「うむ頼む」と返ってきたので3号は泡を食らったような顔をして大魔女ロスウェルの元へ向かうとその両脇を持って持ち上げる。
本当に師匠として弟子を上から見下ろしたかったらしく、その状態でセイタン卿の手紙を受け取る。
「あのアホウめが……一から育ててやったのに、禁術なんぞに手を染めて挙句の果てにこんな紙切れ一枚寄越してくたばるとは……フェノール。この手紙の送り主はワシの最初の弟子でお前達の姉弟子だの。最初から魔法理論も数多く学んでおり、優秀な弟子じゃった」
「自分の力を試したいとかで冒険者になったのかい?」
「いや、フェノールは人間に憧れておった。お前達のように成長するその姿にな。ワシと同じ、ドワーフの系譜のフェノールは成長しても人間の幼児のような姿である事に外の世界に触れ嫌気がさしよった。自らの寿命を削る禁術を見つけ出し、お前達のような人間の娘みたいな姿になり、人間のように振る舞ったんだろうよ。並みの魔法使いとは比べ物にならんから冒険者になればそれは人気も出るだろう」
「なるほど、ししょー(笑)がロリバ……幼い見た目なのはそういう理由だったんですね。まぁでも、ししょーにとっての最初の弟子でしょ? セイタン卿に手紙読んでもらったらどうです? ワタクシが言うのもなんですが、結構セイタン卿の朗読はいい感じですよ」
それは茶化しているわけでもなく、3号の純粋な気持ち。そしてセイタン卿も真剣に大魔女ロスウェルを見つめて頷く。ロスウェルは口の端を強くへの字にして少し考えた挙句……
「あの愚弟子がどうくたばったのか、ワシにはきく責任はあるわな? 読んどくれるかい? アオ子」
「かしこまりました。大魔女、師匠ロスウェル」
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