第4話 大魔女ロスウェルに宛てられた手紙①

 ある程度のシフトはあれど配達員達の朝はまちまちである。

 まだ夜も深い時間から配達に行く者もいれば、昼過ぎまで眠りについて悠々自適に配達を開始する者もいる。

 それらは配達する場所に依存する。まずい麦を団子状の携帯食にするセイタン卿。相棒の3号と四個ずつ、手の中に収まる程度の麦の塊が残ったのでそれをペタペタと自分の団子に貼り付ける。

 

「セイタン卿、それはもしかすると不公平な感じではないだろうか?」

「……3号、ちょっと私には何を言っているのか分かりかねますが……」

 

 滑走路で待っているハズのツノが片方折れたダイナソーウィングの少女、配達体、正式には配達飛竜と呼ばれている黒髪黒目の娘はきちんと配達員の制服を着こなして、扉の影から麦団子を作っているセイタン卿を監視していた。

 弁当の量を自分だけ少し多くすると読み見事にその予想は当たっていた。


「毎度毎度、セイタン卿はバレると分かっていて小癪なことに労力をさく努力家さんなことだ」

「いやいや、そんなに褒められても何も出ませんよ」

「そうだろうね。代わりに弁当を交換してもらおうかな」

「…………」

 

 弁当を大きな葉で包むと二人で並んで滑走路に向かう。これから行く所はとても遠い場所。果たして麦団子四個とかで足りるのだろうかとかセイタン卿は思うが、支給された麦はそれだけしかなく、少しばかり閉口して歩いていると……

 

「ごきげんよう! セイタン卿」

 

 頭一つ分背の高い娘、夜だからだろう。寝巻き姿で水を汲みにきている。スラリと長い手足にブロンドの髪はどこか良いところの令嬢に見えなくもない。が、彼女もまたセイタン卿と同じく腕に手錠が付いている配達員、咎人である。

 

「これはこれはトリエラ卿、こんな夜更けに眠れず湯薬ですか?」

「いいえ、6号とはかどっちゃって、もう喉が渇きましたの」

「6号と捗るとは……詳しく聞いても?」

 

 セイタン卿の隣に並ぶ3号をチラチラ見ながらトリエラ卿はセイタン卿の耳元で「まぐわいよ! ま・ぐ・わ・い」。6号はセイタン卿の相棒3号とは違い男の子である。よってそこから導き出される答えは要するに性行為をおこなっているという事。

 

「トリエラ卿……それって大丈夫なんですか? そういう取り決め聞いた事ないですけど」

「あら、セイタン卿。この楽しみも何もない場所で唯一楽しめる事なんて限られてるでしょ? なんなら今度6号貸してあげましょうか? とっても凄いのよ!」

「いいえ、結構ですよ」

「そうよね。3号がすごい顔で睨んでいますので、私は続きを楽しみに戻りますわね」

 

 そう言って手を振って歩いていくトリエラ卿の背中を見送る。佇まいや振る舞いそれらを見てやはりトリエラ卿は元々どこか良いところのお嬢さんだったんじゃないかとそんな事をセイタン卿は思いながら「いきましょうか3号」と言うが、軽蔑したような目で3号はセイタン卿をみる。

 

「君たち人間という存在は実に不潔だね。ワタクシもドン引きです」

「3号、もしかして妬いてますかぁ? 私が6号とゴニョゴニョするかもと」

「ほほう……セイタン卿はそのように捉えられますか、ワタクシがセイタン卿を性的に好いていると……これは驚きです。いつもどうにかして姑息に自分の食べる量を多く取ろうとする貴女を、ワタクシが」

「3号、ちょっと茶化しましたよ。ごめん、ごめんなさい! 行きましょう! 遠い場所ですし」

 

 話が長くなりそうだったのでセイタン卿はすぐに謝罪した。食べる事以外であればセイタン卿は割とすぐに折れる。配達において長距離飛行する3号の方が体力的負担は大きいし、不機嫌なまま背中に乗ったらどんな仕返しをしてくるのか分からない。一度、無意味に旋回飛行を繰り返し、到着した頃にはセイタン卿は飛竜酔してしばらく動けなかった事もあった。3号の肩を揉みながらセイタン卿は滑走路に向かう。そんな戯れあっていると、いつの間にやら3号からも「本当にセイタン卿は困った方だ」と苦笑し機嫌も治ったらしい。セイタン卿は3号がようやく機嫌が治ったかとため息をつきながら3号を後ろから眺める。

 

「しっかし、エロい身体してますね」


 綺麗な長い黒髪、小さい顔、栄養価のない食事ばかりなのにスタイルは崩れず、出るところは出ている。所々、鱗があったり、歪なツノが生えている事を除けば、余裕で抱けるなと思う。そんなセイタン卿は自分の発育の悪い体と見比べ、考える事をやめた。夜の帷が降りてどのくらい経ったろうか? お昼の内に麦粥を食べて、ベットに潜り込んで今に至る。

 

「願えども、願えども朝は遠く我らは闇の下」

 

 3号はそんな詩を読み両手を広げる。みるみる内に有翼の巨大な何かに変わり頭を低くする。セイタン卿は3号に跨ると、「されど我ら宵闇の傘の下より今や夜天を支配せん」と下の句を読んでみせる。実に下手くそなセイタン卿の詩に3号はくふっと笑ってみせる。3号は今の情景を詩ったのではなく、手紙を配れど配れど、自由がやってこない皮肉をただ口にしただけだったらしい。それにセイタン卿はとたんに恥ずかしくなるが、

 

「されど、我ら宵闇の傘の下より今や夜天を支配せーん!」

「……やめてください3号」


 と3号が蒸し返しながら浮かび上がる。夜の風は想像以上に冷たかった。昼間には見えない青い星と白い星。天文魔術師曰く、日中は強烈なお日様の光の力で二つの星の輝きは打ち消されているから見えないらしい。魔法も同じで日中のお日様の力がない時の方が強くその力は発現するとかセイタン卿は以前に聞いた事があった。

 

「今回の配達先は?」

「聞いて驚かないでくださいね! 魔女だそうですよ」

「……帰る」

「帰れませんよ。わかってるでしょ? それに3号を素材にしようだなんて言いませんよ。前時代的な!」

「いや、魔女って連中は前時代的なんですよ。で? 送り主は恋人の人間か何かですか?」

「……それがですね……魔女です」

 

 セイタン卿は夜だからか、異様に主張する手紙を取り出すとそれを3号の視界に入るところで振ってみせた。縦割れした3号の大きな目がそれを追う。普段送っている物よりも豪華な便箋でできたそれ、きっと送り主の魔女が今際の時に予めこうなるように魔法をかけていたのだろう。とても大切な人に送るような美しい装飾。

 

「魔女が冒険者か、これは実に珍しい。日陰者の連中はそういう事には関与しないと思っていました」

「えぇ、私もその認識ですが、どうやらお弟子さんのようですね。お師様へと書かれているので、3号は考えた事がありますか?」

「藪からスティックになんです?」

「自分がもし冒険者だったとして死ぬ間際にこの手紙は誰に送られるのか」

 

 きっと3号はセイタン卿にセイタン卿は3号に届くのだろう。なんとなく今までの配達からそれは感じられる。

 しかし、もしもの話は実にくだらない。セイタン卿も3号も何者にもなれないのだ。ましてや冒険者だなんて夢も夢、そのくだらなさに3号は、「送られませんよ。多分、二人同時にア・ボーンですよ」と、確かに、お互い足を引っ張りあって結局ダブルノックアウトが関の山だろう。


「うまい事言いますね3号、確かに私と3号が冒険者になったら有無を言わさずに死にそうです」

「ワタクシはそうでもないと思うけれど、セイタン卿は中々センスをお持ちですから、あらゆるトラブルに巻き込まれそうですしね? そのとばっちりでワタクシも」

 

 ばっさばっさと翼を羽ばたかせて二人はとても高いので人なんて住んでそうには思えない山脈のさらに上空から人が住んでいるところを探す。石積みの小さな塔のような物が見える。


「あれが魔女の家でしょうか?」

「典型的な工房じゃないだろうか? 魔女という連中は研究熱心だから衣食住の住とは別に工房という研究小屋をもつと聞いた事がありますよ。まぁ、勉強なんてろくにしてこなかったセイタン卿には分かりづらいかもしれませんが」

「まぁ……否定はしませんよ。3号は本を読むのが好きですから物知りですね」

「そうでもありません」

「そうなんですか?」

「知っている事だけ言って知識マウントをセイタン卿に取ってるだけです」

「それでも無知な私は勉強になりますよ。ありがとうございます3号」

「……時折セイタン卿はご聡明であらせられる。それでは降ります」

 

 すっかり3号の機嫌も治ったらしく胸を撫で下ろしながらセイタン卿は目的地にやってきたと同時に耐え難い寒さである事を知る。支給されているコートを二着用意してそれを着る。人型に戻った3号にも渡し3号もすぐに着る。モコモコとしたコートはなんらかの魔法加護が備わっているらしく温かい。準備もできたところで、今回の配達先、とりあえず工房らしき塔に向かった。

 扉らしい扉は見られず入り方が不明なので、壁をどんどんと叩いてみた。

 

「ごめんください。終生便りを届けに参りました。配達人セイタンと終生便り配達飛竜3号です」

 

 返事はない。ダメおしで「「ごめんくださーい」」と二人で声をかけてみるがやはり返事は返ってこない。「小屋的なところにいるんじゃありません?」と3号が言うので、そちらを探そうと思ったが見る限り小屋らしき場所はないし、なんなら上空から見下ろしていた時にもそういった物はなかった。

 そんな矢先。

 

「なんじゃ貴様等は?」

 

 突然背後から声、すぐに3号はセイタン卿を守るように前に立ちその相手を見る。十歳前後の幼女。しかしいやに貫禄を感じる。豪華なローブにこれみよがしにいかつい魔法の杖を持って主張しているがセイタン卿が子供を相手にしそうな態度を取りそうだったので3号が先に「ここにお住まいの魔女様であらせられますか?」と聞いてみる。

 

「おぉ、いかにも! ワシの名を聞いて驚くな! 大魔女ロスウェルとはなんとワシの事じゃ! 驚いたか!」

「「…………」」

「知らぬか?」

「申し訳ありません」

「すまないね大魔女様」

「いや、よい。隠居の身じゃ……しかし、知らぬか……」

「申し訳ありません」

「すまないね大魔女様」

「いや、よいのじゃ! かつての伝説などいずれは薄れゆくもの、しかし……知らぬか……」

「申し訳ありません」

「話が進まないので大魔女様もセイタン卿もそろそろいいでしょうか? ワタクシ達は終生便りを……」

「わかっておる」

 

 大魔女ロスウェルはそう言ってセイタン卿と3号の肩を背伸びしてパンパンと叩く、なりはこれでもさすがは大魔女と関心しているセイタン卿と、配達人の制服着てるから分かるだろうと苦笑する3号の斜め上の返答を大魔女様がしてくるとは思わなかった。彼女は目を夢いっぱいに輝かせ。

 

「全く人間が踏み入れる事すら難しいこの霊山にまで足を踏み入れてまでワシの弟子になりたいとはその心意気や気に入った! 見習いという事にしてやろう! かーっかっか!」

 

 おそらくこの霊山とやらにずっと住み着いているため、大魔女ロスウェルは一般的な事を知らない可能性が高い、それゆえ配達人の制服を見ても分からなかったのではないかと、それに二人は声を合わせて……

 

「「ぜ、前時代的!」」

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