第2話 冒険者ポールの最後の手紙 前編

 二人は山を越える。空の天気が怪しくなってきたとか、今日の夕食は何にしようかとかそんな話は行わない。ただ無言で3号は送り先へと進み、セイタン卿はただ3号の背でじっとする。正確な場所は手紙が知らせてくれる、セイタン卿が手に持つ手紙が送り先へと帰ろうとするのだ。

 

「3号、そろそろ」

「あいわかった」

 

 ある場所の上空へと辿り着いた時、3号はぐるぐると旋回する。セイタン卿が手紙を摘むように持つと手紙が向かおうとする方角に3号はゆっくりと飛ぶ。そこは実に広い畑模様だった。裕福ではないのだろうが、食べるには困らない程の広さのムギやトウモロコシの畑。遠くに小屋が見える。手紙がそこに戻ろうとしているので、その小屋の前に降り立った。セイタン卿が3号を撫でると3号は再び人の姿に戻る。

 

「疲れた。セイタン卿、お水!」

「はい、私の分残しててくださいよ?」

 

 水筒を渡すとガブガブと水を飲む3号に絶対残さないなとやや軽蔑した目でセイタン卿は3号を見る。3号の息が整ったところで、セイタン卿は小屋の扉をノックしようとして……

 

「ウチに何か用ですか?」


 随分若い農夫の兄妹の姿。セイタン卿と3号はあぁ、この二人がこの手紙の届け先だと確信する。セイタン卿は深呼吸すると、敬礼して一言。

 

「終生便りを届けに参りました。配達人セイタンと終生便り配達飛竜3号です」

 

 3号も同じく敬礼。

 その言葉に、妹の方が泣き崩れ、兄であろう少年が農作物をごろんと落としてしまう。セイタン卿は二人が何か反応するまで敬礼したまま動かない。少年は目に涙を浮かべると「読んでください」そう言ったのでセイタン卿は「かしこまりました」と返し、胸ポケットから真っ黒い金属でできたペーパーナイフを取り出し封書を破った。

 そしてその内容を読み始める。

 


 ポール、農家の家に生まれ育ち。食べるには困らない彼に変わらない日常という物は許し難い程彼にとっては窮屈だった。自分は何か大きなことができるんだと、まだ幼い弟と妹を養わなければならない事で、どうにかこうにかその考えを頭の片隅にしまっていたのだが、ある時冒険者が村にやってきた。剣士、魔法使い、回復士。彼らはワンマンパーティーで、盾職がいてくれればと笑ってポールに酒場で話してくれた。ポールは斧で畑を荒らしにきたボスディーパル(猪のような姿の魔物)を退治した話を彼らにするとそれは凄いと、冒険者でもレベルがそこそこなければ討伐が難しいと話す。


 もし、ポールさえ良ければ俺たちと一緒に来ないか? まだまだ駆け出しの冒険者だけど、いつか大きなダンジョンにも潜りたいんだと夢を語った。

 ポールは家に帰り、昔から家にあった斧と、冒険者用の装備を並べて考えた。自分はこのまま農夫として終えるべきなのだろうか? 幼い弟と妹の為に働くべきだろうと……。

 

 後押ししてくれたのは、他でもない弟だった。自分達はもう一人で畑を耕せるし、実らせることができる。兄さんは自分のしたい事をして生きて欲しいと、最初は考えた。そんな無責任な事をして良いのか、まだ弟も、妹も放っておいていい年齢じゃない。一晩考えた。もし、もしあの冒険者のパーティーがまだ宿にいて、これからダンジョンに潜るというのであれば、それについていき、自分が役立たずでないと証明できれば、自分の夢を追い、弟と妹にダンジョンで稼いで仕送りをしてやろうとそう考えた。

 

 きっと今にして思えば、彼らがいる確率は極めて高かったのだ。見知らぬダンジョンを攻略するのに、準備や作戦会議と時間はかかる。ましてや初心者パーティーで三人しか彼らはいないのだ。胸の鼓動を抑えて、宿を訪ねると彼らがいた。ポールはその時、生まれてきて何よりも心躍った瞬間だった。そして自分の身の上を語ると、戦士も魔法師も回復士も皆似たような境遇だった。決断は心苦しかった。両親を残してきた者、恋人と別れ冒険者となった者、子供の仕送りの為に冒険者になった者。ポールの一日体験冒険者を快く彼らは受け入れてくれた。そこまで広いダンジョンではない。経験を積むのに丁度良いからと、ゴブリンに稀にワームビーストあたりが出るとの事で、前衛を戦士、二番目に魔法師、三番目に回復士、そして一番後ろがポールだった。

 

 全長10キロ程のダンジョンにおいて冒険者達はしっかりとお互いをフォローし合いながらダンジョンを進む。ポールは初心者冒険者でもこんなに強いのかとパーティー加入を諦めていた時、後ろからゴブリンライダーの奇襲に合った。まさかの奇襲に困惑するパーティーメンバー達の中でポールだけが、一歩踏み出し、ゴブリンの乗る獣に一撃を与えた。そこから魔法師の攻撃魔法、そして戦士の一撃を持ってその奇襲は返り討ちにしたのだ。

 冒険者達に礼を言われ、仲間になってほしいと何度もお願いをされた。そしてポールが頭を縦に振ると、そのダンジョンで手に入れたアイテムやお宝は全てポールの弟と妹へ送ろうと戦士が提案、一年以上は食べていけるだけの金額にポールは流石に断りを入れたが、大事な兄を連れて行って恨まれたら困るからと笑ってパーティーメンバーはそれらアイテムをポールの家に届けた。

 ポールの弟と妹はご馳走を作り、ポールの仲間をもてなし、これから冒険にいくポールの為に激励会を開いてくれた。

 

 初心者パーティーでの冒険は厳しい事も多かったが、とても楽しかった。様々な物を見て、気さくな仲間達と友情が芽生え、そしてポールは回復士の女性と恋に落ちた。初級ダンジョンをどんどん攻略していき、仕送りも順調に行え、冒険者はやはり天職だったんだとポールは思った。

 装備もだいぶん整い、そろそろ中級のダンジョンに潜るかどうかそんな話すらパーティーメンバーで行っていた。

 幸せの絶頂期だった。

 

 

 そして……今思えば、彼ら冒険者パーティーと出会わなければ、あんな偶然で敵を迎撃さえしなければ良かったとポールは心底後悔した。

 


「あの……セイタン卿、送り主の妹君……ちょっと休憩にしないか?」

「えっ? 3号……あっ……配慮が足りませんでした。申し訳ありません。朗読をしていると周りが見えなくなりまして……おっと……失敬」

 

 手紙で汗を拭きそうになったセイタン卿は慌てて手紙を上に上げる。3号が大泣きし過呼吸をしまっているポールの妹に袋を渡して落ち着かせている様子を見て、セイタン卿はポールの弟であり、妹の兄である彼に頭を下げる。セイタン卿の朗読はその情景が見えるようで、今までもこうして感極まってしまった人々を見てきたが、10代もまだ前半の女の子を泣かしてしまった事に罪悪感を感じていた。

 

「手紙を読んで頂いているのを止めてしまってすみません。妹には後で僕から伝えますので、続きを読んでいただけますか?」

 

 


 ポールの弟の目は真っ赤にして泣くのを我慢している。妹の代わりに兄の最後の情景を感じようと毅然とした態度を取ろうとしている。それにセイタン卿は表情こそ変えないが、胸がズキンと痛んだ。これが自分と3号に科せられた贖罪の一つなのだと、3号はきっと優しい奴なので、ポールの妹と一緒にいるのだろうなと考える。

 罪は償わなければならない。心を殺し、誰かの終生を配達する役目を全うしなければならない。

 すぅと息を吸う。

 

「続きを読ませて頂きますね」

「お願いします」

 

 

 ポールは冒険者として初心者と呼べる程度には実力も自信もつけていた。沼地のダンジョンで討伐した魔物から宝石が多く採取できた事で仕送りも普段よりできた事もポールが不注意になっていた要因だったのかもしれない。

 近くの森で、運動がてら弱い魔物を討伐しに向かったのだ。

 オークを見つけた。気づかれないように近づき、倒してやろうと思った。さぁ、今だ! と飛び出そうとした時、ドスっと嫌な音がした。続いて背中に痛みが走る。後ろを振り向くと、ゴブリンが槍でポールの背中を刺した。

 深い、いや深いだけじゃない。変な痛みがポールを襲う。ポールはすかさず獲物であるアックスでゴブリンを殺害、それに気づいて襲ってきたオークも倒してみせた。嗚呼、俺は強くなったなぁ、もしかすると中級冒険者くらいかなぁと思いながら、毒が身体に周り動けなくなった。

 ポールは心の何処かで自分は死なないと思っていた。強力な冒険者たちの冒険譚を聴いて自分もそんな冒険者になれると、なったと思っていたのだ。

 仲間たちがポールを見つけた時は、もう頭にも毒が周り虫の息状態、手遅れだった。回復士が頑張ったが、解毒できるレベルは既に通り越し、初心者の冒険者に毛が生えた程度の彼らにしてやれる事は、リーダーである戦士が自らのソードでポールを楽にしてやる事だけだった。

 

 農夫を続けていれば、今も弟と、妹と笑い合って食卓でも囲んでいたんだろうか?

 

 嗚呼、冒険者になんて……

 

 

「すみません。それ以上は読まないでください。兄は、こうなる事も覚悟の上で冒険者になったんです! そうじゃなきゃ……」

「かしこまりました」

 

 そう言ってセイタン卿は丁寧に手紙を折りたたむとポールの弟にそれを手渡した。少し躊躇したようにそれを受け取ってポールの弟は頭を下げた。


「ありがとうございました」

「弟君、出過ぎたことかもしれませんが兄君を送り出した貴方に責任はありません。兄君はきっと覚悟はしていたんでしょう。ですが、いざその時が来た時、弟君や妹君の事を想ったんです。ですからご自身を責めないでください」

 

 配達員としては本当に出過ぎた事を言った。残された人に終生便りを送り届ける事だけが、セイタン卿の仕事でそれ以上でもそれ以下でもない。

 

「私たちはそろそろ行きますね。妹君が落ち着いたのであれば、3号を連れていきます」

「そうですか……何もおもてなしはできませんが、ウチの野菜でも頂いてもらおうと準備していたのですが……」

「おぅ……」

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