ラスト・ノーティファイ〜終生便りの配達人〜

アヌビス兄さん

第1話 ラスト・ノーティファイ

 くつくつと煮たつ鍋を見つめる。一番質の悪い麦をミルクと胡椒で煮詰める。そんな物を眺めながらパンパンに膨れ上がった鞄を横目にため息をつく、いつも同じ時間に同じ事をして季節を繰り返し、そしてきっと何者にもなれずに身体は土に還り、記憶は空に返すのだろう。


 しかし、生きていれば何かしら楽しみという物も無くはない。

 

「セイタン卿、いいソーセージじゃないか?」

「……何故このタイミングで? 3号、貴方の食事はまた後でと……」

 

 セイタン卿と呼ばれた者は齢十六になる寝巻きの娘。3号と呼ばれた者は黒い髪に黒い瞳、所々皮膚に鱗があり、片方が根本から折れた歪な角を持つ娘。3号は配達人の制服を着て今から仕事にでも行こうかという様相。そんな二人に共通する事は右腕に取り付けられた罪人を示す手錠。二人はそれぞれ罪を犯した。3号は生まれた事が罪、セイタン卿は生きている事が罪。

 

 二人は罪を償わなければならない。罪とはその命で償う物ではなく、命の終わりを運び償う物なのだ。日々増え続ける手紙、配り終えれる事が罪の精算。増える事はあっても減る事はない。きっとそんな罪なのだろうと、セイタン卿も3号もまた諦めている。今、二人の中での興味は罪の精算ではなく、少し値段の張る大きなソーセージについて……。

 

「いやぁ、セイタン卿。また後で……でワタクシに食事を運んだ場合、そのソーセージをワタクシの食器に乗せる確率はいか程?」

「…………これは、この前の配達で頂いた物で……当然3号の食器にですねぇ」

「ははっ、セイタン卿。貴女はまた嘘がお上手だ! 見てみなさい! ワタクシの食器に盛られたこのクソまずい麦煮。セイタン卿よりも多く盛られている。食い意地の張っている貴女が、自分よりワタクシの食器に多くクソまずい麦煮を偶然盛るなどという事はないでしょう。その差はソーセージですね」

 

 セイタン卿は物差しを持ってくると丁度同じ大きさにソーセージに包丁を入れる。苦渋の選択を強いられたような顔をしてソーセージを浮かべた麦煮の入った3号の食器を渡す。そして自分の麦煮の入った食器にもソーセージを乗せて二人で無言の食事は性格がよく出た。3号は明らかに美味しいソーセージを先に食べてしまう派で、セイタン卿は最後までソーセージを残しておいて最後の楽しみにする。食事を終えると水場で二人並び歯磨き。セイタン卿の着替えを手伝うと3号は鞄を首からかける。

 

「本日の送り先は?」

「畑と仕送りで生計を立てている妹と弟に、冒険者の兄から」

「実に後味の悪い仕事だね」

「仕事だからね」

「違いない」

 

 外に出ると、1号から43号まで番号がふられた道、滑走路がある。その3号と書かれた道に3号は立つと両手を広げた。そしてその姿が巨大な翼を持つ何かに変わる。ダイナソー・ウィング。ドラゴンもどきと呼ばれた生物。3号は背を低くするとセイタン卿をその背に乗せて巨大な翼を羽ばたかせる。巨体がゆっくりと浮かび上がり手紙の送り先へと滑空する。

 青い髪に青い瞳、かつては長かった髪をショートカットにして配達員として仕事の送り先を見つめる娘、セイタン卿。生きていてもあまり良い事はないが、死んだとしてもそれもあまり良い事もないかとただ目の前の仕事をこなしている。3号の背に乗り高い所を飛ぶ時は少しだけ気分が高揚する。

 二人は配達員、死者からその帰りを待つ者へ、最期の知らせを運ぶ者。

 終生便りを送る配達員、通称、ラスト・ノーティファイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る