vs バスターエンペラー(上)
『Please choose your machine frame』
アリスレイヤさんはMFPバトルが初めてなので、僕がアドバイザーとして
アリスレイヤさんがVRデバイスを付け、僕は筐体のサブモニターを見ながら指示を出す手筈だ。
ちなみに、お客さん達もプレイルームに取り付けてあるモニターでバトルを観戦できる。
筐体が空く順番待ちをしている間に、僕はアリスレイヤさんにMFPの操作方法と、レーアゲインの武装やコマンドスキルについて説明した。
コマンドスキルっていうのは、MFP内で設定されているミッションをクリアすると得られるスキルの事で、パッシブスキルと違ってバトルやレース中に一回ずつしか使えない特別なスキルのことだ。
レーアゲインが習得しているコマンドスキルは二つ。
一つは「闘志」。機体と武装の全ステータスを20秒の間2倍にするスキルだ。
習得条件はステータス向上能力がある武装を100回使うこと。割とお手軽に習得できるスキルだしレーアゲインとの相性も良いから取っておけと兄ちゃんに言われて、はじめに習得した。
もう一つは「不屈」。これは致死量を越えるダメージを受けた時に、HPを1だけ残すスキルだ。
習得条件は――バトルで100回負けること。
HPが1だけ残っても次の瞬間には変わらずやられてしまうことが殆どなので、習得条件も含めて「一番いらないスキル」「負け犬の証」「悪あがきスキル」など散々な言われ方をしている不名誉なスキルだ。
僕はこのスキルをレーアゲインに習得させてしまった。それからだ。僕がレーアゲインを使わなくなったのは。
デッキに運ばれたレーアゲインが発進シークエンスを待つ。
『OK! Start now!』
「アリスレイヤさん、ハンドルを傾けて」
「了解した。アリスレイヤ=フォン=アルジェイア、我が
それ、僕のなんだけど。なんて水を差すようなマネはしない。
アリスレイヤさんの操作でカタパルトが動き出し、タイミングを合わせてレーアゲインがデッキから飛び出す。
バトルフィールドの中央の平野部では、既にブタオの機体がこちらが来るのを待っていた。
「……なんだ、あのマシンフレーム」
僕はブタオの機体を見て眉をひそめた。
いくら塗装や改造をしたところで、殆どのマシンフレームは市販パーツを組み合わせて作られる。ミキシングをしてしまえば元のパーツを判別するのは少々困難だけど、それでも模型屋の息子で、何よりマシンフレームを毎日作っている僕に見抜けないパーツは無い。
そんな僕をもってしても、ブタオの黒と金のマシンフレームは、どれも見たことがないパーツを付けていた。それどころか、フレームの肩幅や胴回りが普通の
スクラッチビルド? いや、ブタオにそんな技術あるわけない。だったら、あの機体は……?
『くっくっく、生意気な口を利いたお前には特別に見せてやるでゲス! ボックンの誕生日にお父ちゃまがバンザイに作らせた、文字通り世界に一つ、ボックンだけのマシンフレーム! その名も、バスターエンペラーでゲス‼』
通信ウィンドウの向こうでブタオが高らかに笑う。
「バンザイに……作ってもらった⁉」
「ソウタ、バンザイとはなんだ?」
「マシンフレームを製造している会社だよ! つまりあれは、どこの店にも売ってない特別な機体だってこと! くそ、お金に物を言わせるなんて卑怯だよ」
悪態を
「経済力もその者の力だ。持てる力を全てぶつけるのが、決闘というものではないか?」
『ゲッスッス、お前は物事の道理がよく分かっているでゲスな。よく見たらキラリちゃんの次に可愛いし、ボックンの許嫁にしてやってもいいでゲスよ?』
彼女の言葉に、ブタオがゲス笑いを浮かべる。
「ソウタ、キラリとは誰だ?」
「う~ん、アイドルかな? MFPの中で今売り出し中なんだ」
「なるほど、よく分からんな。だが、お前の許嫁になるのは遠慮しておこう。生憎と私は、私より強い男を伴侶にすると決めている。それに……ゲスブタ野郎は御免だ」
アリスレイヤさんの軽口に、僕は思わず吹き出してしまった。当の
『もう怒ったでゲス! 泣いて謝ったって許してやらないでゲス‼』
ブタオの怒りに呼応するかのように、バスタージェネラルの赤いアイカメラが不気味に光った。
右腕に装備された長大なガトリング砲が回転を始める。
『ハチの巣にしてやるでゲス‼』
バラダダダダダダダダ……ッッ‼‼
けたたましい音を立てながら銃弾の雨が襲いかかった。
右に跳躍してそれを易々と躱すと、一瞬前まで立っていた地面がアイスクリームのように抉り取られていく。このガトリング砲、市販のパーツでは有り得ない威力だ。
「あんなの、数発当たっただけでバラバラだよ……」
「なら、当たらなければ良いだけだ」
僕が
実際、バスターエンペラーのガトリング砲がレーアゲインに当たることはなかった。
それどころか、アリスレイヤさんは強気にも銃弾の雨をヒラリヒラリと掻い潜りながら相手の懐にまで潜り込み、
「はぁッ‼」
バスターエンペラーに渾身の一刀を浴びせて見せたのだ。
ガギィィィィィィン――‼
斬撃のエフェクト音が派手に鳴り響く。しかし、その割にバスターエンペラーのHPはあまり減っていない。
バラダダダダダダダダ……ッッ‼‼
超至近距離でのガトリング砲。
「ダメだ、避け切れない‼」
悲鳴染みた声を僕が上げると、アリスレイヤさんは「なにくそォッ‼」と咄嗟に左手の盾でダメージを最低限に抑え、距離を取った。
……また振り出しの間合いに戻ってしまった。
これが、レーアゲインを始めとする近接格闘タイプが不利だと言われる理由の一つなのだ。
現在ランキング戦で最も効率の良い戦い方とされるのは「重装甲高火力」。
回避性能は捨て、厚い装甲に物を言わせて突っ込み、どちらかが先にHPを0にするまで高火力砲で殴り合う。これが基本セオリーとなってしまっている。
このような環境になった一番の原因は、コマンドスキル「必中」だ。
オンライン対戦で100勝したら手に入るこのスキルは、発動すると次の一発が必ず当たるようになる。
市場に出ているパーツの傾向として、威力が高い武装ほど命中率が低く、撃てる状態になるまでのチャージ時間も長い。
しかし、必中を使った後はその高威力武装も必ず当たるようになるため、必中を習得している機体は一撃必殺の高威力武装を必ずと言っていいほど持っている。その結果、装甲値が低い回避性能重視の機体はランキング戦でその居場所を失い、装甲値が高い機体ばかりが幅を利かせるようになった。
だからランキングバトルの中堅層のセオリーは、「如何にして相手の一撃必殺を耐えきれるか」と「如何にして相手を一撃必殺で倒せる数値まで削るか」の戦いになる。
その殴り合いが横行する層を超えて上位に行くと、僕の兄みたいに必中対策を積んだ機体が互いに相手の策を読み合いながら戦う高度なバトル領域になるのだけれど、そこまで到達できる人間は一握り。
僕も兄のような戦いに憧れてブルーワイバーンを作ってみたけど、結果はご承知の通りだ。
話を戻すと、レーアゲインのブレードは確かにトップクラスに入る威力を誇る武装だけど、砲弾とビームが雨のように飛び交うバトルフィールドの中で、ブレードが届く距離まで接敵すること自体、ハイリスクな戦い方なのだ。
しかも、その一撃で致命傷を与えられるような機体は今の環境では殆どいないから、さっきまでのように「銃弾を掻い潜りながら接敵して斬り付け、カウンターが来ないうちに離脱する」という戦い方を何度も繰り返さなければならない。
そして近接戦闘型機体の殆どが、それを繰り返しているうちに必中による一撃必殺でゲームオーバーとなる。
この戦い、近接戦闘武器しか持たないレーアゲインを選んでしまったアリスレイヤさんが、圧倒的に不利なのだ。
それでもアリスレイヤさんの
それどころか、接敵を繰り返していくうちにゼロ距離のガトリング砲も躱し始めている。
とてもこれが初めてのMFPバトルとは思えない戦いぶりだ。
もう何度目かの接敵を繰り返して、バスターエンペラーのHPが半分ほど削れたところで、
バラダタタタツツツツツ……。
ガトリング砲の弾が切れた!
一度弾切れになると、残弾が回復してその武器が使えるようになるまで30秒かかる。
『ゲスゥ⁉』
「チャンスだ、アリスレイヤさん‼」
「承知!」
僕の合図でレーアゲインが攻勢に出る。アリスレイヤさんは胴体部の武装スキル「ライオンハート」を発動させた。レーアゲインの全身を赤い光が包み込む。これにより30秒間、レーアゲインの全ステータスは50パーセント上昇する。
「はぁぁぁっ‼」
レーアゲインの猛攻がどんどんバスターエンペラーのHPを削っていく。
すごいすごいすごい! 現環境に置いてけぼりになったレーアゲインが、セオリーの権化のような戦い方をしているバスターエンペラーを追い詰めている!
僕は手に汗を握り、モニターに熱い視線を送り、
「がんばれ、レーアゲイン」
そう、思わず口から洩れてしまった。
『ち、調子に乗るなでゲス‼』
バスターエンペラーが左腕のハンマーをブンブンと振り回した。
鎖に繋がれた鉄球がバスターエンペラーを中心に竜巻のように唸る。ブタオがデタラメに振り回すものだから、その軌道を読み切ることが出来ない。
「ちぃっ!」
アリスレイヤさんは舌打ちをしてレーアゲインを後退させた。
『今でゲス‼』
さっきまで額に浮かべていた脂汗をたらりと顎に垂らし、ブタオはニヤリと笑った。
『コマンドスキル「必中」発動! デスグラビトロカノン発射ぁでゲス‼‼』
「しまった!」
僕が気付いた頃には、もう手遅れだった。
「何だ⁉ 何が起こった、ソウタ⁉」
必中スキルによる特別なロックオンアラートにアリスレイヤさんが僕を問い質す。
だけど、僕がこのあと起こることを正確に伝えることはできない。
ただ、聞いたことが無い武装名だけど、このタイミングで必中を発動させて使うということは――間違いなく一撃必殺の威力を持つ高火力武装だ。
「もっと離れて! アリスレイヤさん!」
『そうはさせないでゲス!』
飛び退ろうとするレーアゲインの足を、鎖付きハンマーが絡め取る。
バスターエンペラーの胸部装甲が開き、中心に埋め込まれていた赤い玉が露になった。
赤い玉はゆっくりとその輝きを増し、それに連れてバスターエンペラーの周囲の地面が
玉の光が臨界に達したところで、バスターエンペラーの前に巨大なブラックホールが顕現する。
『これは、市場に出回っているどの武装よりも威力が高い一撃必殺砲でゲス。ボックンはこれを使いこなすために家の仕様人132名にバトルさせて、必中スキルを得たでゲス。この武装とスキルが有れば、ボックンに適う奴なんていないでゲス。さぁ、生意気女! ウェディングドレスを仕立ててやるでゲスよ‼』
『ゲェーーーーーッスッスッスッス‼‼』
ブタオの高笑いが店中に響き渡った。
恐る恐る、アリスレイヤさんの横顔を見る。
静かな、
焦りも怒りもない、静かな
その横顔からは、彼女が今何を思っているのか全く読み取れない。
諦めてしまったの? アリスレイヤさん……。
やっぱりレーアゲインは、MFPで勝てないの?
「くそっ……」
僕が声を漏らすのと、ブラックホールがレーアゲインを飲み込んだのは、まさしく同時だった。
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