MFPバトル

『Please choose your Machine Frame』


 ナビゲーションの音声に従って、今までアプリに登録してきたマシンフレームの中からバトルに出撃する機体を選ぶ。


 選んだのは、研究に研究を重ねて作り上げた僕の新機体「ブルーワイバーン」。

 その名の通り青い翼竜をイメージした、空中戦が得意な高機動タイプの機体だ。

 メイン武装は、中距離高火力の炸裂徹甲弾と超長距離射撃が可能な高出力ビームが放てる、機体と同じくらいの全長を持つライフル「ゲイボルグ」。

 

 長距離射撃で敵の間合いの外から攻撃し、狙撃戦では持ち前の機動力を活かしてヒット&アウェイを繰り返し、ロックオンすらさせないという完璧なコンセプト。

 実際、ランカーのデータと対戦できるシュミレートバトルでも負け知らず。チャンピオンシップで殿堂入りした兄の機体にだって負けなかった。


 この機体で、今度こそ僕は……。


 カタパルトに揺られながら発進シークエンスを待つ。


『OK! Start now!』


 デッキの向こうでハッチが開き、緑色の「Go!」が視界の真ん中で明滅した。


「桐生蒼太、ブルーワイバーン。出撃します!」


 お決まりのフレーズと共にハンドルを傾ければ、カタパルトが猛加速してデッキを駆け抜ける。


 タイミングを合わせて飛び出すと、そこには真っ青な空が広がっていた。

 眼下には鬱蒼と生い茂る森林地帯、その先には平野、その更に先には峡谷と、どれも本物と判別付かないくらい精巧にできているけど、これらすべてはVR映像だ。


 飛行しながら標的を探しているとピロリンと軽快な音が鳴り、視界の右上にウィンドウが開いた。対戦相手からの通信だ。


『へぇ~! これまたかっこいいの作ったじゃん!』


 対戦相手であり僕の数少ない友達――五十嵐いがらし勇樹ゆうきくん。

 スポーツ万能で性格も爽やかな、クラスの人気者だ。


 ユウキくんの機体は、既製品として売られている「機動兵士ガンバル」シリーズとのコラボ商品、主人公機「アレックス92」に市販パーツをいくつか取り着けた「スーパーアレックス」だ。

 トリコロールカラーのいかにも主人公然とした面構えの機体だけど、ショルダーキャノンとバーニアを付け足して墨入れしただけの、素組同然の機体。


 申し訳ないけど、僕のブルーワイバーンより機体性能は数段劣る。


「今日こそ勝たせてもらうよ、ユウキくん!」


『いいぜ、かかってきな!』


 索敵にスーパーアレックスが引っ掛かる。僕はすぐさまゲイボルグを長距離ビームモードに設定してロックオン。赤いクリアレンズがはめ込まれた銃口に、チャージされたエネルギーがどんどん膨れ上がっていく。


『CHARGE MAX』の表示が視界の右下に表示された。今だ!


「当たれぇ!」


 ハンドルのトリガーボタンを押せば、それに合わせて機体がシュートモーションに入る。臨界まで膨れ上がったエネルギーが赤紫色の巨大な光柱となり、射線上にある木々を一瞬で灰に変えながらスーパーアレックスへと突き進む。


 開始早々、射程外から攻撃されたスーパーアレックスは、少し動揺したように見えたけど難なくビームを回避した。


『うひぃ、乗っけから容赦ねぇなぁ!』


「機体性能も、MFPバトルの重要な要素だよ」


『確かにな。でも、勝つための必須条件じゃあないぜ!』


 今度はユウキくんが僕を狙ってきた。

 視界の外側が赤く彩られる。ロックオンされた印だ。


『確かに強力だけど、そんだけ威力が有りゃぁ、バカスカ撃てないだろ?』


 スーパーアレックスのショルダーキャノンが火を噴き、地上から黄金色のビームがこちらへ向かってきた。


「なんの!」


 持ち前の機動力で容易く躱し、高出力ビームの第二射を放つ。


『い゛ぃっ⁉』


 チャンネルの向こうでユウキくんは慌てているようだ。

 当然のことながら距離が詰まれば攻撃は当たりやすくなる。

 咄嗟に後退しながら、またもギリギリのところで回避に成功するスーパーアレックス。

 さすがスポーツ万能マン、反応がいい。


「言ったでしょ? 機体性能の差だよ。 MFPはマシンフレームの出来栄えでステータスが上乗せされるんだ!」


 もちろん、それにも限度はあるけれど。

 それでも僕はその限度いっぱいまでステータスを引き出すことが出来る。マシンフレームの創作技術なら、プロにだって負けない。


 ユウキくんがショルダーキャノンを一発撃って次射を撃つ間に、僕はこの高出力ビームを三発撃てる。

完全にこのバトルは僕のペース。このままヒット&アウェイを続けていれば、ユウキくんに勝ち目はない。


『こんにゃろ、見てろよ』


 ユウキくんの眼が本気マジになる。

 ショルダーキャノンの第二射が伸びてきたが、さっきと同様難なく躱す。

 カウンターで高出力ビームを撃とうとしたら、スーパーアレックスが奇妙な行動に出た。


 バーニアを思いっきり噴かし、砂塵を撒き散らしながらジグザグに後退し始めたのだ。

 ロックオンしようにも、砂塵でスーパーアレックスの位置が分からない。


(打つ手が無くて、苦し紛れの後退?)


 だったら、追わないわけにはいかない。何か打開策を思い付かれる前にさっさと勝負を付けないと。

 僕は索敵に注意しながらスーパーアレックスの後を追った。


 森を抜け、平野を抜け、スーパーアレックスが逃げ込んだのは峡谷地帯。

 赤茶色の岩壁に挟まれたこの場所は死角が生まれやすい。


(なるほど。ここなら高出力ビームを無力化できるって寸法か)

 

 いくら強力なビーム兵器でも、分厚い岩壁を撃ち抜くことはできない。

 いや、僕のゲイボルグならできないこともないけれど、高出力ビームはチャージしたエネルギーを撃ち切るまでシュートモーションが解けない。

 ビームが届く前に岩壁に隠れられてしまったら、それだけで大きな隙を相手に与えてしまう。


 僕はゲイボルグを実弾モードに切り替えながら、用心深くスーパーアレックスを探した。


 ロックオンアラート!


 ほぼ真下からビームライフルの連射が襲い掛かる。


「くっ、このっ!」


 僕は上昇しながらビームを躱した。


 ジャキ、ドカン! 


 それと同時にポンプアクションからの発砲。炸裂徹甲弾が岩壁を吹き飛ばす。

 崩落する岩壁から逃げるように、巻き上がる粉塵からスーパーアレックスが飛び出してきた。

 それを逃がすまいと二射三射と続けて発砲するが、岩壁に沿うようにして逃げるスーパーアレックスには当たらない。


 そうやって炸裂徹甲弾を連射しているうちに岩壁があちこちで崩れ、辺りは砂煙で一寸先すら見えなくなってしまった。


(しまった、これじゃどこに敵がいるか分からない……)


 この場から離脱しようと機体を上昇させ始めたところで、ロックオンアラート!


『もらった!』


 背後からビームライフルの赤い閃光。

 避けようと機体を捻るも間に合わない。

 ビームはブルーワイバーンの右翼に直撃。機体制御がままならない。


「くっ……」


 何とか地上に着地して振り返ると、スーパーアレックスがバーニア全開で突進してくる。


「このっ!」


 ジャキ、ドゴン!


 炸裂徹甲弾を放つも躱される。もう一発! 当たらない。

 もう一発、とポンプアクションを行ったところで残弾0のアラート。


「くそっ!」


 無用の長物と化したゲイボルグを投げ捨て、左腕に装備された三連ビームガトリングを構える。


 しかし、もうこの時点で勝敗は決していた。


 ビームガトリングでは、スーパーアレックスのシールドを撃ち抜けない。

 それが分かっているから、ユウキくんもシールドを前面に押し出しながら突進してくる。

 岩壁に囲まれた峡谷に逃げ道はない。


「くっそぉぉおおおっ!」


 がむしゃらにビームガトリングを発砲するも、そのほとんどがシールドで防がれてしまって大したダメージにならない。

 その間にも、スーパーアレックスはビームライフルの連射をブルーワイバーンに浴びせながら距離を詰めてくる。


『これでぇ、終わりだぁ!』


 スーパーアレックスが背中からビームソードを引き抜いて、そのまま振り下ろす。

 ブルーワイバーンの蒼い装甲を赤い閃光が斬り払う。


 ――ここで僕の機体ブルーワイバーンのHPは0になった。


 視界が急速に暗転し、白い「LOSE」の文字。

 僕は着けていたサングラス型のVRデバイスを乱暴に外し、筐体コクピットの中で大きなため息をいた。


「いやぁ~、今回はちょっとヒヤッとしたぜ」

 

 隣の筐体から、ユウキくんが話しかけてきた。


「……でも、勝てなかった。こんなんじゃダメだ」


 悔しい。

 寝る間も惜しんで時間をかけて丁寧に作り上げた機体が、既製品にちょっと手を加えただけの機体に負けてしまった。

 こんなことでは兄のあとを追えない。もっと強いマシンフレームを作らないと。


「そんな事ねぇよ。そのマシンフレーム、凄かったぜ。もうちょい練習して、経験値積んでスキル育成したら、きっととんでもなく強くなる」


 ユウキくんが僕の肩をポンポンと叩く。励ましてくれていることは分かっているけど、何て答えていいか分からず、僕は押し黙ってしまった。


「竜也さんと比べちゃう気持ちも分かるけど、難しく考えず、もっと気楽にソウタらしくやればいいんじゃないか?」


「あ、やべ。サッカーの時間だ」U15アンダーフィフティーンのユースチームに所属しているユウキくんは、いそいそと帰り支度を始めた。


「楽しかったぜ! またやろうな!」


 爽やかにそう言って、ユウキくんは僕の家――桐生堂の自動ドアを出る。

 僕は兄が送ってくれた最新型のMFP筐体の中で、しばしの間うなだれた。


 練習したって、強くなんてなれない。


 だって僕はMFPを始めてこの三年、毎日毎日練習してるんだから。

 マシンフレームを作る技術には自信がある。だけど、操縦技術には自信が無い。

 僕は兄みたいに度胸も無ければ、ユウキくんみたいに運動神経だって良くない。


 そんな僕が兄みたいになるには、もっと強いマシンフレームを作れなくちゃダメなんだ。


「絶対に、チャンピオンになってやる。兄ちゃんみたいに」


 僕はそう決意して、新しいマシン作りに明け暮れるのだった。

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