ハッピーバースデイ
「誕生日おめでとう、
十歳の誕生日。
ケーキについた蝋燭の火を吹き消すと、父さんが文庫本くらいの箱を差し出した。
「わぁーーーっ! ありがとう父さん、母さん。開けていい?」
中身は既に分かっている。ずっと前から、二人とは約束を繰り返してきたのだから。
ずっとずっと、何よりも待ち侘びた、最高のプレゼント。
クリーム色のリボンを解き、紺色の包装紙を破けないように、だけど急いで開いていく。
白い箱の蓋を開くと、銀色の本体にサファイヤブルーのシリコンケースを取り着けたスマートフォンがキラキラと輝いていた。
「設定はお父さんとお兄ちゃんがやってくれたから、トラブルに巻き込まれないように、大事に気を付けて使いなさいね」
「大丈夫だよ母さん! このスマホで僕がやりたいことは、たった1つだけなんだから!」
ケーキを切り分けながら話す母さん、僕は答えた。
そう、僕がこのスマホでやりたいことは1つだけ。
今、世界で一番熱いeスポーツ――MFP!
ずっとずっとやりたかった、大好きなマシンフレームの世界。
今日この日を迎えるまで、ずっと見ていることしかできなかった憧れの世界に、やっと僕も足を踏み入れることができる。
「蒼太、俺からもプレゼントだ」
僕の隣から兄ちゃんが箱を差し出す。
「え、なになに?」
蓋を開けると、中には
「マシンフレームだ!」
「あぁ。MFPで肝心なことをこの機体から感じ取れるようにパーツを選んだ。こいつを作って手足同然に動かせるようになった時、お前は俺と同じくらいすごいフレームマイスターになってるよ」
「兄ちゃんと同じくらい? 本当に⁉」
僕の質問に、兄ちゃんは「あぁ」と頷いた。
胸の辺りがじんわりと熱くなり、頬がびりびりと痺れる。
僕の兄ちゃん――
「ははは! 竜也に続いて蒼太まで日本一になったら、この店も安泰だな!」
「MFPも良いけど、来年は大学受験なのよ? お母さんとしては、もう少し勉強に精を出してほしいところだわ」
少々困り顔の母さんに、兄ちゃんが「大丈夫だって!」と笑って見せる。
「俺の模試判定知ってるだろ? それに大学受からなくても、俺この店継ぐから問題無し!」
「おほん。うちの店を継ぐなら、経済学は必須項目です。うちは先祖代々商才に溢れているから模型屋なんて商売が成立してるのであってだねぇ……」
「もぉ~勘弁してくれよ、父さん」
もう何百回と聞いた父さんの語りに、竜也兄ちゃんは苦笑い。いつもの光景だ。
「兄ちゃん、ご飯食べたら、これ一緒に作ろう」
「……いや」
僕の言葉に、兄ちゃんは首を横に振った。
「お前はもう、一人でマシンを組めるだろ? マシンと一対一で向き合う時間も、マイスターには必要だぜ」
そう言って、兄ちゃんは僕の目をまっすぐに見た。
その言葉と視線が、僕には嬉しかった。
一人の男として、兄ちゃんに認められたような気がして。
「……うん!」
さっきからずっと熱くなり続ける胸に、スマホとマシンフレームを押し当てながら、僕は大きく頷いた。
自室に戻った後、兄ちゃんからもらったマシンフレームを組み立てた。
少しずつ組み上がっていくに連れて、このマシンのことがどんどん分かっていく。
右腕にはやや幅広なブレード、左腕にはシールド。
両足の爪先には鉤爪のような突起が付けられていて、それが上下に動く仕組みになっている。
「鎧に身を包んだライオンの
「かっこいい……」
塗装をしてないからまだ全身灰色だけど、その出で立ちに、僕は思わずため息を吐いた。
パーツの性能は決まっているけど、マシンフレームには決まったストーリーや世界観設定はない。
それなのに、まるでそれが始めから決められた設定だったように、僕の頭にはこのマシンの詳細が既にあった。
鎧の色は赤。
鬣と爪の色は黄金。
カメラアイは青。
本気になると、ブレードに見たことがないような魔術文字が浮かび上がって、どんな物でも一刀両断に斬り伏せる。
そして、名前は……
「今日からよろしく、レーアゲイン」
その名前に、どんな意味が込められているのかは分からない。
だけど、この目の前のマシンの名前はレーアゲイン。
それ以外には有り得ない気がした。
興奮冷めやらぬまま、僕はマシン造りに没頭した。
筋彫りをしたり、細かな箇所を金属パーツやクリアパーツに付け替えたり、塗装したり……。
頭の中にある「レーアゲイン」のイメージを、夢中になって再現した。
そして、カーテンの隙間から青白い光が漏れ始めてきた頃、
「できた……」
机の上に立つ、赤い鎧の獣闘士。
その姿を見た瞬間、達成感と魂が吸い取られるような疲労感が僕を満たし――そのまま机に突っ伏して、僕は眠った。
こうして、僕、桐生蒼太はMFPデビューを果たした。
兄のようなフレームマイスターになりたくて、レーアゲインと一緒に毎日MFPへログインした。
だけど……
僕がレーアゲインと一緒に勝つ日は――いつまで経っても訪れなかったんだ。
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