8月第4週 戦争の時間だ!
『ヴァン ド フランス タナ
2021
ドメーヌ ラウゲ』
フランス南西部ピレネー山脈の麓に程近いワイナリーである。
代々ブドウ栽培を行ってきたが、先代の当主によってワインの元詰を始めた。
現在の若き当主シルヴァンからオーガニック栽培に転換し、さらなるワインの品質向上に意欲的に励んでいる。
ワイン造りで一番大事なことは「忍耐強くあること」と考えているそうだ。
さて、今回のワインはタナという品種、その名の通りタンニンのずば抜けた品種だが、カーボニックマセレーションという製法で渋みを控えめにしたタイプである。
カーボニックマセレーションの説明は長くなって眠くなるのでここでは割愛しよう。
では、早速開けてみる。
透けて見えるほどの薄い紫色、皮からの抽出の少なさが分かる。
イチゴや花を思わせる甘やかな香り、口当たりも滑らかで優しく飲みやすい。
『簡単タルタルのチキン南蛮』
今回はどうしても鶏肉を食べたくなった。
ヤツラをシメてローストにしたかったが、オーブンがないのでやめた。
鳥になぜそこまで執着しているのかは、後半に語ることにしよう。
さて、お手軽に作るタルタルソースなので実にシンプルだ。
まずはゆで玉をボウルに入れて、日々のストレスとともにフォークで潰す。
後はお好みの量でマヨネーズと混ぜれば良い。
次に、鶏もも肉にフォークで呪いの藁人形のように数箇所突き刺す。
塩コショウ、料理酒とともにポリ袋に入れ、敵の首を締めるぐらいの力で握りしめる。
さらに片栗粉を加えて全体にまぶす。
油を引いたフライパンを地獄の業火にしないで中火ぐらいで温め、しっかりと火を通す。
焼き上がれば、悪即斬とばかりに食べやすい大きさに切る。
キッコーマンの濃いだし本つゆ、酢、砂糖を合わせて沸騰させたら、鶏もも肉と絡める。
後は、皿に盛り、お手軽タルタルと青ネギを散らせば完成だ。
実食。
甘酸っぱしょっぱいソースと脂の乗った鶏肉の相性は最高だ。
肉を食べると幸福感を得られるのは、やはりこの世が弱肉強食なのだと本能で感じ取っているからなのだろうか?
タルタルソースのまろやかさが濃厚さを程よく中和し、くどさを感じさせなく且つ食欲を増幅させる。
ワインとの相性も実に良い。
渋みは控えめだが、イチゴのような甘酸っぱい味わいがソースに一味加えてくれる。
だがそれ以上に、赤ワインの血のような色合いが勝者のような優越感に浸らせてくれる。
そう、食べるということは生存競争の勝者に与えられる権利、敗れるということは食われるだけではなく、食らうものも無いということだ。
どれだけ綺麗事を並べようともこの世は無慈悲なまでに弱肉強食の世界なのだ。
☆☆☆
畑の開拓、丸太を量産する日々であった。
ブドウ畑の方も売り先が決定し、値段もほぼ決まり、収穫まで待つのみとなるはずだった。
しかし、平穏は突然破られた。
日課となっていた夕方の見回り、赤い日が沈み始めた頃だった。
「……なん……だと……?」
黒々と実り、熟すのを待つだけだったブドウたちを雨から守る傘紙が百枚ほど破り捨てられ畑に散乱していた。
幸いにもまだ熟していなかったからか、失ったブドウは数房程度であった。
一瞬呆然としたが、すぐにワナワナと怒りで全身が震えてくる。
近くの山の木々からヤツラの嘲笑うような声が聞こえてきた。
その時、僕の中で何かがキレる音がした。
「上等じゃ、ゴラァアアアア!」
銃(空砲)を天に向け、薬莢が空になるまでぶっ放した。
開戦の狼煙である。
ヤツラとは、無慈悲なる最凶の敵、カラス共である。
カラスは農業に甚大な被害を与えてくる。
雑食性で何でも食べる連中、さらに徒党を組んで来られると厄介この上ない。
様々な対策があるが、ヤツラは頭が良くて狡猾なため、慣れてしまったら効果も薄い。
が、やれるだけはやるしかない。
このまま手をこまねいていたら、弱肉強食の掟でこちらは何も残らないのだ。
まずは防鳥用テグスを張り直した。
ヤツラは羽が傷つくことを嫌がるので効果はある。
しかし、畑の大きさと棚の作りの関係で全面に張ることはすぐにはできない。
今できる部分だけはやる。
本当は防鳥ネットを張ることができれば最も効果的だが、設置するための資材も高い上にとてもではないが簡単にできる広さではない。
これからの被害次第では検討する必要もあるが。
畑の見回りの頻度を増やし、ヤツラが群れで襲ってくる時間帯を把握する。
空砲をぶっ放しまくって直接追い払って、楽なエサ場ではないと思い知らせる。
だが、一日中見張っている時間もないので、あまり現実的ではない。
鷹のタコや目玉の風船などの防鳥グッズはあるが、ヤツラは慣れれば気にしなくなる。
一時しのぎに過ぎないだろう。
で、情報を集めてみた。
昔の人曰く、カラスの死体をぶら下げたら一番効果があったそうだ。
見せしめ、これが一番恐ろしく感じるらしい。
あの人間はヤバいやつだと思わせれば勝ちだ。
そうして、逆さ吊りでブドウ棚にぶら下げてみたわけだ。
もちろん、本物ではなく模型だがあまりにも良くできていてほぼ本物と見分けがつかない。
こいつが高いのだが。
とりあえず、どんな手段でも考えられるだけやるしかない。
これが、戦争だ。
手段にキレイも汚いもない。
やらなければ殺られる。
それだけのことだ。
そうして、日が沈めば一時の休息となる。
そして夜が明け、カッと目を見開く。
「……さぁて、戦争の時間だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます