帰ってきたブッコロー

 それから一週間後の休日、部屋のチャイムが鳴った。

「ぬいぐるみ届けに来ました」と言われた僕は、慌ててドアを開けた。

 あの木のお家の女性が、ブッコローを透明なビニールに入れて持って来てくれていた。思ったほど汚れていない。

「洗っていいものかわからなかったから、そのまま持って来たんだけど」

「全然大丈夫です! ほんとすみません。ありがとうございます」

 いいえこちらこそ、と女性は笑顔で袋を差し出す。

 電話かメールで連絡をもらえれば、菓子折りの一つでも持ってこちらから出向くつもりだった。急だったので、お礼の準備もしていない。

 もしかしたら女性と旦那さんはそれを見越して、気を遣わせまいとわざわざ届けに来てくれたのかもしれない。

 僕は頭を下げた。

「今度、お礼させてください」

「気にしなくていいのよ。どちらにせよ、片付けるのは一緒ですからね。返っていい機会になりました」

「あの、それで」

 僕は、カラスの巣がどんな状態だったかを聞いてみた。少し気になっていたのだ。

 たまたまハンガーにブッコローがくっついていたせいで、巣は撤去の憂き目にあった。卵があるのに巣を片付けたのでは、なんだか寝覚めが悪いというか、カラスにも申し訳ない。

「巣は作り始めたばっかりだったみたいね。そのままにしとくと、みんな集まって近くのゴミ置場あさったりして、ご近所さんが嫌がるのよ。カラスさんには悪いけどね、無事に片付けました」

 卵はなかったそうだ。カラスには、これにめげずに新たな場所で、できれば公園の木とかで巣作りをしてほしい。

 女性は袋に入れられたブッコローを指した。

「このフクロウ可愛いわよね。目玉がぶっとんでて。なんていうの?」

「あ、R.B.ブッコローっていいます」

「あーるびー?」

「たいていブッコローと呼ばれてますね」

「? "有隣堂しか知らない世界”って、アニメか何かかしら」

 女性はぬいぐるみのタグを見たようだが、どうもミミズクという情報は頭に入っていかないようだった。

 フクロウでなくミミズクであることと、書店のyoutube番組のキャラであることを説明してみたが、女性の顔には終始はてなマークが浮かんでいた。ネットはあまり見ないのよねえ、疎くてごめんなさいねと彼女は微笑んだ。

「またなんか木の上に上がっちゃったら、遠慮なく知らせてちょうだい」



 ブッコローが、白くてリボンをつけた扁平な猫や、青い猫型ロボットのような国民的キャラクターだったら、説明が簡単だっただろう。まあそれでも、ミミズクでなく、キ*ィやドラ*モンを連呼する奴になっただけかもしれないが。

 何より、どメジャーなキャラだったらあっさり諦めていたかも、とも思う。今のところ知る人ぞ知るキャラだからこそ、どうにか取り戻したいと思ったのかも。

 僕はブッコローを袋から取り出し、机に置いた。

 長い間、洗濯バサミにつままれていたせいか、ミミズクのシンボルである羽角の辺りに、ギザギザな跡がついていた。跡は取れないかもしれないが、彼の冒険の証としよう。

 


 僕はまた、電動歯ブラシで歯を磨きながら、パソコンでR.B.ブッコローの二次創作を読み出した。みんな本当に創造的で面白い。

 机の上の、洗濯バサミ跡がついたブッコローの羽角を見て、ふっと思いつく。

(調べたおかげで、"羽角”という単語が頭に入った)

 冒険か。

 もしかして僕にも、ブッコローがカラスにさらわれ生還する冒険物語を書けてしまったりして。

 いやいや無理だろう。僕には文才も想像力もない。

 安易な発想を打ち消しつつも、ブッコローがハンガーごと木の上に運ばれ、

「今日からお前はこの家で働け」

 とカラスに脅されている様を想像する。

「持ってる本を子供に読みきかせろ」

 と脅されている様とか。

 そしてカラスの子供たちに本の読み聴かせをするブッコロー。

 …どうも鳥類が渋滞している。しかも退屈そうだ。

 やっぱり僕には創作の素質がないな。

 考え込みつつ、うっかり電動歯ブラシを口から出してしまい、また歯磨き粉を辺りに撒き散らかしてしまった。

 おいおいデジャブか。

 一応、机の上のブッコローは無事だった。

 無限ループみたいな展開になるところだった。

 だが次はブッコローを洗っても、外に干したりはしない。

 なにはともあれ。

 おかえりブッコロー。


 了

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あれはうちのブッコロー 井川アスラ @asatohonzaki

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