第26話 相談
翌日、僕は急遽藤沢さんに呼び出され、近所の喫茶店に来ていた。
用件は聞いていないが、十中八九昨日の告白のことだろう。僕としても、藤沢さんには相談に乗ってもらいたかったので都合がいい。それに、何にせよ水島さん絡みのことは藤沢さんに話しておくべきだ。
待ち合わせ時間の五分前、先に店内に入ってアイスコーヒーを注文したところで藤沢さんがやって来た。
「暑いね、何か頼んだ?」
「アイスコーヒーを」
「じゃあ私もそれにしよ」
藤沢さんが近くの店員を呼び止め、注文する。
そして、無料のお冷やを一口飲んだ後、ふうーと息をついて、パタパタと手で顔を仰ぐ。
「暑い暑い。夏ももうすぐ終わるっていうのにね」
「今年の夏は延長しそうですね」
「そういえば、ここに来る途中の道で当たりのアイス棒見つけたんだけど」
「拾ったんですか」
「拾うわけないでしょ!」
アハハっと藤沢さんが笑う。
「なんで当たりの棒なのに捨てちゃったんだろうね」
「うーん」
「あ、そもそも、ゴミを道に捨てちゃダメだ」
「まあ、そうですね」
そんな調子で藤沢さんがなかなか本題に入ろうとしないので、僕が話を切り出す。
「あの、今日呼んだのって」
「そうそう、聞いたよー。那澄ちゃん、三浦君に告白したんだってね」
藤沢さんは口角を上げながら、さも楽しそうに言う。
「いやー、若いね。青春って感じだね」
「若いって、藤沢さんも僕らと二つしか変わらないじゃないですか」
この人はつい半年前、観覧車の頂上で僕に告白されたことを忘れているのだろうか。
「それで、どうするの。保留にしてるんでしょ、返事」
「そのことなんですけど、自分の水島さんに対する気持ちがわからなくて困ってるというか」
僕が言い終えたところで、店員が二人分のアイスコーヒーを持ってやって来た。
店員が「ごゆっくりどうぞ」と言って立ち去ったのを確認してから、僕らは話を再開する。
「でも、那澄ちゃんのことは好きでしょ?二人で料理つくったり絵を描いたり、おうちデートみたいなことしてるんだから」
「でも、その『好き』は友達としてというか...」
「少しでもそういう気になったことはないの?」
藤沢さんが間を開けずに僕に質問してくるので、まるで尋問されているような気持ちになる。
「...手が触れたり、体が近くなったりしたときにドキっとしたことはありますけど」
「いいね」
藤沢さんがフフッと笑う。
「...でも、すごく失礼な話、無意識にそういう目で見ないようにしてたのかもしれません」
「それは、那澄ちゃんが透明だから?」
「...そうだと思います」
「ふーん、確かにね、難しいよね。姿の見えない相手のことを好きになるって」
藤沢さんはアイスコーヒーにミルクを少し入れて、ストローでクルクルと混ぜる。
「三浦君はさ、那澄ちゃんと初めて会ったとき、どんな気持ちだったの?」
「そうですね...正直怖かったです。藤沢さんに紹介されても、やっぱり抵抗はありましたよ」
「今も?」
「今は別に抵抗とかはないです。...水島さんのことを知るたびに、ちゃんと一人の人間なんだなってわかりますし」
「そっか」
藤沢さんが嬉しそうに微笑む。
「でも、好きかどうかっていう恋愛に関してまではまだわからないというか、きっと、僕が壁を作ってたんでしょうね」
「付き合いながら自分の気持ちを確かめていくのはどうかな?」
藤沢さんは、まるで困っている子供に助言をするように話す。
こういう時の彼女は、一層「お姉さん感」があり、僕は若干緊張してしまうのだ。
「うーん、時間をかければいずれ自分の気持ちがわかるような気もするし、ずっとわからないままの気もするんです」
「あはは、難問だね」
藤沢さんはニコニコと笑いながらストローを咥える。僕も乾いた口の中を潤すため、アイスコーヒーを口に運ぶ。
ちょうどその間に、外でジリジリとアブラゼミがうるさく鳴き始めた。
「私としては、那澄ちゃんと付き合ってほしいな」
藤沢さんは少し微笑みながらそう言った。
「那澄ちゃん、告白するのにすごく勇気を出したと思う。ほら、あの子、控えめな性格でしょ。それに、透明だからっていう引け目もあったはずだよ」
それを聞いて、昨日の水島さんの震えた声や熱い手のひらを思い出す。
「...僕、付き合った先のことも想像できなくて」
「というと?」
「え、ほら...その...同棲とか」
「あはは、気が早いね」
「で、でも、藤沢さんは卒業したら東京に行くじゃないですか...!」
「あー、確かに。大事なことだね」
「そうですよ」
僕は赤くなった顔を冷やそうとアイスコーヒーを一気に飲み干す。
「仮に同棲するってことになっても、私が全力でサポートするよ。面倒ごとは全部私に押し付けちゃっていいからさ。とにかく、そんなに考え込まなくてもいいって。普通の大学生の恋愛だと思って気楽にさ」
「普通の恋愛も気楽にはなれないですけどね」
少なくとも、あの観覧車での出来事が気楽な恋愛だったと言えるはずがない。
「もしかして、まだ私に未練がある?」
藤沢さんは至って真剣に聞いてきた。
僕はドキリとしたが、図星ではなかった。
しばらくの間、封じられてきたその話題を出されて、反射的に動揺しただけだ。
「そういうわけじゃないですよ」
「そう」
藤沢さんは安心したようにニコリと笑った。
「...まあ、でも、藤沢さんと話せてよかったです。決心がつきました」
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