第27話 決意
今考えると、初めから気持ちは固まっていたように思える。ただ他者に自分の不安を聞いてもらって、背中を押して欲しかっただけかもしれない。だとすれば、僕という男は情けないほど女々しいやつだ。
喫茶店を出ると、むわっとした夏の熱気が肌に当たる。
「私これから用事があるから」
そう言って、僕に目配せをした藤沢さんは、軽快に家とは反対方向に歩いて行った。本当か嘘かわからない彼女の言葉をありがたく受け取り、僕はアパートへ向かう。
迷いがなくなった僕の足取りは半ば吹っ切れたように軽くなっていた。
いつものドアの前で息を整える。
何度も押したインターホン。
今日は少し指先が震える。
告白を受けた側の僕がこんなにドキドキするのはなぜだろう。
「あ、三浦君...」
僕を確認した水島さんが、ガチャリとドアを開ける。
「今、大丈夫?」
「うん、大丈夫...です」
水島さんも察しがついたのだろう、声を通して緊張が伝わってくる。
「部屋、あがりますか?」
「いや、ここでいい。...それで、告白のことだけど」
「...うん」
「付き合おう、僕たち」
言い切ってから、まるで自分が告白したかのように、体が熱くなる。
「...ほんとですか?」
彼女の驚きと安堵が混じったような声。
「うん。正直、まだ自分の気持ちがわからないんだ。でも、だからこそ、もっと水島さんのことを知っていきたい」
「...ありがとうございます」
「...」
「...」
「...あはは、こういうの初めてだから、なんて言ったらいいかわかんないな」
僕がそう言って苦笑すると、微かに鼻をすする音が聞こえた。
「...もしかして、泣いてる?」
「泣いてないです...!」
水島さんはくぐもった声で否定した後、すぐに小さな咳をして声を整える。
そんな様子がなんだか可愛らしく思えた。
「えっと、よろしくお願いします。三浦君」
「うん、こちらこそ」
僕が差し出した手を、それより一回り小さい手が握る。
「あの...ハグしてもいいですか?」
水島さんからの要望に、僕は照れた笑いを浮かべる。
「うん、いいよ」
僕は繋いだ手を優しく引っ張る。
その力に従って、水島さんは自ら吸い寄せられるように僕の体に密着する。そして、ぎこちなさそうに僕の背中に手を回し、肩あたりに顔をうずめた。
僕は水島さんの頭にそっと手を置く。玄関の段差分を足しても、まだ少し僕の方が背が高い。そこから髪の流れに沿って静かに手を下ろす。さらさらとした髪は、肩よりも十センチほど下まで伸びている。
実際に抱き合っていた時間は十秒にも満たなかっただろう。それでも、息遣いや匂い、肌で感じる情報の一つ一つが、彼女の存在を痛いほどにわからせるのだった。
水島さんが、抱きしめていた手を緩め、体を離した。
「やっぱり、恥ずかしいですね」
そう言って水島さんはフフッと笑ったので僕もつられて微笑んだ。口にはしなかったが、その時の彼女も泣いていたように思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます