第25話 雨の日③

水島さんはフフッと笑う。

「この世界から消してくださいって、そういうつもりで言ったんじゃないんですけどね」

「...その祠の神様のせいってこと?」

「私はそう思ってます。きっと、生きることから逃げたから罰が当たったんですよ」

「そんな...」

僕は眉をひそめる。

「信じられないですよね」

また水島さんが取り繕ったように笑う。

ありえない話も、透明人間本人に言われているのだから信じるしかない。むしろ、こんな理不尽な話、すべて嘘だと言ってほしかった。水島さんの境遇を知った僕の中に、やるせない気持ちがこみ上げる。

「...そんなの、おかしいよ」

「え?」

「僕は平凡な人生を送ってきたからさ、水島さんがどんな気持ちだったのか想像しかできないけど、きっと、すごく辛くて苦しくて、僕だったら耐えられないと思う。そんな状況になったら、誰だって逃げ出したくなるよ。ましてや、まだ小さい子供だろ」

「...」

「それなのに、罰だなんて。あまりにも...あんまりじゃないか」

テーブルの上に置いた拳に力が入る。

「...ありがとう、三浦君。でもね、透明になってよかったって思うこともあるんです」

僕の拳に、水島さんの手のひらが被さる。

「私、きっとあのまま生きてても、ずっと一人でした。透明人間になったから、詩乃ちゃんや三浦君と出会えたんです」

水島さんが僕の拳を包み込むようにギュッと握った。

「...うん」

僕は小恥ずかしくなって下を向く。

外では横なぶりになった雨が、ベランダのドアをバラバラと打ちつけていた。


「それでね、今日こんな話をしたのは...」

少し間を置いてから、水島さんが口を開く。その声が震えていたから、僕は思わず顔を上げた。

上手くまとめられないのか、水島さんは言葉を詰まらせながら、一生懸命に話す。

「やっぱり、三浦君には話しておいた方がいいと思って。いや、私が話したくて。私、人見知りだけど、三浦君とはなぜか話しやすいんです。三浦君はこんな私にも優しくしてくれて、だから、その...」

僕の拳に被さった透明な手に、熱が帯びていく。


「...好きなんです」

彼女の透き通るような綺麗な声は確かにそう言った。

僕は動揺して、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。

「好きって....もしかして、僕のこと?」

「...はい。付き合いたいです、三浦君と」

自分の鼓動が早くなったのを感じる。

「...あー、えーっと...そっか」

どうしてよいかわからずドギマギする僕の口元は無意識に緩んでいた。純粋に、人から好きだと言われたことが嬉しかった。


でも、一旦冷静さを取り戻すと、すぐには告白の返事をすることができないと気づく。姿の見えない水島さんに対する恋愛感情が全くと言っていいほどわからなかったのだ。それに、付き合ったその先のことも想像ができなかった。


「えへへ、ごめんなさい、やっぱり困りますよね」

返事に詰まっている僕を気遣うように笑う水島さんに、胸が苦しくなる。

「...いきなりのことで、まだ気持ちが整理できてなくて。もう少しだけ返事は待ってもらえるかな」

「うん、わかりました」


カーテンの隙間から日差しが漏れている。土砂降りだった雨は、いつの間にかパラパラとした小雨に変わっていた。

その日は、絵を描かずお開きとなった。

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