第5話 デパートにて
それから二週間が経った。
藤沢宅の衝撃的な秘密を知ってしまった僕に、藤沢さんはいつもと変わらない様子で接してくる。
そして、水島さんの話題が一切ないまま、前期のテスト期間を終え、夏休みに突入した。
自宅から徒歩二十分のところにある、デパートの一角。紙袋に入った様々な種類のお茶が棚に陳列している。そこから二つを手に取り、品定めをしている年配の女性の客をぼんやりと眺めながら、僕は大きなあくびをする。
バックヤードから男性社員が出てくるのに気づき、僕は急いであくびを中断する。
「俺時間だから帰るわ。閉店作業ってもう店長から教わったよね?」
「あ、はい」
男性社員は帰り支度を済ませると、ふくよかな体を揺らしながら気だるそうに店から出て行った。
僕は一か月前からこの店で働いている。お茶を専門に取り扱っている店で、店内のおしゃれな雰囲気に惹かれて応募した。働き始めてからわかったが、予想外に暇な職場だった。今日は平日。十分に一組の客が来れば忙しいほうだ。
しばらくして、やっと品定めを終えたおばあさんがレジに商品を持ってきた。
「いらっしゃいませー。...こちら一点で八百八十円です」
おばあさんは会計を済ませた後、「どうも」と会釈をして店を出て行った。
「ふう」
カウンターに手をつきながら、息を吐く。
「よっ、三浦君!」
「わあっ、藤沢さん!?」
商品棚の裏から突然現れた藤沢さんに、僕はおもわず声を上げる。
「どうしてここに?」
「たまたま通りかかったんだよ。驚かそうと思って、お客さんがいなくなるまで待ってた」
そう言うと、藤沢さんは無邪気な笑顔を見せる。
「三浦君、こんなおしゃれなお店でバイトしてるんだね」
「はい、結構暇ですよ」
「ふふっ、そうなんだ。せっかくだし、なんか買っていこうかな」
「本当ですか?」
「紅茶ある?那澄ちゃんが好きなんだけど」
彼女の名前を聞いてドキリとする。
なんとなく、あの日のことはもう触れてはいけないタブーのように思っていたからだ。藤沢さんは秘密を知っている僕をどう思っているのだろうか。僕は、どう接していけばいいのだろうか。
紅茶の会計が終わり、藤沢さんとの別れ際。
「三浦君、バイト終わってから時間空いてたりする?」
「ああ、はい。空いてますけど」
「もしよかったらうちに来ない?バイト終わりだし、夜遅いから、疲れてたら無理しなくていいけど」
一瞬、厭らしい想像をしてしまったが、藤沢さんの家には透明人間の水島さんもいるのだから、そのようなことではないのだろう。
「...いいですけど、何するんですか?」
「ボードゲーム!」
「はあ...」
なんだか拍子抜けしてしまった僕に、またも藤沢さんは無邪気な笑顔を見せた。
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