第4話 独りの夜
手鏡を覗けばすべての真実がわかる、そう言われたけれど。あたしは覗く気にはなれなかった。
真実ならもう知ってる。この荒廃した街。見た目は汚く、痩せこけているのにぎらぎらと幸福そうな目をした人々。あたしを認識しない人々。
真実は見えているのに覗いて何が得られる?
あたしは手鏡をポケットにしまい、今日も食べるものを探す。
少しでもおいしいものを。少しでも栄養のあるものを。明日も生きるために。
「やった」
見つけたのはあたしの好きな鯖缶。賞味期限切れの。
2年ぐらい切れてるけど、まあ許容範囲かな。
今日はごちそうだ。
焚火をして、体を温めて、ご飯を食べる。
これがあたしの幸せ。
薬なんかに頼らなくても、十分幸せ。
おなかがいっぱいになると、あたしの意識はうつらうつらして、夢の闇へと引きずり込まれていく。
『何のために明日も生きるの?』
夢のはざまで、心の声が問いかけてくる。妄想なんて消えろ。早く寝てしまいたい。
『いいじゃん、薬飲もうよ』
だめだ、あたしだけでもこっち側に残らないと。
『でも何のために?』
心の声は夢の中であたしを誘惑する。うるさい。ダメなもんはダメなんだ。そう言って、心の声を意識から追い出す。
『鏡のぞいてみようよ』
いつもはそうして終わる繰り返しの問答も。今日は少しだけ違った。あの子に会ったせい、鏡をもらったせいだ。
あたしは、自分の額から流れ落ちる一粒の汗で目を覚ました。
汗で湿った体は気持ち悪い。
ぬぐおうと右手を掲げると、その手の中にはなぜかあの手鏡があった。
「っ、なんで」
あたしは、とっさにそれを放り投げる。
しかし、手鏡は割れることなく、怪しい光をまとって地面からこちらを見ている。
汚れのない、美しい手鏡。
「『鏡のぞいてみようよ』」
夢の中でもないのに、心の声がした。
あたしの耳にはっきりと聞こえる。
視界から鏡を外せなくなっていた。引き寄せられる。
「『今が真実なら覗いても何も変わらないだろう?』」
そう、そうだ、あたしはもう真実の中にいる。覗いたってきっと今がうつるだけ。
それなら、なに一つ変わらない。
ちょっとだけ、誘惑に身を任せてもいいじゃないか。
あたしは鏡を取り上げる。
そしてそれを覗きこむ。
うつるものは、
あたしの脳みそ。
想いもよらないことだけれど、それは想像通りで。
私はすべてを
ああ、そうか。
あたし特別じゃなかったんだ。
もうとっくに幻想の中だったんだ。
全部全部、真相を追い求め、真実と戦うと願ったあたしの妄想、虚像。
全身の力が抜けた。私の頑張った意味はそもそもなかった。
あたしは、独りじゃない。もともと、みんなと一緒だった。
これは全部ただの、あたしの夢。
あたしだってずっと、人生をメイクされていたんだ。
ポケットの中にある薬に初めて触る。
もう、ソレに対しての恐怖は何もなかった。
「今度は、もうちょっとマシなメイクにしてよ?」
あたしは、薬を飲みこんだ。
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