第6話「冬美②」
休日を経て、夏彦は同級生に話を聞くことにした。なにしろ、上総の母親の話が唯一の手掛かりだったからだ。
夏彦が知る限り、上総の生活態度におかしなところはなかった。両親と仲が悪いなどと聞いた覚えもないし、遊びに行ったり参考書を探すなど、普通に生活しているようにしか見えなかった。
しかし去年以前の上総を、夏彦は知らない。昔から上総を知る友人なら、事情を知っているかもしれないと考えたのだ。
担任には休みの間に電話で報告を済ませた。夏彦の話に担任は納得と同意を示す。
彼女は担任にも同じような言葉を投げるだけで会話にすらならないらしい。母親があの調子ではこれ以上どうすることもできないと、担任は半ば諦めたように言った。
教師に家庭へ干渉する権限はない。いくら仕事でも、自分の立場を揺らがせてまで親身になってくれる教師ばかりではない。
分かっていても、悔しかった。
だから夏彦は、せめて自分だけでもと。捜索を続けることにした。
幸いクラスに二人、上総と同じ小学校出身の生徒がいた。夏彦は昼休みに彼等に聞いてみる。昔の上総のことを。
「上総?ああ、あいつ、小6ん時も一回行方不明になってんだけどさ」
「そうそう。帰ってきたらなんか明るくなっててビックリしたよね」
「暗かったもんなぁ。あんま喋ったこともなかったし」
「友達いなかったんじゃね?」
軽い調子で二人は話す。
初耳だ。少なくとも上総からそんな話は聞いたこともない。わりとなんでも話すタイプだったから…もしかしたら本人は覚えていないのかもしれない。
驚く夏彦を見てなにかを察したのか、二人は気まずそうに苦笑した。
「お前仲良かったもんな」
「またそのうちひょっこり帰ってくるって」
肩を叩き、励ましてはいるけれど心配はしていない。この二人にとっての上総は、そういう存在なんだ。
サッカーボールを手に教室を出ていく彼等を見送ることもなく、夏彦は教室に立ち尽くす。寒さに似合わぬ綺麗な空が恨めしかった。
2週間が過ぎた頃には、誰も上総のことを話題に出さなくなった。
もう誰も気にしていない。後ろの席はぽっかり空いたままなのに。日常は残酷だ。
そもそも神隠しだの、行方不明だの。そんなニュースで溢れていたからか、学校内でも多少騒ぎになった程度ですぐに見向きもされなくなった。
家族が捜索願を出していないから、ニュースにすらなっていない。
まるで最初からいなかったかのように。
納得していないのは夏彦と、妹の冬美だけだった。
お互いだけでも味方がいた事が唯一の救いだろうか。
手数のない彼等は、幾つかの約束をして二手に分かれて捜索することにした。
一、深入りはしない。危ないと思ったら引き返す
一、暗くならないうちに帰宅する
一、学業を疎かにしない
一、上総の家には近付かない
……活動するうちに改定はあったが、お互い約束を破ることなく時は過ぎた。
**
その日も冬美は、上総との思い出を元に街を歩いていた。
駅前の文具店、ファストフード店、本屋を巡って目撃情報を探すうちに、辺りは暗くなってくる。田舎の、多少開けているとはいえ狭い商店街なのに。
冬の陽は短い。今だけは、それが酷く恨めしい。
帰り際に剥がれかけていた自作の…行方不明者探してますの貼り紙を新しいものと交換していると、背後から声をかけられた。
「こんにちは」
明るく柔和な、背の高い女性が冬美に笑いかけている。
「あらごめんなさい、もうこんばんはだったわね」
驚きのあまり固まる冬美を前に、女性はくすくすと肩を竦めた。冬美は小さく首を振って返す。
「探しものかしら?」
新しい貼り紙を示し、女性は問いかけた。
「人を…探しています」
「あら。最近多いみたいだものね」
「多い……?」
「神隠し」
薄笑いから出た言葉に、冬美の肩が強張る。あらあらと呟いて、彼女は悪びれず言い訳をした。
「ごめんなさい、怖がらせるつもりはなかったの。ただ、ちまたでそう呼ばれているから」
確かにニュースなどでは、半ば面白おかしく騒がれている。だけど冬美は彼がそうなったとは思いたくなかった。
「お友達?」
冬美の気持ちなどお構いなしに、女性は踏み込んできた。沈黙で応えると、彼女はまた薄ら笑う。
「もしかして、好きな人かな?」
耳が赤くなるのが分かった。興味本位で聞いているのなら止めて欲しい。鞄を抱きしめやり過ごそうとする冬美の横顔に、彼女は眉を下げて息を吐く。
「そう…それは心配ね。でも大丈夫、あなたの想い人はきっと見つかるわ。元気を出して」
急に励まされて困惑した冬美は、久方ぶりに周囲を見渡した。不思議な空気が流れているのはこの一角だけで、駅前広場はいつもと変わらない。
「そうだ。私も一緒に探してあげる。少しは力になれるはずよ?」
ごそごそと何かを探す音がして、冬美は警戒した。彼女の緊張を意に介さず、女性は名刺を握らせる。
「困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい。待っているから」
言い捨てて、彼女は去った。最初と変わらず優しい笑顔のまま。
冬美は持たされた名刺をぼんやりと眺める。彼女に似合わぬ堅苦しい活字が並んでいた。
「美濃辺心療内科…病院?」
意外な文字列に気が抜けるのが分かる。
冬美は既に見えなくなった後ろ姿を探して通りを見据えた。
そこでは相変わらず、寒そうな人々が入れ代わり立ち代わり、忙しなく歩いているだけだった。
**
なんの収穫もなく
なんの変化もなく
月日は流れ
2ヶ月程した頃
結末は唐突に訪れた。
その日は酷く寒い土曜日で、夏彦と冬美はリビングで母が淹れてくれたコーンスープで暖を取る。
和やかな朝食。テレビに朝の地方ニュースが映った。県内の山中で白骨化した遺体が見付かったと報じられる。
身元も判明していた。写真も出た。
それは確かに上総だった。
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