ハトの声がする


 これは僕が勤めていた病院に限った事ではなく、東京の高い建物ならどこでもあることだろう。


 僕は北海道生まれ北海道育ちなので、ハトの鳴き声を聞いた事がなかった。

 初めて聞いた時は、自宅の深夜で、一瞬人の声かと思ってびっくりした。


 今日は夜勤中にあった、そんなハトの声についての恐怖体験を紹介する。


 僕の勤めていた病院は基本的にナースステーションはエアコンが全てどの病棟にもつけられていた。

 なので、どこのナースステーションもそこから見える外、ベランダみたいな場所にエアコンの室外機が設置されていた。

 

 そのベランダは、エアコンのメンテナンスも考えて人が入れる作りになっていて、僕も夜勤をしている時にナースステーションの看護婦さんから「エアコンの調子が悪い」とか言われ、そのベランダに入った記憶がある。


 ベランダへのドアはガラス張りで、患者さんの自殺防止などの観点から普段は鍵が掛けられている。


 僕たちのような設備員か、看護婦さんの長、看護長がその鍵を持っているので、基本的に患者さんの出入りはない。


 その日も夜勤をしていた僕の仮眠室に病棟の看護婦さんから電話が入る。


「はい、設備です」

「あー、設備さん? あのね、こんな真夜中なのにハトが入ったみたいでさっきから鳴いてるのよ、ちょっと見てくれない?」

「ハトですか? こんな時間に?」


 僕は仮眠室の時計を見た。

 時刻は午前3時、僕の眠気もMAXだ。

 その後、今から向かう旨を看護婦さんに伝え、懐中電灯とベランダの鍵を持って病棟に向かった。


 しーんと静まり返った問題の病棟に到着した。

 ナースステーションの前まで行ってもハトの鳴き声はひとつも聞こえない。

 嫌がらせだったのかな? 僕はそう思った。

 極まれに意地の悪い看護婦さんというのも居るのだ。

 

 世の中では「白衣の天使」と呼ばれている彼女たちの中にも「白衣の悪魔」という存在が確かに存在するのだ。


 僕はそんなことを考えながら、電話をしてきた看護婦さんの話を聞くためにナースステーションに入っていった。


「こんばんはー、設備です」

「なんか、あんたが来たらハトの声も止まったわ」

「え?」

「だから、あ、ん、た、が来たらハトの声が止まったの!」

「はぁ……」


 僕の予想と違わず、今回は「悪魔」の方だったらしい。

 それでもめげずに看護婦さんから話を聞いた。

 

 それによると、エアコンの室外機のあるベランダからハトの鳴き声のような「うぉーうぉー」という男性が雄叫びをあげているような声がしていたらしいことがわかった。


 僕はエアコンの室外機のあるベランダを調査するため、ナースステーションを後にしようとした。

 

 すると僕の背中に看護婦さんが


「もし、ハトじゃなくても恨まないでよ?」


 と本人は茶化したつもりだろうが、見に行く僕をビビらせるような言葉をかけてきたので、看護婦さんの方を振り返った。

 すると、看護婦さんは意地の悪いような笑みを浮かべていたので、無視してベランダへ向かう。


 設備員をただの小間使いだとでも思ってんのかよ、あいつ。


 そう思いながら、鍵を開けて乱暴にベランダのドアを開けて表に出た。

 

 人一人が通れるくらいのベランダ。

 照明などは何もないので懐中電灯の明かりだけが頼りだ。

 

 かなりの間隔をあけて、万が一火事の際に消防隊が突入してくる時用の赤いランプは備え付けてあるが、深夜の誰もいない細い道を赤く照らしているその照明ですら恐怖を演出しているかのようだった。


 僕はそんな道を懐中電灯で照らしながら、ハトが入り込んだらしいエアコンの室外機の場所まで向かう。


 室外機のある場所はハトの侵入防止用にネットが張られているので、滅多なことではハトは入り込まない。

 

 僕は目の前まで来てそのことを思い出していた。

 確かに目の細かい緑のネットが張られている。

 このネットをくぐらないと、室外機を見る事はできないが、このネットをくぐったら戻ってこれないのではないか? とも思えた。


 僕がネットの前で立ち尽くしていると、ネットの中からハトの鳴き声のようなものが聞こえて来た。


「うぉー、うぉー」


 確かに、これはハトの鳴き声に似ている。

 でも、なんだか抑揚がない。

 そう思いながらもネットをくぐった。


 ハトが居たら手づかみで掴んでネットの外に放してやらなきゃなー。などと考えながら、懐中電灯で室外機を照らした。


 ハトの色というのは、通常灰色が多いと思う。

 しかし、照らした場所に映ったのは肌色だった。


「……は?」


 そこには全裸の中年くらいの男性が三角座り(地域によっては、体育座り)のように、自身の膝を両手で抱えた状態で座り込んでいる男が居た。


 僕がその男に気づいたと同時に三角座りをしている男性もこちらに気が付いたようで、目があった。

 そして、その男の口が開く。


「うぉーうぉー」


 無表情の男は僕に向かって、そう言ってきた。

 なるほど、生きてる人間ではないな。

 そう思った僕は、ネットをくぐって再びベランダに戻り、その足でナースステーションに行った。


「室外機の故障みたいです」


 僕はさっきの「悪魔」にそれだけ言った。

 すると、その看護婦は僕にこう言った。


「なーんだつまんない。からかっただけなのに」


 僕はそれからその病棟のその看護師からの電話は受け取らない事にした。

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