命の危機?~実は綱渡りしてた?~




 夢を見た、泣く子どもをなだめる女性の夢を。

 子どもは「どうして、なんで」と泣いている。

 女性は子どもを抱きしめなだめている。


 女性は振り返り、こちらを見て言った。


「次は貴方の番よ」


 と──





「んぁ?」

 妙に印象に残る夢だった。

 美咲は誰かに言おうか迷ったが、誰にも言わないことにした。





「ごろごろ……美咲はテクニシャンだな……ゴロゴロ……」

 ライオンと合成されたような怪人の喉を撫でる。

「匂いもいいし、少し位かじっちゃだめか?」

「かじるのは駄目です」

「だよなー……でもちょっとくらい駄目?」

 べろりと舌で舐められる、ちょっと痛いなぁと思いながら、美咲は言う。

「駄目です」

「うーんやっぱりかー」

「そろそろ癒やしが終了の時間です」

 仮面を被った黒炎さん直属の部下たちが、止めに入った。

「わかってるって、食べないよ。美味しそうだけど」

「何処が美味しそうなのかは聞きませんが食べたら私は癒やしできなくなりますので」

「だよな、じゃあ、またな」

「ええ、また」

 怪人が出て行くと、仮面を被った一人が蒸しタオルを持ってきて美咲に手渡す。

「どうぞ、お顔を」

「ありがとう」

 ほかほかとしたタオルの感触を感じながら、舐められた顔を拭う。

「ふぅ、さっぱりした」

 そういえば、タオルを回収され、いつの間にか用意された水場で洗われ、再び蒸される。

「……」


「美咲さん」

「ユゥさん」

 白い服の美丈夫、ユゥが入ってきた。

 彼は白い髪を書き上げながら、椅子に座った。

「お茶会希望します」

「はい、お茶会ですねー」

 美咲はお茶会の準備をする。

 お茶を出し、椅子に座り会話をしようとするとユゥが突然言い出した。

「美咲さんは、皆に食べられたいと言われているようですね」

「ええ、ちょっと困りものですね、食べられたら仕事が出来なくなってしまいますので」

「──もし私が貴方の首が欲しいと言ったらなんと返しますか?」

「うぇ⁈ そ、それはもっと困ります、死んじゃいますので……‼」

 慌てる美咲を見て、ユゥはくすりと笑う。

「冗談です」

「よかったぁ……冗談じゃなかったら、困ります……」

 安堵する美咲に、ユゥは微笑みかける。

「今日はチョコチップクッキーですか」

「はい、美味しいのを頂いたので」

「では、食べましょう」

「はい」

 そしていつも通りの会話が始まった。





 一時間後──

「また来て下さいね」

「はい」

 美咲に見送られ、ユゥは出ると自分の唇をなぞった。

「……どこぞの娘が聖人への口づけを欲して首を貰った話がありましたが……その娘の気持ちが分かってしまいそうでいやですね」

 ユゥは自嘲気味に言うと、そのまま通路を歩いて闇に消えていった──





「なーんかますます皆さんの言動が物騒になっていくぞ? 何か心辺りあります?」

 美咲は休憩の札を立てた、黒炎の配下達に聞くと、配下達は顔を見合わせて首を横に振った。

「そう……なら、何で物騒になってきてるんだろ?」


 首が欲しい、食べたい、目が欲しい、手が欲しい等、様々な要望があったが全てはねのけた美咲。

 ヴィランらしいと言えばヴィランらしい要望だが、癒やし係として真っ当する為にはその要望ははねのけなければいけない。


「美咲、今休憩中か」

「黒炎さん」

 黒炎がやってきたので、美咲は駆け寄った。

「何か困ったことはないか?」

「あー強いて言うなら、皆が欲しがるようになってきたのが困りものです?」

「何?」

 美咲は誰とは名前を言わず、欲しがる内容を伝えると、黒炎は仮面を被ったまま、額を抑えた。

「……すまんな」

「いいえぇ‼ なんかお手数かけてすみません……」

「いや、これはこちら側の監督不行き届きだ」

「そう、ですか?」

「龍我様に通して少し君への態度を改めさせなければならない」

「い、いえ! そんな大事になるくらいなら──」

「美咲」

「ひゃい!」

 黒炎に名前を呼ばれ美咲は固まる。

「君に『癒やし係』を任命した私と龍牙様には、君を守る責任がある。だから今後も似たような事があったなら早めに言って欲しい」

「はい……」

「別に君を責めてるわけじゃない」

 何処かばつわるそうな美咲に黒炎は言葉をかける。

「私達はヴィランだ。だから、自分の欲求で君を傷つけてしまうかもしれない。それだけは避けたいのだ」

「……黒炎さんにも何か欲求があるんですか?」

「──」

 美咲がそう問いかけると、黒炎は言葉を失った。





「君が欲しい」

 だなんて、誰が言えよう。

 自分だけのものにしたいなんて、言える訳がない。





「……考えた事も無かったな」

「本当ですかぁ?」

「本当だ」

「うーん、なんか嘘っぽいけど、一応信用します」

 美咲はそう言って自室へと戻った。


「黒炎さん、なーんかビジネス的なんだよねぇ」

 独り愚痴る。

「滅多にここに来ないし……というか来たの二回位だよね?」

「癒やしを必要としてない……のかなぁ」

 美咲は一人残念そうに肩を落とした。





「──以上が美咲を取り巻く環境です、龍牙様」

 謁見の間で黒炎は龍牙に美咲から聞いた事を報告した。

「ボス、ここは一度引き締めた方が良いのでは?」

 龍牙の側にいたオールバックの男が声をかける。

「そうだな、ルロー。美咲は保護しなければならない存在だ、このまま放置して実行した馬鹿が出たらそれこそおじゃんだ」

「では私が全員に招集をかけますので」

「頼んだぞ」

 オールバックの男──ルローはそう言われるとその場から一瞬で居なくなった。

「それはそうと、黒炎。お前は『癒やし部屋』をほとんど利用してないそうだな」

「私以上に利用しなければならないものがいるからです」

「いや、俺にはお前ほど利用しなければならないものは居ないと思うぞ」

「しかし……」

「これは命令だ、黒炎。休憩が終わり次第すぐ部屋を利用しろ」

「……畏まりました」

 黒炎はそう言ってその場から立ち去った。





「やれやれ、鈍い二人をくっつけるのは大変だな」

 黒炎が居なくなったのを確認すると、龍牙はそう呟いた。

「ボス? それは黒炎と癒やし係のことですか?」

「その通りだルロー」

「しかし、くっ付いては業務に支障がでるのでは?」

「出る訳がない、美咲はそう言う娘だ」

「はぁ」

「なんならルロー、お前も一度利用してみろ」

「……分かりました、暇がある時」

「暇を作れ、私は今は一人でも平気だ」

「……畏まりました」

 ルローも居なくなり、龍牙は口元に笑みを浮かべる。

「比較まともな連中ほど、利用しない傾向にあるからな。そいつらにこそ利用させてやらねば」


「そして万全を期して、アレを殺す。リフレインの用に美咲を死なせない」


 真面目な顔でそう言うと龍牙は謁見の間を後にした──






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