千客万来~無自覚とは恐ろしい~




「膝枕きぼー!」

「はい、どうぞ」


「ハグ希望!」

「はい、いいですよー」


「一緒にお茶会希望!」

「はい、勿論」



 内容によるが、基本10分、飲食がある場合は30分位でヴィラン達に癒やしを提供するのは終わった。

 最初の休憩が終わって黒炎に、ヴィランだからこう言う癒やしは必要ないんじゃないかと問いかけたら──


『日常では動物に怯えられ、人と会話などできない彼らが「人並み」の癒やしを求めるのは割と普通だ、ヴィランだからと言って壊す、殺すだけが楽しみではない』


 と、答えられた。

 それに「やっぱり壊したり、殺したりも楽しみではあるんですね」と言わないでおいたのは正解だったと美咲は思った。


「ごろごろごろごろ……」


 猫っぽいヴィランの喉を撫でる。

 10分程して、満足したのかシャキーンと立ち上がり。


「ありがとうな!」


 と言って部屋を出て行った。

 すると黒服の仮面を被った人達が美咲に近寄り──


「美咲様、そろそろ休憩を」

「はい」


 その人物達は扉の前に「休憩中」の看板を立てて、美咲の身辺を守るような仕草をしていた。


 だから、美咲はゆっくりと休む事が出来た。


「美咲様、黒炎様から紅茶とクッキーが」

「ありがとうございます。その……お礼をお伝えしてくださいませんか?」

「勿論です」


 黒炎は仕事が忙しいらしいが、その合間を縫って美咲の為の菓子や食事の準備をしてくれているのだという。

 直にお礼を言いたいが来てくれないなら仕方ない。



 それに部屋の外に、外出するには許可がいる。

 今はちょっと出せないと仮面を被った人達に言われて、自室として宛がわれた部屋に戻り少し一人の時間を満喫する。


「そういえば今残金どれだけだっけ?」

 と慌てると、部屋にもATMが備え付けられており、通帳を記帳して確認する。

「え゛?」

 その金額に目を疑う。

 何とか貯金して十数万が残っていた銀行の口座の金額は六桁の数字、百万単位の金が入っていたのである。

 片方が偽造会社らしきドラゴンファングの会社からの入金、これがほとんどを占めていたが。

 妙なことに、元いた会社からも入金があったのである、そこそこの金額で。


「あのちょっと聞きたい事があるんですが」

「はい、何でしょうか?」

「ドラゴンファングからのお金は何のお金で、元いた会社からのお金は何のお金なのでしょう?」

「ドラゴンファングからのは入会祝い金です。そして、貴方様が辞めた会社からは今まで貴方から搾取していたお金──つまり残業代や退職金です」

「あ、あの会社から⁈ どうやって⁈」

 美咲は驚くしかなかった。

「そこは私共はヴィランだから、ということで一つ」

「あ」

 美咲は良い扱いをされてたからすっかり忘れていたが、ここはヴィランの巣窟ドラゴンファングの中なのだ。

 格好にツッコみたいとか、服装にツッコみたいとか、見た目全体にツッコみたいとか思いつつも、癒やし係なので決して言わずヴィラン達を癒やしていた。


──本当にこれでいいのか?──


 と思いながらも、わずかな期間だが、確かに手応えはあった。

 癒やし係としてヴィランとして叩きのめされた彼らを癒やし、もう一度戦わせる意欲を出させ、場合によっては成功体験へ導くことができたのである。


 それが、世界的に良くない事であったとしても、美咲はやるしかなかった。


 なぜなら、酔っ払っていたとは言え、自分で選択してしまったからである。


 ふぅと息を吐き、休憩を終えると、最初に来たこの組織のトップである龍牙がやったきた。

「娘、癒やせ」

「はい、畏まりました」


 膝枕をして、髪を、顔を撫でる。


「どうしたのですか?」

「なに、癒やしが欲しいのに中々こん奴に頭を悩ませてる所だ」

「そんな人居るんですか?」

「ああ、居る。もうじき来る」

「分かりました、その方も癒やさせていただきますね」

「頼んだぞ」

 ぶっきらぼうに言いながらも、龍牙は美咲の頬を撫でた。

 肉厚的で、ゴツゴツした男の手を感じながら、不器用な龍牙の親愛の表現を受け取った。


 10分程して、龍牙が言う。


「来たぞ」

「はい!」

「ボス、黒炎の奴つれてきましたよぉ」

「ボス、連れてきました」

「ええい、蟲番、グリーレー、離さんか!」

「黒炎さん?」

 明らかに仕事モードの仮面をつけた黒炎を、知らぬ男達が連れてくる。

 毒々しい色の服を着た男と、上半身裸の男。

「蟲番、グリーレーよくやった」

「はい、ボスぅ。所で良い匂いしませんか?」

 グリーレーと呼ばれた真っ黒な目をした男が美咲に近づく。

 そして匂いを嗅ぐ。


「あ、あの、なんでしょう?」

「あは、アンタ美味しそう」

「美味しそう⁈」

 その直後、起き上がった龍牙の拳がグリーレーの顔に当たる。

 アッパーをしたのだ。

「グリーレー、貴様は美咲を捕食対象から外すまでここに来るのは禁止だ」

「え、そんなぁ。俺楽しみにしてたんすよぉ?」

「俺も人のことは言えんがこの悪食の悪童ガキめが」

 そう言って龍牙は立ち上がり、わしゃわしゃと美咲の髪を撫でると、黒炎を引っ張ってきて。

「寝てろ」

 ダァンと、床にダイナミックに寝かせた。


 硬い音がしたので美咲は。


──痛そう──


 と、重いそのままぶつけた部分を触らないように抱えながら膝の上にのせた。

 反応がない。


「しばらくそうさせておけ」

「は、はい」

 龍牙は先ほどの二人と共に部屋を出て行った。


 美咲は、反応がない、おそらく気絶しているであろう黒炎のマスクを取るべきか取らざるべきか悩んだ。


──起き上がってびっくりされたら──


 ガツンといきそうだったが、体を少し倒すことで顔面衝突を避けられそうな感じになった。

 すると、仮面を被った人の一人が背もたれを持ってきてくれたのでそれにもたれた。


 膝枕をし、髪を梳くようにしてから20分後──


「う……ぐ……」

「黒炎さん?」

「……‼」


 予想通り起き上がった黒炎だがぶつかることは無かった。

 美咲は姿勢を正して──


「黒炎さん、黒炎さんもこの場所を利用してもいいんですよ? そういう場所ですから」

「いや、しかし……」

「私ここと自室から出られないっぽいので黒炎さんに来て貰って、黒炎さんからも話を聞きたいんです」

「……分かった善処しよう」

「ありがとうございます!」

 美咲は純粋に嬉しくてお礼を言った。





 黒炎は仮面をしていて、そして表情をみられなくて良かったと思った。

 今の顔は見せられない程赤く、にやけてしまっているから──






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