才女試験
才女になるための勉強や、訓練を再開してから、あっという間に5年が経ち、15歳になった私は、才女試験を迎えることとなった。
その前に、もう1人の才女候補を退けなければならない。
「フィラム・ステルンベルギア様は、火、水、風、土属性に加え、闇魔法をお使いになります。才女候補になるだけあって、魔法の知識はさることながら、これだけ多くの属性を意のままに操ることにも長けておられるようです」
「闇魔法は現才女対策といったところね」
「はい。現才女の、ダリア・ノースポール様は、火、水、風、土属性に加え、光、氷属性の魔法をお使いになります。ダリア・ノースポール様は、何年も才女の座を守っていらっしゃる強者です」
「なるほど。交代の多かった才女が、ダリア・ノースポールになった途端、交代することがなくなったことを受けて、今回から筆記試験も追加したってところなのね」
「ですが、ダリア・ノースポール様も博識でいらっしゃいます。お嬢様が書庫の本を全て暗記されているのは知っておりますが、まだ知らぬ知識もあるかもしれません」
確かに。カーディナリス家も大きな一族であるが、ノースポール家もなかなか大きな一族だ。ステルンベルギア家よりも上かもしれない。なら、書庫もそれなりに大きそうだ。とはいえ、この国の書物はそれぞれの一族が自分で管理している。安易に見せてほしいと頼むことも難しい。ましてや、才女候補となれば、なおさらだ。
「他に知識を得る方法は……」
「お悩みのようですね、リリーお嬢様」
「シャスタ!?」
書庫への入り方を悩んでいると、ノックもなしにシャスタが部屋に入ってきた。
「シャスタ。お嬢様の部屋に勝手に入るとは何事ですか?」
「そう怒るなよカルミア。これでもお役に立ちたいと思って馳せ参じた次第なんだから」
「くだらない案を出したら氷漬けにするわよ」
「ひっ!」
「カルミア、その辺にしておきなさい。で? シャスタは何の用なの?」
「ノースポール家の書庫に入りたいのですよね?」
「できれば、ステルンベルギア家の書庫にも入りたいけれど」
「ならば、お嬢様の持つ時間魔法で、時間をお止めになってはいかがですか?」
「それなら考えたわ。けれど、途中でバレてしまうわ」
「そこで私の出番なのですよ! 私の透過魔法と、お嬢様の時間魔法を合わせれば、時間魔法の効果が切れても、透過魔法で見えない! どうです?」
なるほど。シャスタにしてはいいアイデアだ。透過魔法で潜入し、時間魔法で時間を止め、探索魔法で未読の本を探す。これならいいかもしれない。はあ。図書館のある国が羨ましい。
「分かったわ。シャスタの案を採用するわ。才女候補同士の試験は明後日だから、明日には決行よ。準備しておいてね」
「かしこまりました! では私はこれにて失礼」
シャスタは執事ではあるが、執事らくしくない。そのせいか、カルミアはシャスタには厳しい。主としては、きちんと執事としての勤めを教えなければならないのだろうが、今はいい。知識さえ手に入ればそれで。
書庫への潜入当日。私はシャスタと共にまずはステルンベルギア家に向かった。大きな門の前には騎士が3人立っていた。絵面的には2人なのだろうが、才女候補がいる屋敷ということもあり、警備に抜かりはない。
「シャスタ、潜入するわよ」
「了解です」
透過魔法とはいえ、障害物をよけることはできない。そのため、付与魔法で跳躍力を強化し、なんなく屋敷内に潜入した。書庫に位置も、建物を見れば、想像がついた。
「リリーお嬢様。警備の数が異常に多いです。時間魔法をお使いになったほうがよろしいかと」
「そんなに多いのかしら?」
「足音から数10人はいるかと。念のためです」
「わかったわ」
時間を止め、書庫へ急いだ。
書庫は解放されており、簡単に入ることができた。カーディナリス家には劣るが、やはり大きい。
「探索魔法、未読の書」
机の上に書物が積み重なっていく。全部で20冊程度といったところか。これならすぐ読める。と、本を読み始める。
「そんなに早くページをめくって、中身は読めているのですか?」
「カルミアやカトレアなら、もっと早く読めるわよ」
「げっ! そんなに?」
「シャスタが政治に詳しかったり足音に敏感だったりするように、彼女たちは速読に長けているの。みんな、魔力量とは別に、いいところがあるのよ」
「なるほど。そうなのですね」
「よし。読み終わったわ。次、ノースポール家に急ぎましょう」
「はい」
時間を動かし、本を読む前の時間に戻し、本を元の位置に戻した。そして、現才女の住む屋敷へと向かった。
ノースポール家でもステルンベルギア家と同様の方法で書庫へ侵入し、未読の本を読むことに成功した。ノースポール家はステルンベルギア家よりも大きな書庫で、未読の本は50冊程度あった。まだまだ知らないことがあるとは、魔法というのは奥深くて面白いと思った。
「おかえりなさいませ。お嬢様。シャスタは役に立ちましたでしょうか?」
「カルミア、ただいま。とても役に立ってくれたわよ。お陰で、両家の本を読むことができたわ。ありがとう、シャスタ」
「私は当然のことをしたまで。では、明日の試験、頑張ってくださいませ」
「相変わらず腹立たしい奴ですね」
「そういえば、カルミアはシャスタには厳しいわよね? どうして?」
「はあ。シャスタは私の双子の姉弟なのです。魔力量の少ない私たちは10歳の時に使用人処に送られ、共に生活してきました。カーディナリス家に一緒に行くことになったのは、奇跡的でしたね」
「知らなかったわ。でも言われてみれば、カルミアの緑の瞳と、シャスタの緑の瞳、似ているかもしれないわ」
「やめてください、お嬢様!」
そういいつつも、カルミアは嬉しそうだった。2人は離れ離れにならなかっただけで、他にもこういう人たちはいるのかもしれない。やっぱりこの国は間違っている。私は決意改め、明日の才女候補同士の試験に備えた。
才女候補同士の試験は、ツァオベラ王国の最も大きな闘技場で行われることとなった。闘技場は特殊な場所で、客席にはシールドがはられていて、魔法の影響を受けないようになっている。才女試験の会場でもある。
「いよいよですね、お嬢様」
「ええ。あ、あの団体って……」
「はい。ステルンベルギア家のフィラム様です」
銀髪のサイドテールに、金色瞳。思っていたよりも美少女だ。お姉様には劣るけれど。
「初めまして。フィラム・ステルンベルギアと申します。リリー・カーディナリス様でいらっしゃいますよね?」
「え? ええ。申し遅れました。お初にお目にかかります、リリー・カーディナリスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では」
もっととげとげしい感じで来るのかと思っていたけれど、上品な印象だった。
「勝ち誇った笑みで、気に入りませんね」
「カルミア、素直ではっきりとものをいうところは、あなたの長所だけれど、ここでは控えておきましょう」
「申し訳ありません」
なるほど。カルミアにはそう見えたのか。というか、勝ちを確信しているから挨拶をしに来たというのもありそうだ。まあ、どちらでも構わないのだが。
試験会場の闘技場の真ん中には、筆記試験用の机といすが置かれていた。個室を用意すればいいのに。センスに欠ける。会場には、多くの国民が入っており、こんな騒がしい環境で筆記試験など、試験監督はパフォーマンスのことしか考えていないようだ。
「これより、才女候補同士の試験を始める。まずは筆記試験。答案時間は1時間。その後、模擬戦を行っていただく。模擬戦は相手が戦闘不能になるまで。ただし、相手を死に追いやった場合、才女候補の資格を剥奪するものとする。以上だ。では、始め!」
問題は全部で100問。ツァオベラ王国の歴史についてと、魔法についての問題が大半だ。やはり、エビネの調べてくれた歴史とは異なるようだが、仕方ない。今はおとなしく間違った歴史を回答しておこう。後は魔法の知識についてだが、ほとんどがカーディナリス家にあった書物で事足りそうだ。しかし、第90問からはどうやらノースポール家の書庫にあった書物の問題だな。ステルンベルギア家の書物についてはほとんどなかったが、相手はどうやって対策をしてきたのだろうか。
「そこまで!」
おっと。1時間経ったようだ。解けなかった問題はないし、満点だろう。
「採点の間、模擬戦を行ってもらう。制限時間はなし。決着がつくまでだ。では始め!」
せめて机といすくらい撤去すればいいものを。せわしない試験監督だな。
「シャドウミスト!」
会場が一気にざわつき、周囲は闇に包まれた。フィラムが闇魔法を使ったのだ。相手の視界を奪い、攻撃をするつもりだろう。なんて典型的な。とりあえず、付与魔法で目を強化っと。ついでも身体の強化もやっておこう。
「見えた見えた。さて、距離を詰めってっと」
「なっ!」
「驚きました? シャドウミストは闇魔法の使い手が最初に覚える魔法ですよね。視界を遮り、そのほかの魔法で攻撃する。決まっているパターンがあるのなら、その対応策もあるというわけです」
「瞳に付与魔法……!?」
「そうです。私はシャドウミスト内で自由に見えるし、動くこともできる。その証拠に、こんなに近くまで接近してしまいましたからね。さて、戦闘不能が条件でしたね」
「ひっ!」
「大丈夫です。ただ眠ってもらうだけですから。今回の模擬戦で使用するなら、シャドウミストよりも、スリープミストの方がよかったかもしれませんね。相手を先頭不能に追いやってしまえば勝ちなのですから」
「う……あなた、最初からそのつもりで……?」
「いいえ。あなたがシャドウミストを使った時点で、催眠魔法の対策はしていないと思ったので、同時に発動させてもらいました」
「ど……どうして? あなたの家は、両親がもういないのでしょう? それなのに、なぜ才女を目指すの? 気まぐれに目指しているのなら、わがステルンベルギア家に譲ってほしいのだけれど……」
忘却魔法を使ったとはいえ、両親がいなければ、私もお姉様もこの世には生まれていないわけだ。世間ではそういう認識になっていたのか。どちらにせよ、私が一族のために動くことはない。
「気まぐれなんかではないわ。私が才女を目指すのは、愛するお姉様のためよ!」
「あ、姉……?」
「私の行動全てはお姉様のため。私の存在もお姉様のため。お姉様のために生きていると言っても過言ではないわ!」
「そ……んな……」
フィラムはスリープミストの効果によって眠りについた。術者が気を失ったことでシャドウミストは消え、視界が晴れた。
「勝者、リリー・カーディナリス!」
鼓膜が割れんばかりの歓声。やはり才女試験は見世物のようだ。一種のお祭り。
「はあ。早く帰りたい……」
フィラムが目を覚ますと、筆記試験の結果が発表された。
「リリー・カーディナリス、500点満点。フィラム・ステルンベルギア、490点。よって、才女試験を受けられるのは、リリー・カーディナリスとする!」
フィラムもほぼ満点。取れなかった10点は、ノースポール家の書物の範囲だろう。
「リリー様。本日はありがとうございました。侮っていたこと、心よりお詫び申し上げます」
「こちらこそ、本日はありがとうございました。謝罪は結構です。侮られていたとは思いませんでしたから。では」
私はこんなところで立ち止まってはいられない。これはほんの準備運動。本番は明日の才女試験だ。
待ちに待った才女試験当日。これを突破すれば、才女になれる。楽しみすぎる。
「リリー」
「セラスお姉様! 客席にいらっしゃると思っておりましたが、いかがなさったのですか?」
「これを、試験前にどうしても渡したくて」
お姉様は小さな水色のリボンのついた箱を手渡してきた。
「開けてもよろしいのですか?」
「もちろんです」
箱を開けると、そこには、アメジストをあしらったネックレスが入っていた。
「これって……!」
「リリーが、私の誕生日に送ってくれたものに近いものを選んでみたの。約束したでしょう? リリーの10歳の誕生日にお揃いのものを送るって。遅くなってしまったけれど、受け取ってもらえるかしら?」
「覚えていてくださったのですか……?」
「忘れるわけないわ。あの地獄のような日々も、あなたにもらったネックレスを見ながら耐えたのよ。不釣り合いだと奪われてしまったけれど」
「お姉様……でも、ご用意する時間は……?」
「リリーが出かけている時に、メアに付き合ってもらったのですよ」
書庫をまわっていた時だろう。お姉様は、私との約束を忘れてはいなかったんだ。嬉しい。このネックレスに魔力はないのに、何倍もの力が出せそうだ。
「お姉様、私、必ず勝って才女になります。見ていてください!」
「頑張ってね」
「はい!」
胸元にもらったばかりのネックレスを光らせ、私は闘技場へと入った。
才女試験も、昨日と同様、筆記試験から始まった。隣に座るのは、現才女、ダリア・ノースポール。赤い瞳に金色のショートヘア。吊り目で、フィラムのような穏やかさはない。見るからにきつそうな性格だ。
「そこまで! ただいまより採点に入る。なお、採点結果により、才女候補が下回れば才女試験はここまでとする。上回れば模擬戦に入る。以上だ」
点数が才女の方が高かったらその時点で終わりとは、才女の交代を望んでいないかのようだ。
しばらくして、採点結果が出た。
「ダリア・ノースポール、500点満点。リリー・カーディナリス、500点満点。同じ点数だったため、模擬戦へと移行する!」
さすがは現才女。カルミアの言う通り、博識だったらしい。
「リリー・カーディナリスといったかしら。どうやって満点をとったのかしら? 問題には、ノースポール家しか知らない知識もあったはずよ」
これは、筆記試験を加えたとしても、ダリア・ノースポールの才女の座は変わらなかったかもしれない。彼女が才女に居続ける理由は、どうやら模擬戦だけではないらしい。
「魔法は、基礎さえ学んでいれば、後は応用です。ノースポール家がどのような知識をお持ちかは存じませんが、基礎からよく考えれば、全て解ける問題でしたよ」
「……そう」
納得してなさそうだけど、引いてくれてよかった。カンニングだのと騒がれては厄介だ。
「模擬戦ではそうはいきません。あなたのような、実践経験も浅い人に、才女は任せられません」
「それはどうでしょうか?」
才女は15歳でなるものなのに何言っているんだか。
「これより、模擬戦を開始する! ルールは昨日同様、相手を戦闘不能にした方が勝利とする! では始め!」
試験監督の合図と同時に、地面が揺れた。足場を不安定にしてからの攻撃ってわけか。
「ブリザード」
氷属性の魔法も使うって、カルミアが言っていたっけ。確かに威力もあるし、視界も足場も悪い。この状況では誰もが私を不利だと思うだろう。
「才女様にしては、大したことないんですね」
「なんですって?」
「魔法は、魔力量をたくさん注ぎ込んで放てば、威力のある魔法になります。でも、それだけでは、私を倒すことは無理ですね。魔法の知識は、筆記試験のためにあるわけではないのですよ?」
「生意気……! ダイアモンドダスト!」
すごい魔法だけど、私じゃなかったら死んでるような魔法だ。ダリアはプライドが高いらしく、何かを言われたり、上手くいかないと、感情的になるようだ。これが現才女とは……
「才女様、魔法を向けている先に、私はいませんよ?」
「背後に……!?」
私にとっては背後に回るなど、転移魔法で朝飯前。私はダリアの両肩を人差し指で軽くつついた。すると、ダリアはその場に倒れこみ、身動きがとれなくなった。
「なにが……!」
「重力魔法ですよ。今の才女様はもう動くことも魔法を使うこともできません。降参してください。後、ダイアモンドダストは、殺傷能力が高い魔法なので、模擬戦には向いてませんよ。殺してはならないルールなのでしょう?」
「くっ……まだ私は……!」
重力で動かない腕を無理やり動かし、魔法を放とうとする。このままでは、腕がもげてしまいそうだ。
「試験監督さん。もう決着はつきました。これ以上は、才女様の体に悪いです」
「勝手に……!」
「勝者、リリー・カーディナリス!」
会場は静まり返っていた。誰もが、ダリアの勝利を確信していたのだろう。本来なら、書物を開放しないことや、ダイアモンドダストを使った時点で、才女失格のはずなのに、いまだに許されている。ノースポール家はカーディナリス家よりも大きな一族だったのかもしれない。
「くう……どうしてダイアモンドダストを受けても無事なのよ……!」
「身体強化と、防御魔法で防いだだけですよ。だから言ったじゃないですか。魔力量の多さで大きな魔法を放っても、私には勝てないって。500点満点も取れる才女様にしては、詰めが甘すぎますし、知識不足も感じますが?」
すると、睨みつけていた赤い瞳は、急に力を失い、弱々しく俯いた。
「……そうね。ノースポール家は才女になるために存在する一族なのよ。そのために、虚偽の申請や裏で手をまわして、一度座った才女の椅子を手放さないようにしてきたの」
「だから、書物の開放もしていなかったのですね?」
「ええ。ノースポール家だけが知る事実があれば、筆記試験の段階で、才女候補を落とすことができる。それなのに、実力でノースポール家を破ったのは、あなたが初めてよ」
「いいのですか? そんな秘密をばらしてしまって」
「いいのよ。あなたは、私の家の事情なんて、興味なさそうだもの。完敗よ。これから、才女として頑張って頂戴ね」
「もちろんですよ」
私とダリアが握手をすると、静まり返っていた会場はいっきに熱気を取り戻した。
この日、才女の交代が行われ、私はついに、目的である才女になることができたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます