望まぬ再会

 私は、ヘレボルスと街へ出かけた後の数日間、想像魔法や付与魔法、武器の扱い、実戦での魔法を訓練しつつ、政治などの座学を学んでいた。儀式の間に突入する日をうかがいながら。そして、その日はやってきた。


「本日、奥様はもう1人の才女候補であります、ステルンベルギア家のご令嬢の元へお出かけでございます。旦那様も奥様とご一緒でございます。お帰りは、夜ですが、そこまで遅くはないと思われます」

「そう」

 ステルンベルギア家。カーディナリス家より大きな家ではないが、両親ともに魔力量70という一族。娘のフィラムが今年のもう1人の才女候補らしい。会ったことはないし、どんな魔法を使うのかもわからない。というか興味もない。全ての魔法を使うと言っても過言ではない私が、対処不能な魔法などないのだ。才女試験の前の才女候補同士の模擬戦も問題はないだろう。

「クレオメ、作戦の実行は今日。今すぐローズ、ヘレボルスを呼んできて」

「御意」

 

 クレオメはすぐにローズとヘレボルスを連れてきた。両親が不在ということもあり、動きやすいのかもしれない。

「お呼びでしょうか、リリーお嬢様」

「なんなりとお申し付けください!」

 作戦実行にあたって、私が選んだのは、この2人だ。人間の気配と魔力の気配を敏感に感じ取れるローズと、お姉様を救出後、私の部屋まで運ぶために、魔力量も力も文句なしのヘレボルス。我ながらいい人選だ。

「2人には今からとても危険な作戦に参加してもらうわ。いいかしら?」

「リリーお嬢様の仰せのままに」

「どんな作戦でも、ローズは参加いたします!」

「ありがとう。じゃあ、作戦について話すわね。作戦内容は、儀式の間にある地下牢に監禁されているセラスお姉様の救出よ。まず、ローズには、持ち前の気配察知能力を生かして、先頭を歩いてほしい。異変があれば私に知らせて。ヘレボルスは、無事にセラスお姉様を見つけ出すことができたら、セラスお姉様を連れて、私の部屋まで戻ってほしい。私の部屋には、カルミアが防御魔法と癒しの魔法をかけておいてくれるはずだから。ローズもヘレボルスと一緒に逃げて。いいわね?」

「ローズ、了解いたしました!」

「あの、リリーお嬢様はどうなさるのですか? 地下牢にお1人でお残りに?」

「地下牢に何があるかは分からないからね。お母様の護衛でもいたら相手しないといけないし。でも心配しないで。みんなのお陰で、魔法もそれ以外も強くなったから。何が相手でも負けないわ」

「かしこまりました。リリーお嬢様を信じます」

「ありがとう」

 心強い味方を連れ、私は儀式の間へ向かった。


 儀式の間には、大きな祭壇があるだけの広い空間。地下への入り口など、見当たらない。ならば、

「ロックレイン!」

 祭壇の上から無数の岩が降り注ぐ。どうせ墓ではないのだから、全て壊してしまっても問題はない。

 破壊された祭壇から、地下へ続く階段が現れた。大当たりだ。

「おおお、お嬢様、こんな派手にしてしまっていいんですか? いくら奥様や旦那様が留守とはいえ、お帰りになったら驚かれるんじゃ……」

「心配しないで。時間魔法で元に戻しておくから。さあ、行きましょう。ローズ、お願いね」

「か、かしこまりました!」

「ヘレボルスは背後の警戒を」

「はい」

 お姉様、今参ります!


 地下へ行くと、薄暗く、広い空間が広がっていた。

「ライト」

 私が属性の魔法で辺りを照らすと、想像通り、広い空間の奥に牢屋が5つ並んでいた。4つは誰もいなかったが、真ん中の1つには明らかに人がいるのが見えた。きっとお姉様だ。

「おねえ……!」

「お待ちください! 強い魔力の気配がします!」

「なんですって?!」

 すると、手を叩く音と共に、地下の真ん中にある人物が現れた。

「お母……様……?」

「来ると思っていたわ。それが今日だとは思わなかったけれど」

「どうしてこちらに?」

「ステルンベルギア家への挨拶はもう済んだの。執事長には1日ずらした予定をいつも伝えていてね。だから今日は、ずっと屋敷にいる日なのよ」

 やられた。クレオメの情報が正しいと思っていたが、私の行動を怪しんでいた母の方が上手だったのだ。作戦までは耳に届いていなくても、私がここへ来ることはきっとわかっていただろう。

「リリー。あなたがここのいいるのは、恥さらしを助けるためよね?」

「だったらなんだというのです?」

「別に。ただ、できるものならやってみるといいわ」

 母の魔法から生み出された無数のゴーレム。この程度わけないけれどね。

「ヘレボルス、転移魔法で牢屋まで行き来できるようにするから、セラスお姉様を救出して! ローズは急ぎ撤退よ!」

「了解いたしました」

「はい!」

 時間魔法で潜入前に戻してもいいのだが、対峙するのはどうせ遅かれ早かれあったこと。なら、ここでケリをつけるのみ。

 ヘレボルスを移動させると、私は、氷属性の魔法でゴーレムを貫き、すべて破壊した。

「さすがは才女候補になった娘ね。でもいいのかしら? 恥さらしがどうなっても」

「あら? お母様の目は節穴なのですか? 牢屋の中を今一度ご覧くださいませ」

「何言って……なっ!」

「リリーお嬢様、セラスお嬢様の救出が完了しました」

「ありがとう。でも、その姿、随分傷ついている上に、痩せすぎね。とりあえず部屋に運んで治療を」

「はっ」

 瘦せ細り、あざだらけの体。髪も肌もボロボロだった。きっと、酷い仕打ちを受けてきたに違いない。ゲス共め。楽には死なせないわ。

「お母様、セラスお姉様に一体何をしたの?」

「何って、恥さらしができることをさせたまでよ。ストレス発散に鞭打ちしたり、踏みつけたり。地べたを這いつくばる姿は、恥さらしにはとてもお似合いだったわよ」

「なんですって?!」

「私だけじゃないわ。旦那様だってやっていたことよ。ここの存在を旦那様にお伝えしたら、喜んでいらしたわ。どう? 恥さらしでも役に立っていたでしょ?」

「食事や水は!?」

「与えていたわ。死なれては困るもの。道具としては優秀なんだから」

 唇が、手が、体中が震える。顔を見るのだって反吐が出る相手でも、にこやかにいい子を演じられたのに、今の私はどんな顔をしているのだろう。ダメだ。感情的になっては。でも、もういいよね。クズ共がやってきたことがわかったし。

「何の騒ぎだ。って、リリー……。お前が祭壇を破壊したのか。天罰が下るぞ」

「旦那様、遅いですわよ。たった今、恥さらしをリリーが外に出してしまいました。いかがなさいますか?」

「リリーよ。なぜそんなバカなことを。お前は才女候補なのだぞ。あんなものと同じ空間にいては、お前の魔力量まで減ってしまうかもしれん。そのために、我々はこの地下牢にあれを閉じ込めておいたのだ。なぜわからない?」

「ストレス発散の道具としてですか? 自身の子供を?」

「リリー。人には役割がある。お前には才女になる役割がある。あれには、我々のストレスを発散させるという役割があるのだ。だから……」

「もういい! お前らまとめて、ぶっ殺してやる!! フィールド!」

「リリー! 落ち着きなさい!」

「うるさい! カーディナリス家なんてどうでもいい! こんなろくでもないのが親だなんて、お前たちの方がカーディナリス家の恥さらしだ! お姉様の痛みを知れ!」

 私は想像魔法で、お姉様にあの日つけられた鎖を再現し、クズ共につけた。

「いつの間に!?」

「拘束魔法……エターナルプリズン!」

 クズ共の鎖が光り輝き、牢獄の中へと連れ去る。手も足も拘束され、身動きの取れなくなった2人の顔は、恐怖に歪んでいた。

「お2人とも、とてもお似合いの姿をしていますよ。どうです? 鎖で繋がれた感覚は。辛いでしょう? 痛いでしょう? 怖いでしょう? それをお前らは5年間もお姉様してきたんだ。お前らはその10倍、いいえ。それ以上苦しめ!」

「リリー!」

「リリーよ、すまなかった! だから!」

 本当に自分勝手。窮地に立たされないと、自分が間違っていましたって言えないなんて。まあ、どうせ自分の命が惜しいから言っているだけの上辺だけの言葉。そんなものはいらない。

「エターナルプリズンは、お前たちが死ぬまで解くことのできない最上位の拘束魔法です。よかったですね、私が才女候補で。でなければ、こんな大魔法、使うことすらできなかったですから。それでは、さようなら。死ぬまで2人一緒なんて、ロマンティックでしょ?」

 背後から響く叫び声。あ、そうだ。これも放っておこうか。くるりと振り返ると、助けてもらえるみたいな顔をするクズ共。鬱陶しいな。そんなことするわけないのに。

「最期に置き土産です。自分自身に殴る、蹴るなどの暴行を受けてみてください。まあ、私が魔法で作った土人形ですけど、威力はそこそこあると思いますよ。30分おきに暴力を振るうように命令してあるので、存分に楽しんでくださいね。それが、お前たちがお姉様にしてきたことのほんの一部なのですから。それじゃあ」

「リリー!!!!」

 もう振り返らない。あいつらの顔も見たくない。魔力量で心配していたが、大したことはなかった。結局、魔力量の多さにあぐらをかいて、魔法のことを何も学んでいないのだ。あんなお粗末な魔法、お姉様なら使わないのに。


 部屋に戻ると、お姉様の治療をカルミアとメアが行っていた。

「セラスお姉様の具合は?」

「芳しくありません。生きてはおられるのですが、目を覚ます気配が一向にないのです。傷は治療しましたが、栄養不足や精神的なダメージもあると思いますので、そちらは治癒魔法では難しいかと……」

「そう……」

 もっと早く助けていたらと、どうしても思ってしまう。5年。とても長い時間だ。覚えた時間魔法でさえ戻ることの叶わない時間。

「セラスお姉様……遅くなってごめんなさい……」

 今はただ、お姉様の手を握ることしかできなかった。



 次の日、私はツァオベラ王国全体と隣国全体に忘却魔法を使った。父と母の存在を消すためだ。こうすれば、2人が行方不明だと騒がれることもない。それに、トラウマのような存在を忘れれば、お姉様も目覚めたときにいいはず。また虐げられるという恐怖もなくなるしね。

「おはようございます。セラスお姉様……って、セラスお姉様!?」

 まだ眠っているであろうお姉様に挨拶したつもりが、なんと、ベッドから起き上がっていたのだ。

「セラスお姉様! よかった! お体の具合はどうですか?」

「リリーなの?」

「え、あ、はい! リリーです! お姉様の妹の」

 氷のような冷たい声に、私は一瞬言葉を失いそうになる。優しかったお姉様は、そこにはいなかった。虐げられ、生きることを諦めた光のない瞳。助けたはずなのに、胸が痛かった。

「測定不能……才女候補になったのね」

「は、はい!」

「そう。なら、もう私に構わないでください。私はカーディナリス家の恥さらし。生きている価値もない人間です」

 5年ー。人の性格を変えてしまうには十分な時間だったようだ。お姉様は、父や母に言われた言葉がずっと心に呪いのように残っているんだ。存在が消えたからといって、言われ続けた、虐げられ続けたことが消えるわけじゃない。悔しいけど、私の声は今のお姉様には一切届かない。

「おねえ……!」

「セラスお嬢様! お目覚めになったのですね。よかったです。何か召し上がりますか?」

「メア……」

 メアはお姉様の専属の侍女でもあった。メアになら心を開くかもしれない。

「何も。私に食事をする価値なんてないわ」

「セラスお嬢様……」

「メア、少し席を外しましょう。目覚めたばかりで、混乱しているのかもしれないわ」

「あ……そうですね。では、セラスお嬢様、失礼いたします」

 戸惑うのも無理はない。特にメアは、昔のお姉様をよく知るメイドの1人だ。部屋を出る時のメアの瞳はうっすらと赤かった。

 私は自分の部屋に急遽、使用人たちを集めた。

「セラスお姉様が目を覚ましたの。でも、心にかなり深い傷を負ってらして……食事もとってくださらないみたいなの。セラスお姉様と交流のあった人たちは、きっと驚くと思う。私も正直、どうしていいか分からない。関わらないでって言われて、ショックだった。それでも、セラスお姉様には、以前のように笑顔で過ごしてもらいたいの。だから、みんなには、1日1度でいいから顔を出して、適当な話をしてほしい。それと、その時に、セラスお姉様には価値があるっていうことを遠回しにでもいいから伝えて。お願いします」

 どれだけ知識あっても、心の傷は知識では治せない。心底クズ共が憎いが、憎んだってしょうがない。今はお姉様にもう一度生きてもらえるように努力するしかない。私は使用人たちに持ち場の仕事が終わり次第顔を出させ、話をしてもらった。お姉様からの反応はなく、1人で話して帰ってくるというのがお決まりのパターンなのだが。それでも、続けるしかない。お姉様は無価値の人間などではないとわかっていただくために。



 お姉様が目を覚まして、1週間が経った。まだ心を開いてはくれないが、食事は食べてくれるようになった。といっても、豪華なものにすると、「自分には不釣り合い」などと言うので、パンとスープの最低限の食事を用意させた。シェフの心遣いもあって、パンもスープも、栄養価の高いものを作ってくれた。そのおかげで、お姉様の顔色はみるみるよくなっていった。本当はしっかり食べて、瘦せ細った体もよくなってほしいのだが、それは少しずつやっていくしかなさそうだ。

「セラスお姉様。昔みたいに、魔法を見せてくれませんか? 私、セラスお姉様の魔法が大好きだったんです。だから……」

「魔法なんて一生と使いません。私の魔法は、奴隷でも使える魔法ですから」

「そんなことないわ! 私が感動した魔法は、セラスお姉様の魔法だけよ! 奴隷でも使えるですって? そんな簡単な魔法をセラスお姉様はお使いなっていなかったわ! 傷ついたのは分かる。でも、どうして傷つけた奴の言葉ばかり優先するの?! どうして私の言葉は聞いてもらえないの?!」

 傷を負った人間は、優しい言葉で治ったりはしない。むしろ、優しい言葉が癪に触ったりもする。でも私はそれに納得がいかない。だって、私が本音で話しても、それは嘘だとされてしまう。傷つけた奴の言葉が本当で、私の言葉は嘘だなんて。理不尽だ。心の傷も治せる治癒魔法があればいいのに。魔力量が全ての国のくせに。誰もが魔法を使える国のくせに。魔法で解決できないことがあるなんて。

「セラスお姉様のバカ! 私がどんな思いで5年間過ごしてきたか……私の全てはセラスお姉様のためにあるのに! まずは聞く耳を持ってよ!」

 みっともなく泣きながら、お姉様の部屋を後にした。悔しい。胸が痛い。苦しい。助けたらハッピーエンドが待ってるって信じてた。笑いあって過ごせるって思ってた。でもそんなの嘘。それこそ夢物語じゃない。



 私はお姉様にきつく当たって以降、会いに行っていない。部屋からも出ていない。

「リリーお嬢様、失礼いたします。また電気をお付けになっていないのですか?」

 カルミアは温かい紅茶とサンドウィッチを運んできた。

「ねえ、カルミア。私は間違ったことをしたの? 囚われていた人を助けたら、助けに来てくれてありがとうって言われて、笑いあえるんじゃないの? 私はただ、セラスお姉様ともう一度一緒に暮らしたかっただけなのに、どうしてこんなことになったの? 私が才女候補になったのがいけなかったの?」

「リリーお嬢様、落ち着いてください。リリーお嬢様は何も間違っておりません。セラスお嬢様も、きっとリリーお嬢様に感謝しております。言葉にするのが難しいだけです。それにこの間、シャスタが言っていましたよ。リリーに酷いことを言ったって、セラスお嬢様がおっしゃったと。ですから、私たちの言葉は、時間はかかるかもしれませんが、確実に届いております。どうか、ご自分を責めないでください」

「カルミア……ありがとう。情けないところを見せてごめんなさい」

「いいんですよ。なんて言ったって、リリーお嬢様はまだ10歳なんですから。本当はもっと甘えていいんですよ。幼い頃より、ずっと甘えずに頑張ってきたのですから」

「ありがとう。じゃあ、少しの間、抱きしめてくれない?」

「はい。かしこまりました」

 カルミアが私を優しく抱きしめる。ああ。誰かに抱きしめてもらうなんて初めてかもしれない。クズ共には、そんなことしてもらった記憶もない。してほしくもないけれど。あたたかいぬくもりを感じながら、私は赤子のように思い切り泣いた。


 カルミアに抱きしめてもらって、しばらく経つと、私は心が落ち着いた。ぽっかりと空いていた穴を塞いでもらったかのようだった。これだと思った。言葉だけじゃない。人間のあたたかさがお姉様には必要だ。

「ありがとう。カルミア。私、セラスお姉様に会ってくるわ。私に足りなかったものが、カルミアのお陰で分かった気がするの」

「それはよかったです」

「行ってくるね」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 カルミアの笑顔は、聖母のように優しい。使用人になっていなかったら、きっと素敵な母親になっていたことだろう。


 お姉様の部屋の扉をノックして入ると、お姉様は外を眺めていた。相変わらず、瞳には光が戻っていない。

「セラスお姉様……」

「リリー、この間はごめんなさい。言い過ぎました。でも、才女候補であるあなたの足を引っ張ることはしたくないのです。どうか……っ!」

 今は言葉はいらない。私は、お姉様を抱きしめた。

「な、なにを……!」

「セラスお姉様。私たち姉妹は、こうして誰かに抱きしめてもらったり、甘えさせてもらったことがありませんでしたよね。私も今日、初めてカルミアにしてもらったんですよ。不思議ですよね。抱きしめてもらうと、心の中のものが、溢れ出してきてしまいそうになります。でも、それでいいんです。こうして抱きしめてもらっている時だけは、感情を溢れるままにさらけだしていい時間なんですから。辛かったですよね。怖かったですよね。助けに行くのに、5年もかかってしまってごめんなさい。セラスお姉様、大好きです」

 カルミアには劣るかもしれないけれど、これが私にできる精一杯だ。

「あ……わた、私は……うぅ……うああああん!」

 初めてお姉様が泣いた。15年間、泣くことも許されてこなかったお姉様の涙。この国じゃなくて、カーディナリス家じゃなくて、もっと普通の家だったなら、こんな思いはしなかったかもしれない。いや、どこに生まれても苦労はつきものか。私はお姉様が泣き止むまで、抱きしめ続けた。

 お姉様は、私から離れると、真っ赤な目と鼻を隠すことなく、真っすぐに私を見た。

「その……こんな恥ずかしい姿見せてしまって……申し訳ありません。それと、遅くなってしまったけれど、助けてくれてありがとうございました」

「セラスお姉様……! 当然のことをしたまでですわ! それよりも、私の方こそ、助けに行くのが遅くなってしまいごめんなさい。才女候補になれば、セラスお姉様の前に何が立ちはだかってもの勝てると思って、書庫の本を全部読んだり、剣の稽古をしたりして力をつけておりました。そんなことをしていたら5年経ってしまって、セラスお姉様がこんなに衰弱されてしまって……」

「リリー。それではまるで、才女候補になったのが、私を助けるために聞こえてしまいますよ」

「そうです! その通りです! 最初から、才女になんて興味ないんです! でも、魔力量が全てのこの国じゃ、セラスお姉様は生きづらいし、お父様やお母様にも勝てない! だから才女になるって決めたのです。セラスお姉様がいなければ、私は才女なんて目指してないんですから」

「ふふ。なんだかおかしいわ。魔力量が膨大にあるあなたが妬ましいのに、愛おしいと思ってしまうわ。どうしてかしら」

「それは、セラスお姉様がお優しいからです。それに、才女というのは、セラスお姉様のような人を言うのだと、今でも思っています。そのためには、この国のシステムそのものを変える必要がありますが、セラスお姉様が見ていてくださるのなら、私はどんなことでも叶えて見せます」

「リリー……」

「私の言葉に偽りはありません。もちろん、お世辞も。全ては本心です。もう十分セラスお姉様は傷つかれました。これからは、傷を癒す時間です。存分に癒されてください。そして、ご自身を、もう二度と、価値のない人間だとおっしゃらないでください。もしそんなことを言うの者が現れたのなら、私が捻りつぶしてさしあげますわ」

「ありがとう。まだ自信はないけれど、やってみることにします。あなたが妹で本当によかったです」

「光が……」

「え?」

「いえ、何でもありません。では、私はこれで。あ、そうです! 今日は一緒に夕食を食べませんか? いつも同じ食事では、元気になる早さも違いますからね!」

「あ……えっと、ええ。そうします。ありがとう、リリー」

「はい! では、お待ちしていますね!」

 お姉様の瞳に、光が宿った。正確には戻ったというべきだろう。本当に優秀な使用人たちだ。私の願いを、必ず叶えてくれるのだから。


 私たち姉妹は、5年ぶりに共に食事をした。やはり、お姉様との食事は格別だ。それと、2人には広すぎることを理由に、日替わりで、使用人たちも一緒に食事をすることになった。賑やかな食事はとても楽しかった。お姉様にも、少しずつ笑顔が戻りつつあり、私の欲しかった平穏な暮らしが始まったのである。

 だが、幸せに浸ってばかりもいられない。お姉様のことばかり考えすぎていて、5年後に行われる才女試験の対策を全くしていないのだ。カルミア曰く、この年から模擬試験に加え、筆記試験もあるとのこと。まあ、書庫の本を全て暗記しているから、あまり怖くはないのだけれど。それでも油断は禁物だし、才女にならないことには、最終目標が達成できない。さて、才女への訓練を再開するとしましょうか。








 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る