才女候補になるために

 この日から、私の才女候補になるための特訓が始まった。まずは書庫の解放だが、母も父も書物には全く興味がなく、理由を聞かれることもなく解放を許されたらしい。好都合だ。

「お嬢様、お支度が済みましたよ」

「ありがとう。じゃあ、私は書庫に籠るから、昼食の時間になったら呼びに来てね」

「かしこまりました」

「あと、昼食後に、空いている使用人がいたら授業を頼んでおいて」

「かしこまりました。ですが、初日からそんなに勉強されて、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。才女候補になるためには、これくらいなんてことないわ。それじゃあ、頼んだわよ」

 なんて、才女になるのもお姉様のため。話し方もお姉様のように、落ち着いた話し方に変えた。とはいえ、いつまで持つかは正直分からない。ついいつもの話し方がでてしまうかもしれない。それでも、お姉様のためなら、なんだってやってやるわ。


 カーディナリス家の書庫はこの国では最も大きい。といっても、国には図書館というものはなく、魔力量の多い家の書庫に貴重な書物が置いてあるという状態だ。つまり、わたしは家にいながら、学び放題なのだ。とはいえ、大きい書庫ということは、納められている本も膨大なわけで、メイドの話では、約20万冊はあるらしい。しかも1冊の分厚さは1㎝のものから5㎝くらいものもまで幅広い。5年で読み終えるには1日に100冊と少し。

「速読を得意とする教師を見つけておかないとね。もたもたしていられないわ。とにかく、読むしかないわね。今の私にもわかる程度の本を読んでいかないと」

 背表紙のタイトルで100冊ほど選び、誰もいない大きなテーブルに置いた。いくつも本のタワーが連なっている。

「読み終わったらどうしよう? 読んだ本なんて、覚えていられるかな……とりあえず、どうせだも来ないのだから、テーブルの半分は読んだ本を置くところにしよう」

 勝手に場所を割り振り、山積みの本を片っ端から読んでいく。全てはお姉様を救うため。


「お嬢様。昼食のお時間です」

「え? もう?」

 本に没頭しすぎて、時間が経つのを忘れてしまっていた。朝食を終え、髪を直してもらってここにきたのだから、約5時間くらいは読んでいたことになる。しかし、まだ本のタワーはいくつも残っている。今日中に読み終えなくてはならないというのに。

「お嬢様。まさか、書庫の本を全てお読みになるおつもりですか?」

「そうよ。知識があるに越したことはないわ。それに、魔力量が全てっていう考えを初代の王が決めたというのも気に入らないし、お姉様の魔法は、あんな測定器程度に測れるものじゃないと思うのよ。これだけ本があれば、きっとどこかに隠された秘密があるはずだわ」

「それならば、何人かのメイドに協力していただきましょう」

「え?」

「速読が得意なメイドもいますから、昼食後は、まずそちらを学びましょう。その間、手の空いた使用人たちで、今日中に読む書物を手分けして読み、要点をお嬢様にお伝えするというのはいかがでしょうか? といっても、お嬢様ほど優秀ではないので、お力になれるかはわかりませんが……」

 なるほど。1人で100冊読むより、こっちのほうが効率がよさそうだ。本と言っても、全てのページが重要なわけではない。それに、ある程度の内容を聞いておけば、私の知りたいことが載っているかの判断もしやすい。足りないと思えば、見返す程度でよくなる。これはいい提案だ。

「いいアイデアね! ぜひ、お願いするわ!」

「か、かしこまりました。ではお嬢様、ひとまず昼食を召し上がってください」

「わかったわ」

 ちょうどお腹も空いた頃だ。お姉様のいない昼食は恐らく1人。寂しいが今は我慢だ。

 と思っていたのだが。

「お母様……?」

「リリー。食事が冷めてしまうわよ。早く座って頂戴」

 母が当然のように私の向かいの席、つまりは、お姉様の席に座っていた。そこに座っていいのはお姉様だけなのに、なんて奴だ。ドレスを皴ができるほど両手で握りしめる。

「お母様、珍しいですね。こちらで召し上がるなんて……」

「たまには、娘の顔も見に来ないといけないと思ってね。最近はなんだか勉強を熱心にしているみたいじゃない? どうしたのかしら?」

 使用人たちが口を滑らしたか。いや、そうでなくても見通しているのだろう。母は、土と水属性の魔法を使う。水属性の魔法は、水さえあれば、その場を水を通してみることも可能だと本にもあった。音までは聞こえないらしいけど。書庫には水はないから安心だが、書庫に向かうまでの姿くらいは見られているはずだ。面倒くさい。

「私も5年後には魔力量が測定できる10歳になります。ですから、カーディナリス家の名に恥じぬように、早めに学んでいるだけです」

「リリーは立派ね。流石はカーディナリス家のね」

 こいつ、お姉様をいない者として生活しようとしている。あんなに酷いことをした上に、存在まで消そうとするとはなんというゲス野郎。今すぐ殺したい。でも、力がない。魔力量80は伊達じゃないし、もし私が才女候補並みの魔力量だったとしても、魔法を使いこなせないのなら意味がない。くそ。弱い自分にも腹が立つ。

「いいえ、お母様。私はカーディナリス家のですわ。お間違いなきよう」

「あら? そうだったからしら? 私は1人しか産んだ覚えがないものだから。まあいいわ。食べましょう」

 怒りに震え、上手くカトラリーを持てない。仕方ない。メイドに頼んで、部屋で食べよう。というか、当分は部屋で食べよう。母にも父にも会いたくない。お姉様の敵は私の敵だ。あの日のことを許すことは一生ないと思えクズども。

「お母様。私はこれで失礼いたしますね」

「全然食べていないじゃない。体調が優れないのかしら?」

「いいえ。今日だけ食欲がないだけです。簡単なものを部屋に用意させるのでご心配なく。では」

 体調が悪いのはあんたがそこにいるからだと、大声で叫びたい。だが、もし私の態度がどこにいるか分からないお姉様に影響しては困る。あのクズのことだ。私がお姉様のために動いていると分かれば、何かしら行動してくるに違いない。感情を抑えるにも限度というものがある。それに今日のは少々言い過ぎた。反省しなくては。


 空腹だし、イライラするしで、不機嫌に部屋に戻ってくると、

「おかえりなさいませ。サンドウィッチと紅茶をご用意しておりますよ」

 とメイドが迎えてくれた。

「どうしてわかったの?」

 食べてなかったから軽食を用意するように伝えるのは、今からの予定だった。しかし、すでに用意済みとは。一体どういうことなのだろうか。

「えっと、奥様がお嬢様と昼食をご一緒なさると突然言い出しまして。セラスお嬢様の件もありますので、きっと何もお召し上がりにならないのではと、勝手に用意させていただきました」

「あなた、お姉様のこと覚えているの……?」

「私はおろか、他の者たちも覚えていますよ。ただ、奥様や旦那様の目の届くところでは、お名前を口にすることさえ許されませんので、誰もが記憶にないふりをしたのです。本当に申し訳ございません」

「あなたが謝ることなんてないわ。ありがとう。覚えていてくれるだけで嬉しいし、私の内面の配慮までしてくれるなんて。優秀なメイドだわ」

「そんな、恐れ多いです!」

「本心よ。じゃ、改めて昼食をいただくとするわ」

 お姉様の存在が、使用人たちの心の中に残っていると分かっただけでもよかった。サンドウィッチの味は、お姉様と食事をしていたころのように美味しかった。


 食事を終え、速読の授業と建築学、ツァオベラ王国の歴史について学んだ。その後、再び書庫に籠った。だが、メイドの提案もあり、本のタワーはほとんど消えており、代わりに、要点がまとめられた資料が置かれていた。残りは1タワー。これなら私でも今日中に読めそうだ。気合十分で椅子に座ると、隣に座って要点をまとめていたメイドが話しかけてきた。

「お嬢様。この書物に気になるところがありまして。お時間よろしいでしょうか?」

「いいけど、何が書いてあったの?」

「はい。実は、この書物には魔力量測定器を破壊する方法が記載されておりました」

「ええ!?」

 つい大声を出してしまい、慌てて口を両手で覆う。

「大丈夫です。人の気配も魔力の気配もありません。ご安心ください」

「あなた、気配なんてわかるのね。魔力の気配なんて、私には分からないわ」

「大したことでは……」

 そう言いつつも、メイドの顔は少し赤かった。それはそうだ。魔力量のみでしか人を判断しないのなら、彼女の能力など、評価される対象ではないだろう。きっとだからなんだって程度にしか思われてこなかったのかもしれない。

「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、カーディナリス家の使用人って名前がないわよね。どうしてなの?」

「我々使用人は、使用人処という場所に、魔力量が少ないことで家から捨てられた子供や、両親を失った子供が集められた者たちです。ですから、名前などはありません。訓練中は番号で呼ばれておりました」

「魔力量のことばかりね、この国は。そうだ! 私、使用人たちを呼ぶのに困っていたの。代わりに名前を付けてもいいかしら?」

「ええ!? でしたら番号で……」

「嫌よ。可愛くないもの。そうね。あなたは赤い瞳が美しいから、ローズって呼ぶわ」

「ローズ……名前で呼ばれたのは初めてです。とても嬉しいです。ありがとうございます」

 私のたかが呼び名と付けただけで、ローズは目を腫らしていた。相当嬉しかったのだろう。

「話を逸らしてしまってごめんなさい。この話はこれくらいにして、続きを報告してもらえる?」

「はい!」

 ローズはスキップでもしているかのようなテンションで、報告を続けた。

「そもそも、魔力量測定器は、初代の王の魔力量が基準となって作られています。自分の魔力量を基準に測定器を作らせ、国のすべてが魔力量で決まるシステムを作り上げたそうです」

「つまり、初代の王の魔力量が100だったってことになるわよね」

「はい。ということもあって、魔力量測定器を破壊するということが、王に匹敵する力を持つということで、才女や勇者候補となったようです。ですが、ここまでは多くの人が知る歴史です。しかし、問題はここからです。この書物によれば、魔力量が少なくても、魔力量測定器を破壊することが可能なんだそうです」

「どうやってそんなことができるの?」

「魔力量測定器である水晶に、魔力を込める前に、自分の属性の魔法でヒビを入れておくそうです。それも周囲にバレないように。その後、水晶に魔力を込めると、魔力量測定器は破壊できるとのことです。実際にこの方法で、才女候補になったかたもいらっしゃるみたいです。ですが、才女試験では、手も足も出なかったんだそうです」

「なるほどね。ズルしただけでは、才女にはなれないか」

 才女試験。これは、才女候補となった10歳の少女が15歳になった時に受けられる試験だ。現才女と模擬戦を行い、勝利した方が、才女となる。つまり、小手先の知識や技術では、この試験は突破できないのである。

「他にも、魔力を水晶全体ではなく、1か所に集中して流し込むイメージをすると破壊できるや、握りしめたときに、力を増幅させる魔法を習得しておいてこっそり使って破壊するという方法があるみたいです」

「うーん。どれもピンとこないわね。そもそも、才女候補になるのが最初の目標だけど、才女になれなかったら意味がないのだから、騙して魔力量測定器を破壊する方法は却下ね」

「ですよね……」

「破壊を考えるよりも、魔力量を増やすものがないかを探してみてくれないかしら?」

「魔力量をですか?」

「そう。魔力量測定器は、魔力量が多ければ破壊できる。なら、魔力量を増やせれば容易に破壊できるんじゃないかしら? それに、この方法なら、才女候補になれるし、才女試験にも生きるわ」

「なるほど……」

「残りの本は1人で読むから、そう言った本がないか、探してみてくれないかしら?」

「かしこまりました」

 ローズは走って書庫の奥へと消えていった。

「書庫は走らないことって、後で言っておかないとね」


 次の日から、アイデアをくれたメイドをメア、魔力量測定器を破壊する方法を報告してくれたメイドをローズ、私の専属侍女であり、速読の得意なメイドをカルミア、内面まで気遣いができ、魔法に詳しいメイドをアベリア、建築学に詳しい執事をイベリス、ツァオベラ王国や魔法の歴史に詳しい執事をエビネ、速読を教えてくれたメイドをカトレア、書物に書かれた魔法を使えるように教えてくれる執事をクレオメ、政治関係に詳しい執事をシャスタ、剣術や戦術を教えてくれる執事をコリウスと名付け、呼ぶようになった。初めは恥ずかしがっていたが、徐々に慣れてきたのか、すぐに返事をしてくれるようになった。メイドやら執事では、やっぱり呼びづらい。

 今日は、早朝から両親が外出し夜まで帰ってこないことをいいことに、私はコリウスに稽古をつけてもらっていた。

「お嬢様、踏み込みが甘いです。それでは仕留められませんよ!」

「うぅ!」

 5歳相手だからと、手加減しないでほしいと頼んだのは私だが、スパルタすぎる!

「隙がありすぎます」

「あっ!」

 木製の剣は、コリウスの剣に弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。私の負けである。

「お嬢様、何も剣術まで磨かなくてもよろしいのではないですか? 才女試験では模擬戦がありますが、勇者試験ではないのですから、剣術は使われないと思いますが……」

「そうね。でも、世の中何があるかわからないじゃない。知らないことが多いより、知っていること、出来ることが多い方が有利に決まっているわ。もう1回お願いします!」

「はあ。お嬢様の精神年齢の高さには、僕も及びませんよ。でも、そうおっしゃるなら、いくらでもお付き合いしますよ!」

 コリウスとの稽古は昼まで行い、その後、軽い軽食を食べた後、書庫に籠った。とはいえ、1人で1日100冊を読むわけではなくなったため、1日中書庫にいる必要もなくなってきた。

「カルミア、カトレア。残り50冊くらいあるんだけど、今日中に読み終えらるかしら?」

「カトレアと25冊ずつなら、要点もおまとめして、今日中に報告が可能です。どうされましたか?」

「この2日間で読んだ書物の中に、魔導書があったでしょ?それを習得する時間も欲しいなって思っているの。いいかな?」

「もちろんです」

「夕食までにはお戻りくださいね。その時間には奥様や旦那様もお帰りになりますので」

「ありがとう2人とも」

 書庫をカルミアとカトレアに任せると、魔法を使えるようにするため、クレオメの元へ向かった。日が暮れるまでは時間があまりない。急がないと。


「クレオメ」

「おや、リリーお嬢様。いかがしましたか?」

 私はロビーを清掃中のクレオメを見つけ、声をかけた。

「ごめんなさい。仕事中だったわね」

「もうすぐ終わりますが、何か御用ですか?」

「実は、私の部屋に魔導書を5冊持ってきているの。今から私の部屋にフィールドを作って、魔導書の魔法を教えてくれないかしら」

 フィールドとは、魔法を使っても、建物や外部に影響がでないようする空間のことだ。だが、このフィールドを作れるのはかなりの魔力量をもつ者でないと作ることは難しい。執事長でもあるクレオメの魔力量は50くらいだと聞く。それだけあればきっと可能だろう。

「分かりました。協力すると決めておりますゆえ、何なりとお申し付けください。では、すぐに向かいますので、お部屋でお待ちください」


 クレオメが私の部屋まで来るのに、5分もかからなかった。

「お待たせしました。では早速始めましょうか」

 クレオメがそう言うと、部屋がやや薄暗くなった。これがフィールドというやつなのだろう。本物は初めて見た。

「リリーお嬢様。魔導書を見せていただけますか?」

「はいこれ」

「ふむ。拘束魔法、土属性魔法、回復魔法、幻覚魔法、光属性魔法……みごとにバラバラな魔導書をお選びになりましたね」

「書庫の本をいま150冊くらい目を通したんだけど、魔導書はまだこの5冊しか見つからなくて……属性とかバラバラだと、やっぱり習得は難しいの?」

「魔法は誰にでも使えます。ゆえに、使えない魔法というものは基本的にはありません。ですが、人間、得手不得手がございます。奥様は土と水属性の魔法を得意としますから、他の属性の魔法はお使いになりません。大多数の方々はそのように魔法をお使いになります。ツァオベラ王国では、魔力量が全て。ですから、使える魔法が多い少ないはあまり関係がないのです」

「なるほどね。じゃあ、使える魔法じゃなくて、得意な魔法ってことなのね。なら、私は、存在する全ての魔法を習得し、それらを得意とするわ。才女になるなら、ありとあらゆる魔法が使えて当然でしょう?」

「リリーお嬢様が現在5歳というのが信じられませんな」

「よく言われるわ。でも、今からしっかりしておかないとね」

「では、リリーお嬢様の心意気を無駄にしないように、このクレオメ、持てる全てを持って、ご助力いたします」

「助かるわ。それじゃあ、まずはその5つの魔法を私に教えて!」

「かしこまりました」

 クレオメの教え方はとても分かりやすく、基礎から簡単な応用魔法はすぐ使えるようになった。自由自在に使えるようになるにはまだ訓練がいるけれど。


 父と母が帰ってくる前にクレオメとは別れ、フィールドを解除し、外で待機していたカルミアを部屋の中に入れた。

「待たせてごめんなさい。寒くなかった?」

「心配には及びませんよ。それに、今は春ですし、そこまで寒くはありません。それよりお嬢様、エビネが急ぎ報告したいことがあるそうなのです。夕食が終わり次第、部屋に呼んでもよろしいでしょうか?」

「急ぎって……わかったわ。夕食も軽いもので構わないから、すぐに準備してくれる?」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 私はサンドウィッチとスープを完食し、エビネを呼んだ。

「リリーお嬢様、このような時間に申し訳ございません」

「構わないわ。それで、どうしたの?」

「それが、先日、お嬢様にお話ししたツァオベラ王国の歴史や魔法の歴史なのですが、誤りがあったようなのです」

「誤り? でも、書庫の本にも、エビネの言っていた歴史が載っていたわ。それが間違いだなんてどういうことなの?」

 エビネは俯き、冷汗をかいていた。そんなに大変な事実が分かったというのだろうか。

「エビネ。間違いをとがめるつもりもないし、何を聞いても取り乱すことはしないと約束するわ。だから怖がらずに話してみて」

「お嬢様……はい。それが、ツァオベラ王国は、魔力量が全ての国であるということがそもそもの間違いなのです」

「え……?」

「初代の王が自身の魔力量を基準に魔力量測定器を作り、それを使って、国の全てが魔力量で決まるシステムを作ったとされています。しかし、初代の王が作ったものは、魔力量を測定するものではなく、魔力の質を測定するものだっという記述を見つけたのです」

「魔力の質……?」

「はい。魔力の質は、魔力量とは全く関係ありません。魔法を使ったときに発生する目に見えない光を測定することでわかります」

「じゃあ、魔力量はどうなるの? それに、魔力の質っていうのは、測定後、目に見えるものなのかしら?」

「魔力量を測定することはなかったそうです。測定後、人の魔力の質が見えることもなかったそうです。さらに、測定する際に、目に見えないはずの光が、可視化できるくらいの質のいい魔法を使う人を才女、勇者候補としたそうです。才女試験、勇者試験は、今と変わりませんし、王や王女が、この国では才女と勇者と呼ばれていたというのも間違いではありません。ただ、決め方が違っていますし、測定するのは、あくまで次期才女、勇者を探すためだという記述もありました」

「つまり、元々は、こんなに腐った国ではなかったと? 魔力量だけで、親に捨てられたり、奴隷にされたりする子が存在するわけなかったと?」

「そういうことになります……」

「歴史を歪めたのは誰なの?」

「2代目の王であったと考えられます。初代の王から2代目の王に変わるのは、年数を見てもとても早いのが分かります。つまり、勇者試験で勝利をおさめ、自分の自信がある魔力量でこの国を支配しようとしたのだと思います。結果、それを行ったのが初代の王ということになっていますが、歴史に残り、今も続いているのは2代目の王、もとい勇者のシステムであったことがこの記述から見てわかります」

「なるほどね」

 これならば合点がいく。魔力の質。お姉様の魔法が美しいと思った理由は、目に見えるはずのない光を纏った魔法を使っていたからだ。可視化できるレベルだったのだ。つまり、2代目の勇者がシステムを変えなければ、確実にお姉様は才女だったし、あんな酷い目にも遭わなかった。2代目の勇者など、とうの昔に死んでいるのが悔しいが、生きているならば、この手で殺してやりたいくらいだ。

「エビネ。よくここまで調べ上げてくれたわ。ありがとう。これほどの真実、あなた以外たどり着ける者はいないでしょう。本当にありがとう」

「リリーお嬢様……とんでもございません。私の授業に誤りがあったことに変わりありません。ですから、お礼など、私にはもったいない限りです」

「人間ですもの。間違いはあるわ。それに、一般的に広まっている歴史が間違っているのなら、エビネが間違えるのも当然のこと。私だってこの瞬間まで間違って認識していたのだから。だからそう悲観しないで」

「リリーお嬢様……ありがとうございます」

「もう遅いわ。今日は戻って休んで。急いで知らせてくれてありがとう」

「夜遅くに申し訳ございませんでした。では、おやすみなさいませ。失礼いたします」

  エビネは深々と礼をすると部屋を後にした。

「カルミア、今日の書庫の報告をしてくれる?」

「え……今でよろしいのですか?」

「もちろんよ」

「では。こちらが要点をまとめたものになります。それから魔導書が10冊。後、気になる記述がありまして、魔力の量を増やす方法というのが見つかりました」

「本当?」

「ええ。これに関しては、ローズも調べていると言っていたので、ローズも何か分かったことがあるとは思いますが、先に報告致します。記述によれば、魔力量を増やすには、たくさんの魔法を10歳までに使い、魔法に慣れ親しんでおくことと、魔力花という珍しい植物があるそうなのですが、これを魔力量測定日に食べると、一時的に魔力量が増加するとありました。後者はともかく、前者はその通りかもしれません」

「なるほどね。それなら今やっている所だわ。ありがとう。要点をまとめたものは後で読んでおくわ。本当にありがとう」

「お嬢様のためですから」

「そう。じゃあ、今日はもう休んで。毎日毎日、本と向き合って疲れているでしょう。休む準備は自分でやるから、気にせず休んで」

「ですが……」

「いいから!」

「う……かしこまりました。では、おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 お世話したそうにされても、体はきっと疲れているはずだ。

「さて、私はもうひと頑張りしましょうか」

 才女になってお姉様さえ救えたら別の国にでも行こうと思っていたけれど、この国のシステムを変えるのもありだと思った。魔力の質で才女や勇者を決める。これならば、お姉様の右に出る者はいない。

「セラスお姉様の才女姿……見てみたい! よし。なら、やってやろうじゃない。腐ったこの国を変えてやるわ!」

 私は机の上に片足を乗せ、天井に向かって拳を上げた。


 

 10人の使用人たちに協力してもらいながら、私は知識や魔法、剣術を極めていった。その生活が続き早5年。私は10歳になった。この頃にはもう書庫の本は全て読み終わり、見つかった魔導書50冊も魔法も完璧にマスターした。結局ローズは、魔力量を増やす方法を見つけることができなかったけれど、才女候補になれる自信はあった。割れなければ、バレないように破壊の魔法を使う気でいるからだ。だが、ズルをしたとしても、過去の才女候補のように、才女試験でダメになるつもりはない。そのために多くの知識や剣術、魔法などを学んできたのだ。水晶を割るのが大事なのではない。その先が大事なのだ。

「お嬢様、ご支度が済みましたよ」

「ありがとう。パーティーなんて行きたくはないけれど、行ってくるわ。カルミアが折角綺麗にしてくれたんだもの」

「そんな……」

「じゃあ、行ってくるわね」

「行ってらっしゃいませ」

 使用人だって人間だ。人間は褒められたいのだ。認められたいのだ。たとえどんなに小さいことであっても。魔力量が少ないからといってその権利まで奪われるなんてあってはならない。

「まあ、リリー。とても綺麗になったわね」

「リリー。10歳の誕生日おめでとう」

「ありがとう。お父様、お母様」

 クズどもにも笑顔を向ける私ってすごく偉いって、自分で自分を褒めておこう。

「リリー様、お誕生日おめでとうございます!」

「リリー様、本当にお美しいですわ!」

「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 お姉様はこんなのを相手にしていたのか。疲れてないって、笑顔で言っていたわね。それなのに、こいつら、お姉様に媚びを売っていたやつばかりじゃない。薄情な奴らだわ。

 イライラしながらも、それを悟られることなく、パーティーは無事に終わり、私は儀式の間にいた。いよいよ、魔力量の測定が始まる。待ちわびたこの日。

「この水晶を握って……」

「お母様、説明は結構です。始めてもいいですか?」

「ええ。では、始めて頂戴」

 魔力を水晶に込める。すると、すぐに手の中で水晶が弾けた感覚があった。握っていた手を開くと、粉々になった水晶が。

「これは……!」

「おめでとう! リリー。才女候補だ!」

「ありがとうございます」

「リリー。信じていたわ。やっぱりあなたが、カーディナリス家最後の希望だったのね」

「お父様、お母様、私、才女になります」

「ええ。応援しているわ」

「できることはなんでも協力するから、遠慮せず言ってくれ」

「ありがとうございます」

 お前たちの協力してもらうことなんてないけどね。

 

 私は、目的である才女に、一歩近づいたのだった。




 

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