シスコンな才女候補は姉を救いたい!

花咲マーチ

プロローグ

 私は、お姉様が大好きだ。優しく、優秀で、何より、使う風属性の魔法がとても美しいのだ。

「セラスお姉様! 今日も魔法を見せてください!」

「リリーったらまたなの? 仕方ないわね。ほら」

「わあ……!」

 お姉様が魔法を使うと、風が渦を巻き、星々が輝いているような、小さな竜巻が起こる。攻撃性のないこの魔法は、竜巻の中に入ることもでき、入れば、そこは一面の銀世界のよう。それはそれは綺麗な魔法なのだ。

「はい。もう終わりよ。明日は早いのだからもう部屋に戻りなさい」

「残念ですが、仕方ありません。だって明日はお姉様の記念すべき、10歳のお誕生日なのですから! 盛大にお祝いしますわ! 楽しみにしていてください!」

「ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさいませ!」


 私たち姉妹の暮らすこの国、ツァオベラ王国では、誰もが魔法を使うことができる。そして、10歳を迎えるとの同時に、初代国王が作ったといわれる、魔力量測定器で魔力量を測定するのだ。1~100まで計測でき、それ以上になると、測定不能となり、魔力量測定器は破壊される。しかし、それが、才女や勇者になれるかどうかの基準となってくるのだ。つまり、魔力量が多い者ほど有利で、少ない者ほど不利な国と言える。極めつけは、魔力量測定器で魔力量を測定し終えると、自身の魔力量と相手の魔力量も見ることができてしまうのだ。そうなれば、魔力量の多い者は少ない者を見下すようになる。魔力量が全てのこの国では、魔力量の少ない者は肩身の狭い思いをしてしまうのだ。もちろん、才女や勇者候補となれば、数値化できないため、測定不能と出るそうだ。そんな相手に、喧嘩を吹っ掛ける愚か者は、この国にはいない。それほど、魔力量は絶対的なのである。

 王と女王が勇者と才女と呼ばれているくらいなのだから、この国ならではなのだろう。才女は魔力量でよく変わるらしいが、勇者は魔力量と剣術で決まるらしく、現勇者との交代は未だに行われていないそうだ。

 魔力量で人の価値を決めているようで、私は気に入らないが、お姉様なら、きっと才女候補になれるはず。あんなに素晴らしい魔法をお使いになるのだから。

 私はウキウキしながら、眠りについた。


 翌日。

「セラスお姉様、おはようございます! それと、お誕生日おめでとうございます! これ、プレゼントです!」

「リリーお嬢様。セラスお嬢様のお支度はまだ済んでおりませんよ」

「構わないわ。ありがとう、リリー。開けてもいいかしら?」

「もちろんですわ!」

 手のひらサイズの箱にかかった、赤いリボンをほどき、中身を見たお姉様は、目をキラキラと輝かせた。

「まあ……とても綺麗なネックレスだわ!」

「セラスお姉様の美しい紫の瞳を再現すべく、アメジストをあしらったネックレスです! いかがでしょうか……?」

「とても気に入ったわ! 今日はこれをつけて過ごすわ」

「気に入っていただけて嬉しいです!」

 長い髪を上げ、ネックレスを付ける様すら美しい。さすがは私のお姉様。

「どうかしら?」

「とてもお似合いです!」

「ふふ。ありがとう。じゃあ、リリーの10歳の誕生日にも、同じアメジストのネックレスをプレゼントしないとね」

「え……?」

「だって、リリーだって、綺麗な紫の瞳をしているわ。だからね、10歳の記念すべき日に、同じものではないけれど、送らせてほしいの。どうかしら?」

「光栄です! といっても、まだ5年ありますが……」

「可愛い妹のことだもの。忘れないわ」

「セラスお姉様……! 大好きです!」

「リリーお嬢様! いきなり飛びつかれては危ないです!」

「私も大好きよ。リリー」

 騒々しくて落ち着きのない私は、いつもメイドたちに怒られてばかりだった。それに引き換え、気品あふれる振る舞いに、落ち着いた態度。歩いた道には花が咲くのではないかと思うほどだ。メイドたちも、お姉様のお世話は喜んでする。私だって、メイドじゃなくてもお姉様のお世話をしたいくらいだ。


 誕生日パーティーの会場には、多くの人たちが来ていた。我がカーディナリス家は、魔力量が高い事で有名な一族で、母のノース・カーディナリスの魔力量は80、父のブローディア・カーディナリスの魔力量は90と才女や勇者でない者が持つ魔力量としてはかなり多い。そのため、この国では、かなり高い地位にあるのだ。だとすれば、その2人の子供である、私とお姉様への注目度はかなり高い。だから、1人の少女の誕生日に、これだけの見知らぬ大人たちが訪れるのだ。今宵、才女候補になるかもしれない少女とお近づきになるために。パーティーは好きだが、家族だけでやりたいものだ。まあ、見栄を張りがちな父と母が、そんな慎ましやかなパーティーをするとは到底思えないが。

 お姉様は、来場者の1人1人に挨拶を済ませると、疲れた様子も見せず、私の元へやってきた。

「おかえりなさいませ。お疲れではないですか?」

「いいえ。皆さん、とてもよくしてくださるから、疲れてなんていないわ。それより、リリーは何か食べたの?」

「い、いえ。実は、セラスお姉様を待っていまして……」

「ふふ。奇遇ね。私もリリーと食べたくて、実はまだ何も食べていないのよ。さ、一緒にお食事をとりに行きましょう」

「セラスお姉様……! はい!」

 お姉様と一緒に食べる食事は、いつも美味しい。父と母に言わせれば、一流のシェフが作っているから当然というだろうが、私にとっては、お姉様と食べるということに意味があるのだ。父と母が嫌いなわけではないが、魔力量にものをいわせる姿勢は尊敬できない。それに引き換えお姉様は、頭もいいし美人だし、魔法も素敵なのに、偉ぶらない。やはりお姉様は別格だ。


 パーティーもお開きとなり、使用人たちは後片付けで大忙しだった。私は、今から魔力量を測るからと、部屋に戻されてしまった。が、お姉様の晴れ姿をこの私が見逃すはずがない。こんなこともあろうかと、窓から部屋を抜けられる仕掛けを作っておいたのだ。我ながら準備がいい。魔力量を測るのは、儀式の間と呼ばれる場所だろう。カーディナリス家の血筋の者が眠るとされる墓なのだが、ここが神聖な場所であると父と母は言っていた。私からしてみればただの墓地である。

 想像通り、父と母、そしてお姉様の姿があった。

「では、今から魔力量を測るわ。この水晶を握って。体中の魔力を、水晶に注ぐイメージをして頂戴」

「はい」

「始めて頂戴」

 お姉様が水晶を握りしめると、お姉様の体中が黄金に輝いた。美しい姿に光がプラスされれば、それはもう、女神様なのではと思ってしまうほどだ。しかし、光が止むと、母は、険しい顔をし、そして、お姉様の頬を力任せに叩いたのだ。甲高い音が、儀式の間に響き渡る。お姉様はその場に倒れこみ、赤くなった頬を抑えている。一体なぜ……?

「この恥さらしが! 我がカーディナリス家は魔力量の高いとされている一族なのよ! それなのに何なのこの数値は! 5よ! たったの5! 10にも満たない人間なんてこの国では、奴隷しかいないわよ。あれだけ盛大にパーティーをしたというのに、とんだ恥さらしが生まれたものね」

「全くだ。この魔力量で、カーディナリスの名を名乗ってはもらいたくない。ゆえに、奴隷商にでも送るか、あるいは、使用人処か」

「旦那様。それはお待ちを。我がカーディナリス家から、そのような所に行った例はありません。ですから、この家から出さないようにいたしませんか?」

「どうするというのだ?」

「そこは、私にお任せくださいますか? 考えがあります」

「わかった。ノースに任せることにしよう。では、後は頼んだぞ」

「はい」

 父が出入口に差し掛かると、私は急いで、柱に身を隠し息をひそめた。そして、姿が見えなくなると、もう一度儀式の間を覗く。すると、姉の首には、鉄の首輪がされていた。首輪からのびる鎖は、母が持っている。その姿は、奴隷そのもの。魔力量が少ないからと言って、なぜ家族にそんなことができるのか、理解できない。

「カーディナリス家の恥であるお前は、今日から違う場所で過ごしてもらいます。2度と、人様の目に触れることは許しません。いいですね」

「そんな……」

「返事は、はいのみ。返事は!」

「うっ……! は、はい……」

 母は、鎖を思い切り引っ張った。その拍子に、お姉様は首を絞められた状態になる。苦しそうだし、顔色も悪い。こんなの間違っている!

「お母様! もうやめて! これ以上、セラスお姉様を傷つけないで!」

「リリー……」

 いるはずのない人間に、母は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに険しい顔に戻った。

「お前たち。リリーを取り押さえなさい。この子は、カーディナリス家の最後の希望です。魔力量の少ない恥知らずに近づけてはなりません」

「はっ」

「ちょっと! 離して! お姉様は恥知らずなんかじゃないわ! お姉様の使う魔法はとても美しいの! きっと、魔力量測定器じゃ測れない、稀少なものなんだわ!」

「だとしても、このツァオベラ王国では、魔力量によってすべてが決まります。魔力量測定器が壊れるならまだしも、測れないものなんて、そんなの価値があるものじゃないわ」

「お母様! 私はお姉様と一緒にいたいんです! お願いです!」

「リリー。あなたはまだ魔力量が測定できる年齢じゃないから、魔力量はわからないわ。でもね、私に指図することは許さないわ。才女候補にでもなれば考えなくはないけれど、現状、あなたの言うことを聞く意味などない。さっさと部屋に連れて行きなさい」

「セラスお姉様!」

 私は泣いた。泣きながらお願いした。でも、母の表情は変わることはなかった。お姉様は、諦めた顔をして、私と目を合わせることはなかった。最高の日になるはずのお姉様の誕生日は、お姉様との別れの日となり、最悪の日となった。


 誕生日の日から、お姉様は屋敷のどこを探しても見当たらなかった。使っていた部屋はもぬけの殻となっており、専属のメイドたちに聞いても、そんな人は知らないと言うばかりだ。記憶がないわけではないのだろうが、母の命令だろう。魔力量の多い母に逆らえるのは、さらに魔力量の多い父のみ。これがこの国の現実なのだ。

「ふざけやがって……」

「お嬢様? 何かおっしゃいましたか?」

「ねえ、使用人たちをここに集めてくれないかしら? お母様に見つからない程度でいいわ」

「はい。かしこまりました」

 メイドは私の部屋を出て、他の使用人たちを呼びに行った。

「お姉様、私が必ずお助けいたします!」

 こんな腐った国に生まれたせいで、あんな酷いことをされるなんて。お姉様の価値が魔力量の多さだけで決まってしまうなんて。許さない。許さない。許さない!

「リリーお嬢様。10名ほど集まりましたが……」

「ありがとう。皆さんに頼みたいことがあります。私はカーディナリス家の最後の希望として、才女を目指します。そこで、魔力量を測定する5年後までに、魔法の知識はもちろん、政治やその他の知識も身につけたいと考えています。ですから皆さんには、書庫の解放と、私に知識を授けてほしいのです。各々、得意分野で構いません。持ち場の仕事が終わり次第、私の部屋に来てください。ただし、お母様やお父様には知られないように。協力してくれますか?」

 落ち着きのなかった私が、人が変わったように話すので、使用人たちは一瞬、何が起こったのか分からないような顔をしていた。

「急なお願いで戸惑うのもわかります。ですが、私は決めたのです。才女になると。そのためには、皆さんの協力が必要なのです」

 我ながら完璧な演説だと、感傷に浸っていると、

「あの、お嬢様。それならば、奥様や旦那様に内緒にされる理由はなんでしょうか?」

 と1人のメイドに質問された。まあ、当然の質問ではあるが。

「それは、驚かせたいからです。魔力量に加えて、私が多くの知識を持っていたら、お母様やお父様はきっと驚かれるはずです。それが見たくて秘密にするのです。だめでしょうか?」

「い、いいえ! かしこまりました」

「我々も協力致します」

「私も」

「私も」

 使用人たちは次々と協力を申し出てくれた。私の演説が、半ば偽りであるにも関わらず。使えるものは使わないとね。

「皆さんありがとう。それじゃあ、今日から、よろしくお願いしますね」

「はい!」

 お姉様ほど魅力的な笑顔はできないけれど、使用人の心をつかむことはできたようだ。

 さあ、お姉様を取り戻す準備の始まりだ!



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