第70話:動画の反応/忘れられた男






「これはまずいんじゃないか……?」


 蟹男は投稿した動画の管理画面を何度もリロードして呟いた。


「ですね……話題のダンジョンに加えて、誰もが名前だけは知っているだろう山河商店が合わせればバズると思ったのですけど」

「そう甘くないみたいだな」


 一日経っても再生数は二桁だった。

 とはいえ素人の二人では何が悪いのか、原因すら分からない。


「マーケットからの参加者は集まると思う。 けれど客がいないんじゃ始まらない」

「ここで失敗すれば山河さんの商人としての信頼は……」


 状況はかなり悪いが、蟹男の周りには動画投稿界隈に強い知り合いがいないため相談もできない。


「やっぱ顔出しするか……」


 そして蟹男が最後の手段を取ろうとしたその時、アリスから電話があった。


『あのさ、何か可笑しな人が来てて。 山河さんの知り合いだって言うんだけど』

「知り合い……?」


 蟹男は自分の名前をわざわざ出すような知り合いなんていたかと考えこんだ。


『山河さん! 俺っす、俺っす!』

「ああ!」


 今日の今日まですっかり忘れてしまっていたが、蟹男はその特徴的な話し方で思い出した。


「…………鮫島か!」

『そうっすよ! 今の間、絶対名前忘れてたでしょう?!』

「いやぁ、人の名前を覚えるのは苦手でさ。 ははは」

『……知り合いなら良かったわ。 とりあえず直接会って話したら?』

「そうだな、そっちに迎えに行くよ」


 アリスのスマホを介した電話だったので、これ以上スマホを使わせてもらうのは迷惑だろう。 蟹男は懐かしい男に会いたい気持ちはもちろんあったが、それよりも彼なら原因を見つけてくれるかもしれないという淡い期待を抱いていた。








「とりあえずお久しぶりです! お元気そうで何よりっす!」

「鮫島も変わらず元気そうだな」

「そういえば一緒にいた奴らはどうし――」


 鮫島は変わった様子はなさそうだが、一緒に居た仲間はいないことが蟹男は気になった。 しかし言いかけて、蟹男は――こんな危険が身近な世界だ。 何かあっても可笑しくない、まさか――想像して口を閉じた。


「僕たち解散したんすよ。 まあ方向性の違いってやつっす」

「ああ、そう。 元気にやってるならいいんだ」

「あいつらは真っ当な職に就きました……彼女ができたみたいでね、ははっ」


 渇いた笑い声を上げる鮫島がなんとなく哀れで、蟹男はかける言葉は浮かばなかったのでそっと背中を叩いて慰める。


「ありがとうございます(だけどこの人ハーレム野郎なんだよなぁ)」

「それで今日はどうしたんだ? というか普通に連絡してくれれば良かったのに」

「実は」


 鮫島はスマホを蟹男と別れた後、スマホを一度壊して連絡先がまっさらになってしまったらしい。 そして最近『山河商店』の動画を見て、仮面の男が蟹男であると気づき会いに来たということだった。


「お困りじゃないかと思いまして」

「いや、まあ」

「こんな動画じゃあどんなに内容が良くても、誰にも見られないっすよ? 山河商店面白そうじゃないですか。 でもこのままじゃマズいんじゃないすか?」


 鮫島は笑みを浮かべながら、眼差しは真剣なままで言った。



「あの時は断られちゃいましたけど、もう一度言いますね――



――僕と動画投稿者やりませんか?」



 そんな話もあったなと、蟹男はもはや懐かしい記憶を思い出して笑った。


(お前に会えて俺はラッキーだよ)




 怪我をした彼を助けなければ、




 行動を共にしなければ、




 今、ここに彼はおらず、蟹男の計画は失敗に終わっていたかもしれない。


「こちらこそお願いしたい。 ぜひ、一緒にやろう!」

「……っ、任せてくださいっす! 僕がばっちりバズらせて成功させてみせるんで」


 蟹男は鮫島と手のひらを打ち合わせ、この後の展開に心躍らせるのだった。








 


 

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