第69話:勧誘と宣伝






「こっちの世界で商売しませんか?」


 蟹男は召喚屋の店主に直球で提案をぶつけた。


「へえ、興味が無いと言えば噓になる。 詳しくお聞きしましょう」


 日本は現在、強大なモンスターの脅威から逃れるためダンジョンで社会を形成しようとしていること。 故に町ではなく、蟹男の管理するダンジョンフロア内での商売となること。


 そして異世界の物品を仕入れられるような状況ではないことを素直に伝えた。 すると店主は渋い表情で唸る。


「正直、新しい町を開拓するのと変わらない。 むしろその状況では我々異世界人にとってはブルーオシャンな市場といえど、売れ行きを立てることは難しいのでは?」

「ええ、おそらくそうだと思います」


 その点は蟹男も理解していた。

 先んじて、珍しい物を買うより、まずは生活の基盤を整る段階だ。 故に召喚屋で人を雇っている場合ではない。


 それに異世界の商人からすれば売り上げより、日本の生産が死んでいることが問題だろう。 異世界産の品を仕入れることが出来ないのであれば、わざわざ異世界で商売する必要性が無い。


「こちらをどうぞ」

「これは……?」

「とあるダンジョンのドロップです」

「私はこちらの方面は専門ではないのですが……」


 蟹男は自分用の虹色ダンジョンで手に入れたクリスタルを割って、使い方を説明した。


「は……? 食事、ですか……この香りはなんとも食欲を掻き立てますな」


 店主はおそるおそる口に入れて、目を見開いた。


「これは……」

「こちらと物々交換で取引できればと考えているのですが、いかがでしょうか……?」

「はぐはぐはぐはぐ」


 彼は一心不乱に貪り食べ終えると、光悦とした表情で頷いた。


「売れますよ。 ぜひ私も一口噛ませていたぢきたい」

「ぜひ、よろしくお願いいたします」


 蟹男は店主と固い握手を交わした。


「私の役割はコネを当たって、山河さんの開くマーケットへの参加者を募ることですね?」

「ええ、こちらでも知り合いを当たりますが、お力を貸していただきたい」

「承知しました。 つきましてはーー」


 交渉は成立した。

 サンプルにしては多すぎる量のクリスタルを店主に託し、蟹男はダンジョンへ戻る。


「どうでしたか?」

「上手くいったよ」

「それは良かった」


 蟹男がサムズアップすると、マルトエスは安堵したような息を吐いてほほ笑んだ。


「次はこれから作る街の宣伝ですね?」

「うん、よろしく頼む」


 マルトエスは蟹男に渡された仮面を渋々受け取った。


「本当に私、出演する必要ありますか?」

「やっぱ配信には華が無いと」

「……確かに女性の演者による男性視聴者増加の期待値は否定できません。 しかし顔を隠したら意味がないような気がするんですが」

「なら顔出してもいいよ」

「嫌です、絶対」


 マルトエスは異世界人であるにも関わらず、現代人並みにネットリテラシーが高いようだ。 二人とも他人に認められる方面の承認欲求は強くないので、顔を出すことに関してはデメリットが大きすぎた。

 フロア管理者の蟹男が顔を出せば、一部の避難民は安心感を感じるかもしれないがわずらわしさを受け入れるほどのメリットにはならない。


「よし、まずはチャンネル名を決めよう」

「私が決めてもいいですか?」

「いいけど、ちなみに何ていう名前?」

「内緒です」

「……別に何でもいいけど、変なのはやめてくれよ」


 マルトエスに限ってここで悪ふざけをするようなことはないので、特にこだわりもない蟹男はこれ幸いと任せることにした。


「安心してください。 ピッタリで宣伝効果も抜群なはずですから」

「へえ、それはすごいな」


『ダンジョン:山河商店フロア』


「おい」


 蟹男はすでに登録されたチャンネルを確認して、マルトエスへ抗議の視線を向けた。 しかし彼女は意に介さずほほ笑んだ。


「以前、スキルが覚醒した時に名前は売れているわけですし、管理者も山河さんですからこれしかないと思います」

「…………否定したいのに、代案が浮かばないぜちくしょう!」


 蟹男もこの名前が良い物であるということは理解している。 しかし逃げ道を塞がれるような気がして、怖気づいてしまう。


 長考した後、究極の二択を迫られた主人公のような苦渋の表情で蟹男は頷いた。


「分かった。 これでいこう」

「どんだけ嫌なんですか、ふふ」


 蟹男はスマホのカメラを固定して、録画ボタンを押した。


「初めまして、私は山河商店の山河と申します。 現在はダンジョンの管理を任されており――」


 上手くいくことを祈りながら、蟹男は口を回し続けるのであった。 










  

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