第67話:じれったい準備期間
「まだ手を付けていなかったのね……?」
蟹男がダンジョンのワンフロアを任されて、二週間が経った。
様子を見に来たアリスは首を傾げて呟く。
「うん、初期ポイントが少なすぎるからとりあえず範囲を広げることに集中してる」
「あなたには拠点があるから、とりあえず住居はなくてもいいものね……それで魔力は」
アリスは激しい戦闘を行うミクロと吸血鬼を見て、苦笑いする。
「彼女たちが訓練するだけで、充分放出されそうね……」
「そう、もう少しポイントが溜まったら色々やっていく予定。 他のフロアはどんな様子なんだ?」
「自身が住む住居を作ったり、環境を創造したり、みんな手探りだから様々ね」
話を聞く限り、最も変化が地味であるのは蟹男のフロアだろう。
しかし明確な構想のある蟹男は焦らない。
「そっか。 まあ俺はのんびりやるさ」
「分かった。 頑張ってね。 また来るわ」
アリスは本部の人たちのアドバイザーのような立ち位置になっているらしく、フロアは任されていない。
本人は嫌々というか恐れ多いといった様子だが、なんだかんだ自主的にフロアの様子を見に来たりと精力的に動いているようだ。
「マルトエス、魔法を壁に打ち込んでくれないか?」
「いいですよ。 ついでに山河さんは魔法の練習をしましょう」
「いや、俺はやることが」
「やりますよ。 それくらいの時間は作れるはずです」
「……はい」
フロアのポイント増加のために、蟹男はマルトエスには出来る限り魔法を使ってもらうようにお願いしている。
蟹男自身の魔法はショボいので、焼け石に水だと使っていなかったが彼女にとってはそういう問題ではないようだ。
「やりたいことがあるのは理解しています。 ですがそれを理由にやるべきことをしないのはにただの逃げですよ?」
魔法の勉強だけではなく、色々を含んだ注意をされ蟹男は反省した。
蟹男はいつになく真面目にダンジョン街作りに取り組んでいる。 そのせいで食事を忘れたり、睡眠時間を削ったり、仲間との時間を減らしたり、極端に生活を切り詰めいていた。
「そうだな、ちょっと没頭しすぎてたな……」
蟹男はため息を吐いて、息抜きがてら魔法の練習をする――彼が魔法使いを名乗れる日までは、かなり遠そうだった。
そして一月、二月と経った。
他のフロアは範囲を広げ、続々と避難民が入ってきているが蟹男のフロアは当初とほとんど変化がないままだ。
人はいないが、蟹男のフロアは魔力吸収量だけはやたらと多い。
自由にやって良いと言われてはいるが、蟹男がフロアをそのままにしておく理由がギルド本部には分からないでいた。
「――どうなってるかって、言われてるんだけど?」
「大丈夫、大丈夫。 ちゃんと考えてあるからさ」
「ならいいんだけど。 私はあなたのことを信頼してるからいいけど、お偉いさんたちにとってはポッと出の人間だから、構想だけでも話しておいたら?」
アリスの提案に蟹男は苦笑いして、首を横に振った。
「いやそれこそ、初対面で聞いたら耳を疑うような話だから逆効果じゃないかな?」
「なるほど、またやらかす気なのね……」
「やらかすとは失敬な! ちゃんと真面目に考えたんだぞ!」
蟹男の主張にアリスは笑って頷く。
「それは感じてる。 だから個人的にはすごく楽しみしてる」
「ありがとう。 まあでも本当にもう少しで、一つ目の目的は達成できそうだから」
「分かった! じゃあ頑張って!」
蟹男はアリスの応援にモチベーションを上げつつ、今日も魔法を壁に打っていく。
向こうではミクロと吸血鬼が打ち合い、蟹男とマルトエスは壁に魔法を淡々と放ち続けていく。 その様子は端から見れば、ただの修行場にしか見えなかった。
そしてそれから数日、蟹男がフロアを任されてから丁度三か月。
「溜まったぁぁぁぁぁぁぁ」
ついに蟹男は目標の値まで魔力ポイントを手に入れ、本格的に動き出す。
まずは、
「勧誘と宣伝だな」
蟹男は一人呟いて、
「その前に交渉を済ませておこう」
アリスに連絡するのであった。
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