第5章~街作りと第二のマーケット

第66話:スマホと蟹男の想い



「で、ここに村を作れって?」


 土壁に囲われた四角い空間だ。


 何もない上に、そこは狭かった。 身内だけと考えても到底街を作れるような広さはない。


「ええ、よろしくね。 フロアボス山河さん」

「その肩書恥ずかしいんだけど、何とかならないの?」


 アリスたちと合流した蟹男はお偉いさんに軽く挨拶して、さっそくダンジョンに連れてこられた。


 すでにダンジョンは移動できる状態になっていた。

 島に蜘蛛のような足が生えており移動するらしい。


「ならないわ。 まあ呼ばれるのは会議の時くらいだろうから我慢して……それでこれ頼まれていたもの」

「おお、ありがとう! 本当に助かった!」


 蟹男にお願いしていたスマホを受け取って、安堵の息を吐いた。


「あなたスマホ持ってたじゃない? 買い替え?」

「いやこれは――」

「ふむ、これが私の四角か」


 吸血鬼は待ちきれなかったのか、蟹男の手からスマホを取ってしげしげと眺める。


「それ、精密機械だから扱いには注意しろよ」

「ああ」

「あと落とすと画面が割れるから――」


――バリ


「「あ」」

「……ふむ、壊れてしまったようだ」


 蟹男が言い切る前にスマホは吸血鬼の手から零れ落ち、運悪く画面側が地面に落ちた。 拾い上げた彼女は平然と、しかしわずかに眉を下げて割れた画面をこちらに見せる。


「いや、壊れてはないよ。 ガラスシート張ってるから、セーフだと思う」


 確認すると割れていたのはシート部分だけで済んだようだった。


「まあ、こんな感じで壊れやすいから注意してくれ」

「分かった」


 吸血鬼はスマホを胸に抱いて、大きく頷く。


 これで蟹男の抱えていた問題が一つ解決した。


「さてじゃあさっそくダンジョンについて考えたいけど」

「ええ、まずはダンジョンのシステムと、このダンジョンにおけるとりあえずのルールを説明しておくわね」


ーーダンジョンは空気中や人またはモンスターの魔力を吸収して稼働している。


ーーそしてそれはポイントとしてダンジョンコアに表示される。


ーーそれをフロアボスに分配して、それぞれのフロアを運営してく。


「どんなフロアにしようが基本自由ですって。 食料や飲み水なんかの最低限はダンジョンマスター管理のフロアで賄うそうよ」

「それはありがたいね」

「ただし月毎の貢献度によって分配ポイントが上下するわ」


 つまりマスター、冒険者ギルド本部が有用だと思うギミックを作れば報酬が出る。


「魔力を生み出すためのギミックやこれからやってくる避難民を受け入れるための住居を作るとか?」

「ええ、そういう認識で間違ってないわ」


 自分達で魔力を生産しようとも、マスターに認められなければ分配は少ないままとも言える。


 もしもフロアを充実させたければ、思っていたよりも難度が高いと蟹男は頭を悩ませるのだった。





「はい、では今回街を作るにあたって意見がある方いますか~?」


 マルトエスとミクロ、そしてアドバイザーとしてスマホに夢中な吸血鬼に向けて蟹男は言った。


「はい!」

「お、ミクロさんどうぞ!」

「修行スペースが欲しいです!」

「よし、それは作ろう」


 初めに出るのがそれとはミクロらしい、と蟹男は苦笑しつつ頷いた。


 とはいえ同じフロアなので、そこそこの広さと防音、衝撃対策は必要と考えると施設としてはかなりコストがかかりそうだ。 しかしミクロが強くなることは蟹男にとっても優先事項なので、これは必要経費として割り切るしかない。


「はい」

「マルトエスさんどうぞ!」

「できればで良いのですが、図書館が欲しいです」

「君も趣味に振り切ってるねえ」

「あ、あとお買い物できるばしょなんかもあれば」

「うんうん、図書館は後でになるけど、確かに買い物できる場所は欲しいな。 採用!」


 図書館は生活に必須ではないので、後回しになるのは仕方ない。 マルトエスがおまけのように付け足した方が重要施設だ。


「山河さんは何か案はあるんでしょうか?」

「……いや特にないかも」


 蟹男は自分で言ってて悲しくなった。

 ここまで生きるためという大目標を掲げてきたが、いざ何か好きなことは、やりたいことはと聞かれると何もなかったのだ。


(最近楽しかったことって)


 ミクロとマルトエスと拠点でだらだらしたり、結城やアリスたちと旅行したり、鮫島と町を練り歩いたり、異世界での体験も新鮮だった。


 蟹男は色々思い起こしているうちにぼんやりと知らなかった自分に気づき始めた。


(そっか、俺って意外と人と関わるの好きなのかも)


 楽しかった記憶には新しい出会い、知らない人との関わり、見たことのない商品だったり、景色がいつもあった。


 蟹男はダンジョンが出来てから、いや生きてきて初めて確固たる何かを見つけた気がした。


「俺はーー」


 それを語ることは今までなら恥ずかしいと思っていただろう。 しかしミクロやマルトエスという信頼できる仲間になら、真剣に話せる。


「ここに第二のマーケットを作りたい」


 そして蟹男の新たな物語が動き始めた。






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