第4.5章~日常といらない報酬~
第63話~閑話10~居眠り/運動不足
ダンジョンを攻略したことでつかの間の休息となった。
結城はまだ修行を続けたいらしく、蟹男たちと共に千葉ダンジョンへと戻りたがっていた。 しかし今後忙しくなるであろうことを考えてか、アリスに止められた。
そして蟹男とミクロは吸血鬼の空輸便で、千葉へと運ばれていくのであった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ただいま!」
ダンジョン到着後、すぐに拠点へと戻るとマルトエスが出迎えてくれた。 蟹男は自然と言葉が出たことに自分でも驚く。 いつの間にかこの拠点が帰るべき我が家になっていたのだ。
「ご飯できてますよ」
あったかいご飯に、居心地の良い空間が蟹男を非日常から、日常へと引き戻していくのであった。
「久しぶりに三人だな」
「ですね、急に静かになったような――」
「ね、ね! 一緒に映画見よ! 映画!」
「――気がしないですね」
「むしろ騒がしさが増したというか、際立つというか……」
ミクロはアニメや映画が大好きだ。 特に最近のお気に入りは青い猫型ロボットのアニメ映画シリーズがお気に入りである。
「じゃあ、これ」
「おぉ、リメイク版じゃなくて初期を選ぶとは渋いな」
真ん中に座った蟹男がスマホ係を務め、両サイドから覗き込むような形で一緒に視聴する。 密着出来て男しては嬉しいが正直見ずらく、蟹男は今度街でプロジェクターを探そうと心に誓った。
「すー、すー」
中盤辺りでミクロは疲れもあってか寝落ちした。
一番見たがった本人が見ていないのだから、中断しても良かったがマルトエスが意外と夢中で見ているので蟹男は何も言わなかった。
蟹男もこのシリーズは大好きで、テレビ放送するたびに見ていた気がする。 だから懐かしい気持ちでなんとなく見ながら、手慰みにミクロの頭を優しく撫でた。
「にゃ……にゃ……ぅにゃ」
「はは」
熟睡しているが、耳に触れるとくすぐったそうにミクロが鳴くので、蟹男はいたずら心で繰り返した。
「静かにしてください」
「はい」
しかし軽くマルトエスに睨まれた蟹男は、背筋を伸ばしてスマホ係に徹する――
「っやべ」
思わず眠ってしまっていた蟹男は慌てて目を覚ます。
スマホは床に落ちていて、ミクロは当然だがマルトエスも蟹男の肩に頭を預けて居眠りしていた。
「すぅ、すぅ」
「すー、すー」
「……動けない」
二人とも気持ちよさそうだから起こすのも悪いので、蟹男は寝顔を覗き込んだ後、仕方なくもう一度眠るために瞳を閉じるのだった。
○
ある日の夜、リビングでスマホを弄っていたミクロがうとうとしていた。
「寝るならちゃんとベッドに行きなさい」
蟹男としては別に構わないが、しっかりもののマルトエスは毎回注意する。
『ねむいー、おんぶー』
そして蟹男が近くにいる場合は大抵、甘えた声でお願いしてくるのだ。 断れるはずもなく蟹男はミクロを運ぶのだが、今日は少し違った。
「ねむいー、お姫様だっこー」
「はいはい」
蟹男はそう言ってミクロの体を抱えようとした。 ミクロの体は小さい。 故に簡単に上がるだろうと、しかしーー
「……上がらない」
「にゃぁ?」
「ちょっと、ちょーと待ってな? ふん! ふんんんん……ダメだ」
人一人の重さは結構なものだ。
それもソファーという低い場所から持ち上げるとなると、より力が必要だ。
何より蟹男は戦闘もしない、鍛練もしない。 家にいるときはごろごろ過ごして、たまに動物の世話を焼いたり、ミクロを構ったりするくらいだ。
つまり運動不足だ。
「俺って昔より動いてないかも」
ダンジョンができる前は飲食店で働いていた。 飲食店は接客もあるが、重い食材を運んだりするため意外と運動になるのだ。
あの頃より確実に力がなくなっている自覚が蟹男にはあった。
こんな危険な世の中で運動不足になれることは、ある意味幸せではあるが男としては由々しき事態である。
「ミクロ、ごめん今日はおんぶで」
「にゃー」
言葉にならないミクロの返事を聞きながら、蟹男は心の中で明日から鍛えようと誓うのであった。
目標はミクロをお姫様抱っこすることである。
「どうしてそんなに勇ましい表情なのかしら……?」
一部始終を見ていたマルトエスの言葉に、蟹男はキメ顔で言った。
「俺、強くなるから」
「はあ、頑張ってください……?」
そんな誓いも明日になれば忘れてしまう、そして同じことを繰り返す。 蟹男とはそういう男である。
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